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  • 新・フラメンコのあした vol.36

    (domingo, 1 de febrero 2026)   20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。 今月は、昨年10月にマドリードで開催された 第20回「スマ・フラメンカ」フェスティバル で世界初演として上演された、マヌエル・リニャンの公演についてのリポートです。    マヌエル・リニャン 『バイラオール・ラ』 世界初演 第20回「スマ・フラメンカ」フェスティバル カナル劇場(赤の間)、マドリード、スペイン 2025年10月30日   Manuel Liñán "Bailaor@" XX Festival Suma Flamenca Teatros del Canal (Sala Roja Concha Velasco), Madrid. 30 octubre 2025   文/東 敬子 画像/宣伝素材 Texto por Keiko Higashi Fotos por promoción ©Damiano Mongelli- Edición Marcosgpunto 踊り手マヌエル・リニャンは今、第二の舞踊人生を歩んでいます。   これまで培った踊りを、フラメンコを、捨てたわけではありません。しかし、未知の世界に足を踏み入れ、そこで自分のスタイルを発展させようとしています。彼は、パンタロンを履いた男性のバイレに自分を閉じ込めるのではなく、ファルダを履いた女性の様式美の中でも、自身を表現したいと模索しているのです。   バイラオール、マヌエル・リニャンは、1980年グラナダに生まれました。伝統的なフラメンコは「男は男らしく、女は女らしく」というマッチョな哲学が絶対。子供の頃より自身のジェンダーに違和感を覚えていた彼にとって、それは長年の呪縛でした。   しかしついに彼が自由へと旅立つ時が来ます。2019年、39歳、コロナ禍に入る直前に、彼は後に代表作の一つとなり、踊り手としての転機をもたらした作品『ビバ!(¡Viva!)』を発表するのです。   当時彼はすでに現代バイレを代表する1人として、その地位を確実なものにしていました。伝統を守りつつも、現代的な感覚に富んだ秀作を次々に発表。踊り手、そして振付家としてもその実力は周知の知るところでした。しかし彼は「勝負」に出るのです。『ビバ!』で彼はかつらを被り、ファルダを着て「バイラオーラ」としての踊りを提唱したのです。奇をてらった演出効果を狙ったわけではありません。彼の実績を知る人なら、彼の「本気」は十分承知していました。そして彼はフラメンコ界に一石を投じたのです。   『ビバ!』ではリニャンの他6名の男性の踊り手が「バイラオーラ」としての踊りを展開し、私は気押されるような迫力を感じて、とても感動しました。だから今回 「第20回スマ・フラメンカ」フェスティバル の一環として世界初演された新作『バイラオール・ラ(Bailaor@)』も、相当期待して観に行きました。   バイレにリニャン。カンテにフアン・デ・ラ・マリア、ホセ・マリア・フェルナンデス、ミゲル・エレディア、マヌエル・デ・ラ・ニナ、セバスティアン・デル・プエルトの5人。そしてギターにフランシスコ・ビヌエサというグループ構成で、ストーリーは特に無く、それぞれの楽曲を表現していきます。   まずは5人の歌い手がカンティーニャスの歌詞を、少しコミカルな動作をしながら歌い継ぎ、リニャンが踊りを添えます。そしてグラヒーラ、ブレリア、アレグリアス、タンゴなどが披露されますが、時にはファルダ、時にはパンタロン、時には両方を網羅した衣装と、曲ごとに着替えて、バイラオーラとバイラオールを行き来し、最後はユニセックスで幕を閉じました。   彼のこのバイレ人生の第二章はまだスタートしたばかりなので、『ビバ!』の時の勢いはそのままでしたが、今回の作品では、次のステップに行くにはまだ模索中という印象を受けました。彼が女性の踊りを踊りたい欲求に駆られているのは良くわかります。情熱は感じる。けれど、まだ「憧れ」の段階に留まっているように思えるのです。   身体的能力の違いから、女性と男性の踊りには別々のスタイルがあります。そして男性の踊りが発展してきたように、時代と共に女性の踊りもまた、独自の発展を遂げてきました。ですから、今の女性の踊りに慣れた目で彼の「女性のバイレ」を見ると、ちょっと「追いついていない」感じがしてしまう。もっと掘り下げてほしい。他のバイラオーラが表現する「女性」だからできるという自信や自由には到達していないというか。   彼は今まで、確固とした自分のスタイルがあって、そして自由を謳歌してきました。しかし「バイラオーラ」としての縛りを加えたことでその自由を見失ってしまうのでは、そのこだわりを持つ意味があるのか。観客としては、どうしても昔の彼のスタイルを無意識に期待してしまうし、新しいスタイルが過渡期であれば尚更、曖昧な印象でがっかりしてしまう。これは仕方がないことなのかもしれません。   私としては、あっちもこっちもではなく、逆に何年か女性のバイレに集中してくれれば、見えてくるものがあるのではと思うんですよね。その時はきっと、自分にとっての究極のスタイルを見つけてくれるのではないかなと思っています。頑張れ、マヌエル!     【筆者プロフィール】 東 敬子 (Keiko Higashi) /フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.com を主宰。   =====

