カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.62
- 7月11日
- 読了時間: 3分
(sábado, 11 de julio 2026)
文/エンリケ坂井
Texto por Enrique Sakai

Malagueña de La Peñaranda
人気歌手のカルメン・リナーレスがトゥリニのマラゲーニャと共に歌った事で再び若いカンテファンの間でもよく知られるようになったコンチャ "ラ・ペニャランダ" は、ムルシア県カルタヘーナ(他の説もあり)に1866年位に生まれた。
その短い人生についてはヌニェス・デル・プラドやフェルナンド・デ・トゥリアナの著書で触れられていますが、1883年カルタヘーナでデビュー、芸名は"ラ・カルタヘーナ"。
その1年後にはセビージャの名店「カフェ・エル・ブレーロ」に登場して大きな成功を収め、人気カンタオーラの地位を得た。今に残るカルタヘネーラの歌詞にチラーレス(Chilares )、ロホ・エル・アルパルガテーロ(Rojo El Alpargatero )、エンリケ・デ・ロス・ビダーレス(Enrique de los Vidales )と共に、4人の名手のひとりとして挙げられ歌い継がれています。
1889年、ペニャランダ(ちなみに質屋の意、彼女の家の家業だったのか?)はバレンシアの「カフェ・マドリー」に出演していましたがある7月の夜、二人の男達と共に帰宅した彼女はこの二人に殺され23才の短い生涯を閉じました。
カナリオのケースと同様この事件は当時の新聞に大きく取り上げられましたが、彼女の歌はニーニャ・デ・ロス・ペイネス、ペペ・デ・ラ・マトローナ、エンリケ・モレンテらの録音によって後世に知られることとなりました。
彼女のこのスタイルにはカンテ・デ・レバンテ、とりわけアルメリアの歌やロホ・アルパルガテーロの影響が強いと言われています。
【Letra】
(ni quien se acuerde de mí … )
Yo no tengo quien me quiera
ni quien se acuerde de mí,
que el que〈desgraciao〉nace
no merecía vivir,
para qué quiere vivir.
【訳】
(想い出してくれる人もいない…)
私を愛してくれる人も
想い出してくれる人もいない、
不幸な星に生まれた男は
生きる価値もないのなら
何の為に生きようというのか。
この詩がペニャランダ作であるのなら、その短かった人生と不幸な終わり方と合わせていろいろな意味が考えられます。歌う人は意味を深掘りしてみて下さい。

この録音の原盤はグラモフォノ653.029、ギターはラモン・モントージャで1911年の録音。ニーニャ・デ・ロス・ペイネス(パストーラ)はペニャランダが亡くなってから22年たってからこれを録音したことになります。
題名はマラゲーニャNo2でペニャランダの名前は出していませんが、2曲目に別のスタイルを歌っていることや、当時はメジーソやチャコン、ファン・ブレバなどのビッグネームを除いては創唱者の名前を出す事はなかったという事情があり単にマラゲーニャとなっています。
この録音はグラン・クロニカ・デル・カンテvol.34に収録しました。

【筆者プロフィール】
エンリケ坂井(ギタリスト/カンタオール)
1948年生まれ。1972年スペインに渡り多くの著名カンタオールと共演。帰国後カンテとパルマの会を主宰。チョコラーテらを招聘。著書『フラメンコを歌おう!』、CD『フラメンコの深い炎』、『グラン・クロニカ・デル・カンテ』vol.1~37(以下続刊)。2025年1月Círculo Flamenco de Madridから招かれ、ヘスス・メンデスと共演。
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