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カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.65
(domingo, 11 de octubre 2026) 文/エンリケ坂井 Texto por Enrique Sakai Malagueña de Fosforito ② 前回フォスフォリートの本名をFrancisco Lema Ulletと書きましたが、研究家が書いた本の中には最後の姓UlletをUllerとしたものがあります。どちらが本当か解りませんが、この場合でも最後のrはアンダルシア弁では殆ど発音しないので、実際にはウジェーです。 カンタオールはバイラオーラと結婚する例が多いのですが、フォスフォリートもマリキータ・マルビードという優れた踊り手と結婚し、当時は女性は結婚すると引退するような時代ですからマリキータも早く引退しましたが、多くのファンがその引退を後々まで惜しんだという事です。 なお、先ごろ亡くなった二代目フォスフォリートは本名Antonio Fernández Diaz(アントニオ・フェルナンデス・ディアス)で、出身はコルドバ県のプエンテ・ヘニル(1932年)で、元祖フォスフォリートと血縁関係は無く、彼の父親がフ
10月11日読了時間: 3分


カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.64
(viernes, 11 de septiembre 2026) 文/エンリケ坂井 Texto por Enrique Sakai フォスフォリート Malagueña de Fosforito ① 前回マラゲーニャもそろそろ最終回と書きましたが、大切なフォスフォリートを忘れている事に気付き、やっぱり取り上げる事にしました。 フォスフォリートはfósforo(フォスフォロ=マッチ)の縮少辞、マッチ棒の事で、本名はFrancisco Lema Ullet(フランシスコ・レマ・ウジェー)、カディス県で1869年に生まれ1940年代にマドリードで亡くなりました。 芸名の通りひょろりと背の高い男でしたが、まだ10代の1883年ヘレスのカフェ・カンタンテでデビューし、その後アンダルシア各地で活躍しました。 ある時セビージャの名店「カフェ・デル・ブレーロ」に出演していた彼はガス灯に手を伸ばしタバコに火をつけようとしていたのですが、それを見ていた人が(当時の普通の男性は背が低くて手が届かなかったのでしょう)このあだ名をつけ、それがそのまま芸名になったの
9月11日読了時間: 3分


スペインNews 12月号・2025
(sábado, 6 de diciembre 2025) 文・写真/志風恭子 Texto y fotos por Kyoko Shikaze いやあ、11月はフラメンコが世界遺産に認定された月というのもあるのか、フラメンコ関係のイベントが目白押し。劇場公演が重なることも多く、何をみにいくか決めるのに悩みまくるという…当然見逃したものも多く、記事や他の人のSNS投稿をみて地団駄踏むという毎日です。夏時間が終わって日本との時差は8時間。日が暮れるのも早くなったし、急に寒くなったし、雨も降るし、毎日の夜のお出かけも大変です。 11月5日の満月をトリアーナ橋からのぞむ 《INDEX》 ・ ラファエル・リケーニ『ネルハ』 ・ セビージャ ギター祭 ・ デ・タル・パロ/フラメンコのファミリー ・ セビージャ欧州映画祭「セラス・ファルキート」 ・ ヘレス、フラメンコ学会のプレミオ・ナショナル ・ アンダルシア・フラメンコ ・ フラメンコ・エクスプエスト ・ コルドバのコンクール ・ 第8回パストーラ・パボン文化週間enペーニャ、トーレス・マカレーナ ・
2025年12月6日読了時間: 17分


アーティスト名鑑 vol.27
(domingo, 21 de septiembre 2025) スペイン在住30年以上、多数の一流フラメンコ・アーティストらとも親交のあるフラメンコ・ジャーナリスト志風恭子が、歌・踊り・ギターそれぞれの代表的アーティストらのプロフィールをピックアップ。過去の取材で撮影...
2025年9月21日読了時間: 5分
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