  • 《エンリケ坂井 TOQUE, CANTE 77.7》

    (sábado, 31 de enero 2026)   2025年10月10日(金) SHOWレストラン GARLOCHÍ (東京・新宿) 写真/川島浩之 Fotos por Hiroyuki Kawashima 文/金子功子 Texto por Noriko Kaneko フィン・デ・フィエスタではギタリスト全員で演奏 16歳から本格的にフラメンコギターを学び始め、やがてカンテの魅力にも目覚め60年以上にわたり純粋なフラメンコを愛し追求し、ライブ演奏やCD制作・編集にも精力的に取り組んでいるエンリケ坂井の喜寿を祝う記念リサイタルが開催された。実際には誕生日から7ヶ月過ぎていることから、公演名は『77.7』。ラッキーセブン揃いで縁起がいい。 プログラムは1部がギターソロを中心に、かねてより憧れ敬愛するスペインのギタリストから学んだ曲を揃え、2部ではそれぞれ縁のあるギタリストらの伴奏でカンテソロを披露。また特別ゲストには同じ時代に共に活躍した盟友の三澤勝弘と、踊り手でありパートナーの佐藤佑子が出演した。 1曲目のソレアは、集中して気合を込めて披露した一曲。深い音色を奏でながら不思議と重く感じない。むしろスペインの乾いた空気を突き抜けるようなカラッとした爽やかさが残る。 ティエントは、2025年7月に亡くなったというペリーコ・デル・ルナール(Ⅱ世)から学んだ曲。「あんな音で弾けたらいいな」と思っていたと言い、他にもディエゴ・デ・モロンといったギタリストたちからも直接教えを受けられたのが良かった、とかつてを振り返る。渋く味わい深い音色を聴かせ、敬愛する先達への思いがほとばしるようにギターをかき鳴らす。 土地の陽気さが伝わるタンギージョ・デ・カディス。歌い手のマノロ・バルガスやペリコンが醸し出すカディスの気性やグラシア(気品)といった、あの雰囲気をギターで出したいという。洒落っ気のある軽快さの中で音を楽しむような、遊び心のある演奏が楽しい。 そして1部の最後は三枝のパルマとともにブレリアを披露。伝統的な味わいのあるフレーズを次々と繰り出し、さらに拍手の後にはプチアンコールにも応えてくれた。 2部はカンテソロを中心に構成。カンティーニャスでは久保のやわらかい音色のゆったりした伴奏で、メリスマの効いた節回しを利かせる。 マラゲーニャを伴奏する西井は現在エンリケにカンテ伴奏を習っているといい、泣きを誘うような歌に寄り添うようにギターを奏でる。 そしてカンテソロ最後の曲は三澤の伴奏でのシギリージャ。嘆きのカンテをギターがどっしり受け止める。エンリケがスペインから帰国した後に二人でコンサートをやるほどの旧知の仲で、スペインでも今はこういうギターを弾く人はいない、と三澤を絶賛する。 ラストの曲は、佐藤が踊るアレグリアスを伴奏する夫婦共演。70年代にマドリードのタブラオで長期出演していたという佐藤の踊りはシンプルでストレート。ヒターノの踊りを彷彿させた。 フィン・デ・フィエスタでは全員が舞台に上がり、一人ずつファルセータを披露。最後はエンリケの歌とギタリスト全員による伴奏で、三枝と佐藤のパレハのセビジャーナスで舞台を締めくくった。 60余年にわたる演奏活動で作り上げてきた唯一無二の音色で、フラメンコギター本来の魅力を堪能させてくれた今回のコンサート。ギターを弾きカンテを歌い、その横顔にはフラメンコに夢中な少年の面影がそのまま残っていた。 【出演】 エンリケ坂井 (特別ゲスト) バイレ 佐藤佑子 ギター 三澤勝弘 ギター 江戸裕 久保守 西井つよし カンテ 有田圭輔 パルマ 三枝雄輔 佐藤幸子 【プログラム】 1部 ギターソロ 1. ソレアレス 2. ティエントス 3. タンギージョス 4. ブレリアス(パルマ:三枝雄輔) 2部 1. カンティーニャス (カンテ:エンリケ坂井、ギター:久保守) 2. マラゲーニャス (カンテ:エンリケ坂井、ギター:西井つよし) 3. シギリージャス (カンテ:エンリケ坂井、ギター:三澤勝弘) 4. アレグリアス (バイレ:佐藤佑子、カンテ:有田圭輔、ギター:江戸裕、エンリケ坂井、パルマ:三枝雄輔、佐藤幸子) 5. フィン・デ・フィエスタ (全員) =====

  • 【news】石井智子スペイン舞踊団公演『ちはやふる』

    第72回文化庁芸術祭大賞受賞作品 (martes, 9 de diciembre 2025) 2017年の初演時に「第72回文化庁芸術祭大賞」を受賞した石井智子スペイン舞踊団の劇場作品『ちはやふる』が、来年2月に東京・浅草公会堂で再演されることになりました。 この作品は百人一首を題材に、情熱的なスペイン舞踊のリズムと音楽に日本の伝統楽器である和太鼓や二十五絃筝、尺八の音色を重ね、また和歌の書や最新のプロジェクションマッピングによる幻想的な映像演出を組み合わせるなど、日本の伝統文化とスペインの文化が融合した舞台芸術を創り上げます。 また特別ゲストとして、紫綬褒章受章など数々の賞を受ける日本舞踊家の藤間蘭黄氏を迎え、スペイン舞踊と日本舞踊の双方の魅力が堪能できるのも見どころのひとつ。 台本・振付・構成を手掛ける石井智子さんが今回新たな演出で描く百人一首の世界を、ぜひ劇場でお楽しみください。 [日時]2026年  2月6日(金)7:00PM  2月7日(土)2:00PM ※各回の開場は、開演の30分前 [会場]浅草公会堂(東京都台東区浅草1-38-6) [チケット]S席10,000円/A席8,000円/B席6,000円/C席3,000円/ 親子席4,000円(小学生のお子様と保護者1名 C席相当) ※未就学児のお子様のご入場は不可。 [出演] 石井智子 特別ゲスト:藤間蘭黄(日本舞踊家) 石井智子スペイン舞踊団 松本美緒、小木曽衣里子、清水真由美、福田慶子、杉浦桃子、樋口万希子、岡田美恵子、梅澤美緒子、藤丸莉沙、森友美、早川幸、鏑木優子、栁沼芽以 外部出演:吉田芽生、新田晶野、新田恵野 藤原定家役:光澤雄弘(寶林寺) ギター:鈴木淳弘、菅沼聖隆 カンテ:川島桂子、井上泉 バイオリン:三木重人 チェロ:海野幹雄 パーカッション:朱雀はるな 二十五絃箏:佐藤亜美、吉葉景子、櫻井珠鈴美、金子展寛 尺八:佐藤亜美、佐藤將山 和太鼓:批魅鼓 (喜多村純子、須永彩未、森奈那子、佐藤美心、藤井陽向、山碕浩晶) 書:桃果 [申込・問]石井智子フラメンコスタジオ事務局 ・メール: info@tomokoishii.com ・HP申込フォーム: http://tomokoishii.com/chihayafuru-2026-02/ ・電話:03-6280-3147(月-木12:00~21:30/土10:30~15:30/金日祝 休み) ・各種SNSのDM ・公式LINE =====

