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カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.64

23 時間前
読了時間: 3分

(viernes, 11 de septiembre 2026)


文/エンリケ坂井

Texto por Enrique Sakai



2609_カンテ奥の細道 on WEB 64_フォスフォリート
フォスフォリート

Malagueña de Fosforito ①


 前回マラゲーニャもそろそろ最終回と書きましたが、大切なフォスフォリートを忘れている事に気付き、やっぱり取り上げる事にしました。


 フォスフォリートはfósforo(フォスフォロ=マッチ)の縮少辞、マッチ棒の事で、本名はFrancisco Lema Ullet(フランシスコ・レマ・ウジェー)、カディス県で1869年に生まれ1940年代にマドリードで亡くなりました。

 芸名の通りひょろりと背の高い男でしたが、まだ10代の1883年ヘレスのカフェ・カンタンテでデビューし、その後アンダルシア各地で活躍しました。

 ある時セビージャの名店「カフェ・デル・ブレーロ」に出演していた彼はガス灯に手を伸ばしタバコに火をつけようとしていたのですが、それを見ていた人が(当時の普通の男性は背が低くて手が届かなかったのでしょう)このあだ名をつけ、それがそのまま芸名になったのです。

 

 ちょうど時代は多くのマラゲーニャが生まれた頃で、このコーナーで登場した歌い手達が自分流のスタイルを創りその個性を競い合っていた時期でした。

 彼はメジーソの弟子とも言われますが、チャコンと知り合ってからは年齢もほとんど違わない事からライバルとして、また親友として長い年月を過ごすことになります。

 マドリーに1890年代末に行ってからは、チャコンと共に劇場やカフェ、そしてガブリエーレス、ビジャ・ロサなどのフエルガを中心に活動し、1930年頃引退しました。

 残念ながら彼は録音を残しませんでしたが、続く多くのカンタオール達がそのスタイルを継承して録音し現代に伝わっています。

 

 今回のマラゲーニャ、フォスフォリート①はグラン・クロニカのvol.10の2曲目に入っています。歌はニーニョ・デ・カブラ。

 

 

【Letra】

(mi〈vía〉 por aborrecerte,)

Si me dan en mi agonía

mi 〈vía〉 por aborrecerte,

yo no lo consentiría,

prefiero mejor mi muerte

que vivir sin ti ni un día.

 

【訳】

(お前を憎むための…)

たとえ俺の死に際に

命を生き長らえさせてくれても

俺は受け入れない、

お前なしで生きる位なら

死んだ方がましだから。



2609_カンテ奥の細道 on WEB 64_楽譜図

 

※愛する人に捨てられた男の強い恨み節。例え神が生き長らえさせてくれても自分にはお前を憎む人生しかないのだからお断りだ…という意。

 


共通ロゴ_エンリケ坂井

【筆者プロフィール】

エンリケ坂井(ギタリスト/カンタオール)

1948年生まれ。1972年スペインに渡り多くの著名カンタオールと共演。帰国後カンテとパルマの会を主宰。チョコラーテらを招聘。著書『フラメンコを歌おう!』、CD『フラメンコの深い炎』、『グラン・クロニカ・デル・カンテ』vol.1~38(以下続刊)。2025年1月Círculo Flamenco de Madridから招かれ、ヘスス・メンデスと共演。

 

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