  • 田村陽子とFlamenco 30周年記念公演vol.1《Ilusión》

    (miércoles, 28 de enero 2026)   2025年11月24日(月祝) Showレストラン GARLOCHÍ(東京・新宿) 写真/佐藤尚久 Fotos por Naohisa Sato 文/金子功子 Texto por Noriko Kaneko アレグリアス   10代からフラメンコを踊り始め、その舞踊活動30周年を記念する公演が開催された。昼・夜の2公演で行われ、昼の部《Flamencas》では師弟関係にある若手ダンサー、脇川愛、JURINA、鬼頭幸穂の3人との共演で群舞作品などを披露。今回鑑賞した夜の部《Ilusión》では、2011年からの舞踊パートナーとして一緒に踊り続けているヘスス・オルテガを迎え、ソロやパレハによる様々な舞踊作品を揃えた。 1曲目はアレグリアス。ギターの前奏から、スペインの風や陽光のイメージが感じられる。赤のバタデコーラを身にまとい、その裾を高く掲げて颯爽とステージに立つ田村。そして客席に向かって深く一礼すると、割れんばかりの大きな拍手が沸き起こった。 曲種の名前の通り、喜びに満ち溢れる踊り。なめらかな身のこなしと洗練された優美さの中に、少女のような初々しさがのぞく。踊ることが好きな気持ちが全身から溢れ、客席からもあたたかい拍手が上がる。 ヘススのソロはカーニャ。抑制のきいた踊りの中で、レマーテの力強さとキレのよさが冴える。ペソの効いた踊りで音も空気もリズムも完璧に曲の世界を支配し、パーカッションと足音との見事な掛け合いは一級の芸術品だ。 ティエントではヘススが田村を優しくエスコートし、ドラマのワンシーンのようなパレハを繰り広げる。二人の足音がきれいにそろったユニゾンの場面も気持ちよく、男女の関係性を表現したドラマティックな演出も踊りとともに見応えがあった。 ティエント 休憩後の1曲目に披露された田村のアストゥリアスは、バイオリンとパーカッションとの魅力が融合した珠玉の一曲。疾走感あるスピードで曲が始まり、水色のドレス姿できれいに粒のそろったパリージョを奏でる。バイオリンのゆったりとメロディアスな旋律や、多彩なパーカッションとパリージョとの共演など、美しくも贅沢な音楽の時間が流れる。 マルティネテ・イ・シギリージャでは、マヌエルとパコがそれぞれのカンテソロをたっぷりと響かせる。田村は黒のドレスで登場、それぞれのカンテを真っ向から受け止め、集中力が途切れることなく渾身のシギリージャを魅せる。 パーカッションと踊り、1対1によるパフォーマンスでは、海沼が繰り出す様々な音やリズムにヘススが踊りと足技や指の音、身体を叩く音で応える。高いレベルでの二人の掛け合いに会場も熱く盛り上がる。 最後の曲はパレハのソロンゴ。平松のバイオリンが美しい主旋律を奏で、田村が鮮やかなマントンさばきを披露する。ファルセータではヘススとともに二人の思いが共鳴し合うような踊りを舞い、これまでフラメンコとともに積み重ねてきた経験や信頼関係が込められた一曲となった。 最後のあいさつで田村は、今回の公演ではタブラオという場所で劇場のような演出を目指したといい、10年以上にわたり舞台のパートナーとして振付や構成のアドバイスなどサポートしてくれるヘススへの感謝を示した。 そして今年5月にはvol.2となる公演を予定していることが発表され、オリジナルストーリーによるカラスが登場する作品だという。フラメンコ30周年という節目にどのような劇場作品を創り上げるのか、想像力の泉は今も湧き続けている。 【プログラム】 1. Alegrías アレグリアス 2. Caña カーニャ 3. Tiento ティエント 4. Asturias アストゥリアス 5. Martinete y Siguiriya マルティネテ・イ・シギリージャ 6. Percusión パーカッション 7. Zorongo ソロンゴ 【出演】 ◼︎Baile踊り  田村陽子  Jesús Ortega 友情出演(夜のみ)  脇川愛、JURINA、鬼頭幸穂(昼のみ) ◼︎Cante 唄  Manuel de la Malena  Paco El Plateao ◼︎Guitarra ギター  斎藤誠 ◼︎Violín バイオリン  平松加奈 ◼︎Percusión パ-カッション  海沼正利 =====

  • アーティスト名鑑 vol.31

    (miércoles, 21 de enero 2026)   スペイン在住30年以上、多数の一流フラメンコ・アーティストらとも親交のあるフラメンコ・ジャーナリスト志風恭子が、歌・踊り・ギターそれぞれの代表的アーティストらのプロフィールをピックアップ。過去の取材で撮影した写真や、チェックしておきたい動画などもご紹介します。   文・写真/志風恭子 Texto y fotos por Kyoko Shikaze   *名鑑登場アーティスト一覧は こちらから   フアニート・バルデラマ(カンテ) ホセ・グレコ(バイレ) メルチョール・デ・マルチェーナ(ギター)   Juan Manuel Valderrama Blanca “Juanito Valderrama” Torre del Campo (Jaén) 24-5-1916 Espartinas (Sevilla) 12-4-2004   フアニート・バルデラマ 本名フアン・マヌエル・バルデラマ・ブランカ 1916年5月24日ハエン県トーレデルカンポ生 2004年4月12日セビージャ県エスパルティーナ没 フラメンコ以外の歌謡も歌い、映画に主演するなど20世紀中頃のスペインで全国区の人気を博した歌い手。その人気ゆえか、もしくは優しく音程の高い声からか、またはヒターノでもなく、トリアーナやヘレスといったフラメンコのメッカでの生まれでないせいか、コアなフラメンコ好きから軽んじられる傾向もなかったとは言えないが、カンテの幅広く深い知識をもち、ムルシア州ラ・ウニオンで今なお開催されているカンテ・デ・ラス・ミーナスのフェスティバルも、その地を訪れたバルデラマがミネーラなどカンテ・デ・レバンテをかえりみない風潮を嘆いたことから始まった。トレードマークのつば広の帽子で長らく、1930年代から90年代まで現役で活躍した。   1989年マラガ県アラウリンのフェスティバルにて。ギターはルイス・カルデリート。おじさんたちが舞台前にやってきて上着やワインの入った皮袋を投げたり(それらを舞台から投げ返す)と、闘牛士のような人気ぶりだった。   【動画】 スペイン国営放送が制作したドキュメンタリー。彼の歌い手としてのキャリアや人生をおう。ヒット曲から純フラメンコまでたくさんの歌唱も収録されている。 https://www.rtve.es/play/videos/imprescindibles/juanito-valderrama-voz-ilustro-siglo/16046570/   代表曲『エミグランテス(移民)』、フアニート自身の作詞で、作曲はセビージャ生まれのフラメンコ・ギタリスト、ニーニョ・リカルドです。1949年の曲で、当時、貧しかったスペインから外国へ出稼ぎに行く人が多く、故郷スペインを思いつつ、というこの歌がヒットしたのも時代背景ゆえだろう。 https://www.youtube.com/watch?v=mPAFyUUtL9o 妻で歌手のドローレス・アブリルとの『ペレア・エン・ブロマ(冗談喧嘩)』は人生後半のヒット。1991年のカナルスールでのビデオ。 https://www.youtube.com/watch?v=uzjZA7Jn8OA     Constanzo Greco “José Greco” Montorio nei Frentani (Italia) 23-12-1918 Lancaster(E.E. U.U.)31-12-2000   ホセ・グレコ 本名コンスタンツォ・グレコ 1918 年 12 月 23 日イタリア、モントーリオ・ネイ・フレンターニ生まれ、 2000 年 12 月 31 日アメリカ、ペンシルバニア州ランカスター没 母はスペイン人だったが、父の故郷イタリアに生まれ、10歳で渡ったニューヨークでスペイン舞踊を学び、ラ・アルヘンティニータ、ピラール・ロペス姉妹の舞踊団で活躍し、1949年に自らの舞踊団を結成。アメリカ全土はもちろん、中南米や欧州でも公演し、映画『八十日間世界一周』(1956年)にも出演するなど、20世紀中盤の世界で一番有名な男性フラメンコダンサーだった。レコード録音も複数あり、1962年発表のイスパボックス社のアルバムではペペ・デ・ルシアが歌っているが、その兄パコ・デ・ルシアも1963年、まだ16歳という若さでグレコ舞踊団のギタリストとしてアメリカでの公演に参加している。息子ホセ・ルイス・グレコ(1953)は作曲家、息子ホセとカルメラ、スペイン国立バレエ団で活躍した舞姫ローラ(1964)も踊り手で、2002年、日本で舞踊団公演を行った。 【動画】 アメリカの有名なテレビ番組エド・サリバン・ショーでスペイン舞踊を踊る。 https://www.youtube.com/watch?v=YlNcq8HB3Ks   Melchor Jiménez Torres “Melchor de Marchena” Marchena (Sevilla) 17-7-1907  Madrid 1980   メルチョール・デ・マルチェーナ 本名 メルチョール・ヒメネス・トーレス 1907年7月17日セビージャ県マルチェーナ生まれ 1980年マドリード没 カンテ伴奏の名手といえば真っ先に名前が上がるだろう、歴史上のギタリストの一人。セビージャから東へ19キロ、ウトレーラやレブリーハほどには有名ではないが、モロンやプエブラ・デ・カサージャ、カルモナなどの町と隣り合うこの町でもフラメンコを愛する人は多く、ギタリストだった父、歌い手だった母のもとに生まれた。やがてセビージャのアラメーダ界隈で経験を積み、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスやマノロ・カラコール、アントニオ・マイレーナなど歴史に名を刻んだ歌い手たちを多く伴奏するだけでなく、ソロ演奏も録音している。歌が聞こえてくるようなそのギターの音色は彼ならでは。なお生地のフラメンコ・フェスティバルはこの町の名を芸名に活躍した彼にちなんで、フィエスタ・デ・ラ・ギターラといい半世紀以上の歴史を誇る。息子は早逝したギタリスト、エンリケ・デ・メルチョール。   【動画】 スペイン国営放送のテレビ番組『カンテの祭儀と地理』から。シギリージャ、タンギージョなどのソロのほか、マノロ・カラコールの伴奏も。インタビューも充実。若き日の息子エンリケ・デ・メルチョールも。 https://www.rtve.es/play/videos/rito-y-geografia-del-cante/rito-geografia-del-cante-melchor-marchena/5258548/     【筆者プロフィール】 志風恭子(Kyoko Shikaze) /1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。   =====

  • 【news】平富恵スペイン舞踊団公演《FLAMENCO SPAIN》

    〜 魂が舞う、色彩の大地へ 〜 (lunes, 19 de enero 2026) 数々の舞台作品を創作し、国内外の公演やTV、CMなどでも活躍するスペイン舞踊家、平富恵 (たいらよしえ) さん率いる舞踊団公演が今年1月に上演されます。 17年にわたる舞踊団の歩みの中で生まれた作品群を今という視点で再構築して新たな創作も取り入れ、フラメンコ、クラシコ・エスパニョール、ボレラ、ホタと、4つのスタイルの魅力を持つスペイン舞踊の奥行きが一度に楽しめる、一夜限りの舞台になります。 スペインの文化でありながら世界中で多くの人に愛され、「大地が鳴り、魂が踊る」フラメンコの感動を、ぜひ劇場で体感してください。 VIP席やU-25限定席、親子席などの席種も用意され、開演20分前からは歌い手の小松美保さんによるプレトークもあります。 【日時】2026年1月24日(土)17:00開演 (16:15開場/16:40 プレトーク) 【会場】北とぴあ さくらホール (東京都北区王子1-11-1/東京メトロ王子駅直結) 【チケット】 VIP席 20,000円(限定特典付) S席 8,000円(小中学生 4,000円) A席 6,000円 B席(U-25)3,000円 車椅子席 8,000円 親子席 8,000円 ▶︎ イープラス https://eplus.jp/sf/detail/4423780001-P0030001 ※車椅子席・親子席は girasolflamenco@gmail.com まで 【出演舞踊家】 平 富恵 ヘスス・ペローナ 松田知也(小島章司フラメンコ舞踊団) [平富恵スペイン舞踊団]宮北華子、菊池和緒子、村田愛、秋山千草、小黒瑞紀、井上亜紀、田中英恵、井上洋子、平クリオ、戸川美佐、春田若菜、椎名久恵、石谷優枝、杉島直美、後藤雅枝、五味純子、大貫智子、松村彩、田中絵里、下山久実、石田結、海貝佐和、福島幸子、吉川恵理子、芦垣舞 【ミュージシャン】 有田圭輔(歌) 小松美保(歌・解説) 徳永健太郎(ギター) 徳永康次郎(ギター) 橋本容昌(パーカッション) 【主催/問】 有限会社マジェスティック Tel. 03-3905-7900(平日10~17時) Email: girasolflamenco@gmail.com URL: www.girasolflamenco.com =====

  • ArtistaЯ ~表現者☆~ ep.25

    ep.25 棚原美和 (Andina)  Miwa Tanahara   (viernes, 16 de enero 2026) 写真家・大森有起が、今を輝くフラメンコ・アーティストたちの真の姿を写す 薄いメイクに下げた後髪。 深紅の衣装で踊る、心意一体のティエント。 不可視なアルテに秒で射抜かれたのが2007年。 節目節目に真意を語り、確信し歩む姿をずっと見てきました。 融通無碍な発想、強固な自分軸は当時から殆ど変わりません。 常に道を拓き、戻れる場所があるからこそ彼女の生き方は真直で一貫しています。 魂の呼吸、師から受け継いだ唯一無二のフラメンコ。 自己と一致する彼女の踊りには人生の全てが詰まっています。 ©Yuki Omori 「フラメンコの真髄」 私にとってフラメンコの真髄とは、その瞬間、その場に流れる空気を全身で感じ取り、作為なく自然体で魂の奥から湧き上がるものを全身で発露することです。 フラメンコは ”人生そのもの” だとよく言われますが、師匠であった石川敬子先生も「芸を見ればその人がどんな人間かすぐに分かる」と常々おっしゃっていました。 「人は他人や自分自身に嘘をつくことができても、フラメンコには嘘はつけない。隠そうとする自分のすべてが、その人のフラメンコには表れるのだ」とも。 年齢を重ねるほどにその言葉の重みを実感し、どれほど技術を積み上げても、自分自身という器を磨いていなければ心を打つ芸にはならないと痛感してます。 日々の営みや他者への心遣い、所作、話し方、感性――その人の生き方そのものが自分を形作り、その生き様がフラメンコとして舞台に立ち現れる。 だからこそ、日常をどう丁寧に生きるか。 執着や依存を手放し、自然のサイクルに耳を澄ませ、五感を磨き、感謝を忘れず懸命に生きること。 その積み重ねの先にある真髄を目指し、これからも精進していきたいと思っています。 =====

  • スペインNews 1月号・2026

    (martes, 6 de enero 2026)   文・写真/志風恭子 Texto y fotos por Kyoko Shikaze   12月といえばなんといってもクリスマス! 街のあちこちに美しいイルミネーションが輝き、教会はもちろん、駅やホテル、空港などにもクリスマスツリーやナシミエントと呼ばれるキリスト生誕の場面のお人形やその周りの景色、家々や店、畑や川なども描きジオラマのようにしたベレンと呼ばれるものが飾られたりして、フィエスタのムードを高めます。フラメンコ好きはフィエスタ、というとフラメンコの宴を思い浮かべるかもしれませんが、宴と共に、祝日やお祭りのこともフィエスタといいます。元々カトリック国だったスペインではクリスマス、12月25日は、1月1日や公現の主日(東方の三博士が幼な子イエスに贈り物を持って現れたとされる)の1月6日も祝日です。クリスマスと大晦日は家族が集まってご馳走を食べて過ごし、6日はプレゼントを贈るのが習慣なので、12月となるとプレゼントを買ったりご馳走を準備したりと街中はウキウキ、いそいそとした雰囲気になるのです。友人同士はもちろん、お店やタクシーなどでも、クリスマスおめでとう「フェリス・ナビダ」新年おめでとう「フェリス・アーニョ・ヌエボ」などと挨拶交わしたりするの、なんかあったかくて私は好きです。 セビージャの地区センターに設置されたベレン   《INDEX》 ・ ヘレスのサンボンバ ・ 訃報/アルフォンソ・カルピオ・ガジャルド“エル・ミヒータ”、アレハンドロ・レジェス ・ ヘレスのフェスティバル 【ヘレスのサンボンバ】 ここ数年、すっかりメジャーになって、全国各地からの観光客をも集めるようになったサンボンバ。もともとは素焼きのツボのようなものに皮をかぶせてその真ん中に棒の先をつけ、棒を上下させることで音をだす伝統的な楽器のことなのですが、転じて、この楽器を使って伴奏してスペインのクリスマスソング、ビジャンシーコを歌う集いのことをヘレスでそう呼ぶようになりました。元々は長屋の中庭などに親戚や近所の人たちなどが集まって歌い踊る、いわば身内の宴だったもので、伝統的なものに始まり、古いロマンセなどをビジャンシーコ化したもの、そして新曲などをも集めたレコードを地元の金融機関が毎年発表することで、レパートリーも増え、またそのアルバムの中心的存在だったギタリスト、パリージャ・デ・ヘレスの存在もあって、フラメンコなビジャンシーコは次第にヘレスの外でも知られるようになってきて、現在では、楽器のサンボンバやヘレスのビジャンシーコのあるなし関係なく、クリスマスシーズンに行われるビジャンシーコを取り入れたフラメンコ公演を全てサンボンバと呼んでいるようです。30年前くらいには、全国的に歌われるもの以外に、ヘレスにはヘレスの、セビージャにはセビージャの、独自のクリスマスソングがあるという風に土地ごとの特徴があったように覚えているのですが、ずいぶん様変わりしました。 それでも断然人気があるのはヘレスのサンボンバで、ヘレスでは11月末から12月にかけて10ものクリスマスのフラメンコ公演が行われ、どれも満席だったほか、市内の広場などで教会の信者会やペーニャなどの主催でたくさんのサンボンバが行われ大いに賑わったほか、ルイス・デ・ペリキン率いる“アシ・カンタ・ヘレス・ラ・ナビダ”のようにグラナダ、セビージャ、ウエルバ、マドリードなど各地を巡演するグループも。ヘレス公演の模様を貼っておきますね。ルイスの兄姉、甥などファミリーをはじめとする若手中心で、気張らずに聴ける感じがヒットの理由でしょうか。 https://www.youtube.com/watch?v=CNBNBYY1KSk 今年はアンダルシアの放送局、カナルスールのクリスマスのプロモーションにも出演していました。 https://www.youtube.com/watch?v=5n7gam8rN8Y ヘレスの公演の様子です。下に全編も貼っておきますね。   https://www.youtube.com/watch?v=6yHQg_QRzo0 【訃報】 12月17日、ヘレスで歌い手、アルフォンソ・カルピオ・ガジャルド“エル・ミヒータ”が亡くなりました。74歳でした。歌い手アルフォンソ・カルピオ、ホセ・カルピオも歌い手。その家系を辿ればマヌエル・トーレやフアニート・モハマ、ビエホ・アグヘータ、ルビチらもファミリーだというヘレスのフラメンコ一家。プラスエラ、サン・ミゲル街、プラスエラのカンテを熟知した存在として知られていました。2024年の夏、ビエルネス・フラメンコへの出演が最後の舞台になってしまいました。ご冥福をお祈りします。 https://www.youtube.com/watch?v=BTB14GtUhFM 2014年ペーニャでの公演から。ギターはこれも親戚に当たるドミンゴ・ルビチ。   なお同日、マドリードで長らくプロモーターとして活躍したアレハンドロ・レジェスも生まれ故郷のアルメリアで亡くなりました。81歳。マドリードのサン・フアン・エバンへリスタ大学寮の音楽とジャズのクラブ創立者の一人で、カマロン(その最後の舞台はここだった)やパコ・デ・ルシア、エンリケ・モレンテ、ジャズではチェット・ベイカーやダイアナ・クラールなどのライブを行っただけでなく、カハ・マドリードのフラメンコ祭、アルメリア・フラメンコ祭などの制作に携わった、フラメンコの裏方の一人。今あるマドリードのフラメンコの繁栄の礎の一つを作った一人と言えるかもしれません。安らかに。   【ヘレスのフェスティバル】 11月27日ヘレスのフェスティバルのプログラムが発表になりました。30回目となる今年は、ヘレス出身のバイラオーラ、マヌエラ・カルピオがマカニータやホセ・バレンシアなど豪華なゲストを迎えてオープニングを飾り、最終日のラ・ルピまで48公演が行われます。そのうち11公演は新作初演とのこと。前売りはもう始まっていて、地元ヘレス出身メルセデス・ルイスがレオノール・レアルやサロメ・ラミレスとの共演で行う作品や、サロメのソロ作品、歌い手レラ・ソトやサンドラ・カラスコ、ギタリスト、ジェライ・コルテスの公演など8作品がすでに売り切れとのこと。フラメンコ舞踊とスペイン舞踊のフェスティバルではありますが歌やギター中心の公演もありますよ。あなたもいつかぜひ。   ◇第30回ヘレスのフェスティバル   2/20(金)20時30分『ライセス・デル・アルマ』 [出]〈b〉マヌエラ・カルピオ、サライ・ガルシア、ロシオ・マリン、スサナ・カサス、特別協力〈c〉ラ・マカニータ、ホセ・バレンシア、マヌエル・モネオ“バルージョ”、エル・トロ、アンヘリータ・モントージャ、アナベル・バレンシアほか [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 2/21(土)18時30分 [出]〈b〉ニノ・デ・ロス・レジェス [場]ヘレス ブラス・インファンテ文化センター 2/21(土)20時30分『フロンテーラス・エン・エル・アイレ』 [出]〈b〉ヌエボ・バレエ・エスパニョール、特別協力〈b〉エレナ・マルティン [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 2/21(土)23時『ソロ・ギターラ』 [出]〈g〉サンティアゴ・ララ [場]ヘレス ラ・アタラジャ博物館 2/22(日)18時30分『ナトゥラル』 [出]〈b〉ファルー、ゲスト〈c〉ラファエル・デ・ウトレーラ [場]ヘレス サラ・コンパニア 2/22(日)20時30分『ラ・マテリア』 [出]〈b〉オルガ・ペリセ、舞踊/ダニエル・アブレウ [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 2/22(日)23時『アベセダリオ・フラメンコ』 [出]〈c〉アルカンヘル [場]ヘレス ラ・アタラジャ博物館 2/23(月)18時30分『デ・ヘレス・アル・シエロ』 [出]〈piano〉ミリアム・メンデス [場]ヘレス ラ・ゴテラ・デ・アソテア劇場 2/23(月)20時30分『レブリサ』 [出]〈b〉 コンチャ・バルガス〈c〉イネス・バカン [場]ヘレス ブラス・インファンテ文化センター 2/24(火)18時30分『クエスティオン・デ・ティエンポ』初演 [出]〈b〉ディエゴ・アギラール、ウーゴ・アギラール [場]ヘレス サラ・コンパニア 2/24(火)20時30分『ドンセジャス(フエルガ・ペルマネンテ)』 [出]〈b〉エステベス/パーニョス [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 2/25(水)18時30分『ラ・ファミリア』 [出]〈b〉フリオ・ルイス、ゲスト〈c〉ぺぺ・デ・プーラ [場]ヘレス ブラス・インファンテ文化センター 2/25(水)20時30分『エル・レナセル』 [出]〈b〉サラ・カレーロ、〈c〉ヘマ・カバジェーロ、ゲスト〈コントラバス〉パブロ・マルティン・カミネロ [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 2/26(木)18時30分『ゲレラ』 [出]〈b〉カルメン・エレラ [場]ヘレス ブラス・インファンテ文化センター 2/26(木)20時30分/パライソ』 [出]〈b〉アンドレス・マリン、アナ・モラーレス [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 2/27(金)18時30分『パイサヘ・フラメンコ・アンダルース・コン・ホンドゥーラス』 [出]〈b〉イレネ・オリバレス、ゲスト〈c〉ホセ・デ・ロス・カマロネス、パコ・モジャノ [場]ヘレス サラ・コンパニア 2/27(金)20時30分『ロダン』 [出]〈b〉セルヒオ・ベルナル [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 2/27(金)23時『エル・フエゴ・ケ・ジェボ・デントロ』 [出]〈c〉レラ・ソト・ゲスト〈c〉ビセンテ・ソト、ルイサ・エレディア、〈g〉ディエゴ・デル・モラオ、クーロ・カラスコ、リカルド・モレーノ、ダビ・セレドゥエラ [場]ヘレス ラ・アタラジャ博物館 2/28(土)18時30分『カルネ・デ・ペッロ』 [出]〈b〉エレナ・マルティン [場]ヘレス ブラス・インファンテ文化センター 2/28(土)20時30分『ガラ・ヘレス』フェスティバル30周年記念 [出]〈b〉メルセデス・ルイス、レオノール・レアル、サロメ・ラミレス、特別協力〈b〉アンへリータ・ゴメス、アナ・マリア・ロペス、チキ・デ・ヘレス [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 2/28(土)23時『ロ・ケ・ナディエ・べ』 [出]〈c〉エセキエル・ベニテス [場]ヘレス ラ・アタラジャ博物館 3/1(日)18時30分『ロス・マグニフィコス』 [出]〈c〉サンドラ・カラスコ、〈piano〉アンドレス・バリオス、〈b〉エル・ジジョ、〈g〉ダビ・デ・アラアル [場]ヘレス サラ・ラ・コンパニア 3/1(日)20時30分『ラティドス』 [出]〈b〉ベレン・ロペス [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 3/1(日)23時 [出]〈c〉マイテ・マルティン、〈g〉ホセ・ガルベス [場]ヘレス ラ・アタラジャ博物館 3/2(月)18時30分『ア・カマロン・イ・パコ・デ・ルシア』 [出]〈piano〉アントン・コルテス [場]ヘレス ラ・ゴテラ・デ・アソテア劇場 3/2(月)20時30分『バベル』(ワークインプログレス) [出]〈b〉ダビ・コリア [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 3/2(月)23時 [出]〈g〉ジェライ・コルテス [場]ヘレス ラ・アタラジャ博物館 3/3(火)18時30分『パロ・コルタオ』 [出]〈b〉サロメ・ラミレス、ゲスト〈c〉ミゲル・アンヘル・エレディア [場]ヘレス サラ・ラ・コンパニア 3/3(火)20時30分『ティエラ・ベンディタ』 [出]〈b〉アンダルシア舞踊団 [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 3/4(水)18時30分『パトロン』 [出]〈b〉オルーコ、ゲスト〈b〉ロシオ・モリーナ [場]ヘレス ブラス・インファンテ文化センター 3/4(水)20時30分『ティトゥロ・テンタティボ』 [出]〈b〉ヘスス・カルモナ [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 3/5(木)18時30分『レアルタ』 [出]〈c〉ホセ・モントージャ“ベレンヘノ” [場]ヘレス サラ・ラ・コンパニア 3/5(木)20時30分 [出]〈b〉マリア・モレーノ [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 3/5(木)23時 [出]〈c〉アルバ・バサン [場]ヘレス パラシオ・ビジャビセンシオ 3/6(金)18時30分『マルティニコス、レ・ディ・ア・ミ・クエルポ』 [出]〈c〉ダビ・ラゴス、〈b〉レオノール・レアル、〈g〉マヌエル・バレンシア、プロジェクト・ロルカ [場]ヘレス ブラス・インファンテ文化センター 3/6(金)20時30分『コロール・シン・ノンブレ』 [出]〈b〉ホセ・マジャ [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 3/6(金)23時 [出]〈c〉ミゲル・ラビ [場]ヘレス パラシオ・ビジャビセンシオ 3/7(土)18時30分『アルテ』 [出]〈b〉ベアトリス・モラレス [場]ヘレス ブラス・インファンテ文化センター 3/7(土)20時30分 [出]〈b〉ラ・ルピ舞踊団、ゲスト〈b〉ミゲル・アンヘル・コルバチョ [場]ヘレス ビジャマルタ劇場 [問] https://www.festivaldejerez.es 【筆者プロフィール】 志風恭子(Kyoko Shikaze) /1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。 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  • カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.56

    (domingo, 11 de enero 2026) 文/エンリケ坂井 Texto por Enrique Sakai Malagueña de Chacón ④ チャコンの生い立ち  アントニオ・チャコンは1869年5月16日、ヘレス市で非ジプシーの靴修理屋の息子として生まれた。  少年の頃から親の靴修理の見習いや、ヘレスはシェリー酒の工場が多い所なので樽作りの職人として働いていたが、生来の歌好きだったのでまわりの大人達、当然ながらヒターノ達の歌も聴き覚えて歌い始め、その才能を開花させていった。  後に「ギターの魔術師」と呼ばれたギターのハビエル・モリーナとは同じヘレスの近所同士であり、年も近かったのですぐに仲良くなって地元のカフェ・カンタンテでデビュー。  その後、武者修行と仕事探しを兼ねてアンダルシアの各地をハビエルとその兄であり踊り手のアントニオの3人で、当時の事なので殆ど徒歩で回り、各地の年寄りや歌知り達からその地に伝わるカンテを学びレパートリーを増やし、さまざまな知識を蓄えていった。  こうして1年近くの武者修行を終えたチャコンは、1883年頃(まだ10代半ば)ヘレスに戻り新たにカフェ・カンタンテと契約。同じ頃にカディスの偉大なカンタオールにして、多くのスタイルの創作者であるエンリケ・エル・メジーソと知り合い、この出会いはその後のチャコンの進む道、特に創作者としての姿勢に大きな影響を与えた事は容易に想像できる。  この後アンダルシアの都、セビージャに移ったチャコンは、やはり偉大なカンタオールとして歴史に残るシルベリオが作ったカフェと契約。この店「カフェ・デ・シルベリオ」での成功でチャコンは一躍有名になり、押しも押されもしない当代一流の歌い手となっていったのです。    それでは4つ目のチャコンのマラゲーニャを取り上げましょう。まずは歌詞から。   【Letra】 (a qué tanto me consientes,) Si tú no me has de querer, a qué tanto me consientes, mátame ya de una vez porque yo te perdono la muerte que ya no quiero padecer.   【訳】 俺を愛してないんだったら 何でイヤだと言わないんだ? いっそひと思いに殺してくれ、 生きていても仕方がない、 これ以上苦しめないでくれ。   ※consentir ⇒容認する ※padecer ⇒悩む、痛手を受ける    自分を拒まないくせに愛してもくれない、そんな相手を自分は深く愛しているからいっそう苦しむ…という男の話でしょう。いろいろな悩みがあるものですね。    チャコンはこのスタイルをこの歌詞で二度録音しており、聴き比べてみると1908年録音のもの(アビチュエラのギター)の方がシンプルで解りやすいのでこちらを例に取り上げました。   【筆者プロフィール】 エンリケ坂井(ギタリスト/カンタオール) 1948年生まれ。1972年スペインに渡り多くの著名カンタオールと共演。帰国後カンテとパルマの会を主宰。チョコラーテらを招聘。著書『フラメンコを歌おう!』、CD『フラメンコの深い炎』、『グラン・クロニカ・デル・カンテ』vol.1~37(以下続刊)。2025年1月Círculo Flamenco de Madridから招かれ、ヘスス・メンデスと共演。   ※CD『グラン・クロニカ・デル・カンテ』シリーズを購入ご希望の場合は、アクースティカ( https://acustica-shop.jp/ )へお問い合わせください。(編集部)   =====

  • 中里眞央フラメンコリサイタルvol.2 《Hacia Adelante Ⅱ》

    -揺れる心の羅針盤- (miércoles, 7 de enero 2026) 2025年10月1日(水)・2日(木) ShowレストランGARLOCHÍ(東京・新宿) 写真/川島浩之 Fotos por Hiroyuki Kawashima 文/金子功子 Texto por Noriko Kaneko Siguiriyas 日本を代表するフラメンコ舞踊団のひとつ、アルテ イ ソレラに所属し数々の劇場公演に出演、また2024年からは同世代の女性ダンサーらと共に結成した「Célula」というユニットでも活躍する中里眞央が、第2弾となるソロリサイタルを2日間にわたり上演した。 《Hacia Adelante Ⅱ》と前回のタイトルを継承しつつ、今回のサブタイトルは「揺れる心の羅針盤」。ヒターノ(ジプシー)たちの辛く貧しい暮らしの中から生まれ育まれたフラメンコという芸術文化に魅せられながらも、現代の豊かで安全な日本に生まれ育った自身との違いに戸惑い、そんな心の揺らぎに素直に向き合った想いが作品に込められる。 舞台の始まりは、アンダルシアのウエルバ地方で古くから親しまれる曲種のファンダンゴ・デ・ウエルバ。白いドレスに身を包み、今回のリサイタルのギタリスト、アントニオ・マレーナ・イーホが作曲した現代風アレンジの曲をパリージョとともに奏で舞う。前回の初リサイタルから約1年たったが、しっとりと大人びた雰囲気が漂う。椅子を小道具に使い、足を掛けたり座って足を打ち鳴らしたりと表現のバリエーションが楽しい。パーカッションの音も曲にスパイスを効かせ、パリージョと足音の掛け合いもリズムが心地よい 。 Fandango de Huelva 続くカンテソロは、フラメンコ・ポップスの大物歌手パリータ(Parrita)の代表曲をブレリアの12拍子にアレンジしたもの。歌詞の和訳なのか独白の場面も織り交ぜ、感情豊かに歌い上げる。 斬新な曲構成でアントニオ・マレーナ・イーホが作曲したアレグリアスでは、ディエゴが厚みと広がりのあるカンテを響かせ、赤いドレス姿で踊る中里は自信に満ちた落ち着きをみせる。 踊り終えるとディエゴから託された赤い刺繍のマントンを羽織り、そのままカンテソロへ。曲はラテンアメリカの名曲 "Adoro"、バラード調の嘆き歌だ。"yo los adoro, vida mía ..."と囁くような歌声が心に染み入る。   "Adoro" タンゴでは巧みな足技と力強く美しい踊りを披露。この曲での衣装は、中里が母親と一緒にスペインへ行ったときに買い求めた想い出のマントンを、東京で衣装製作を行っているアトリエグラシアで衣装に仕立ててもらったという。 Tangos 黒の衣装に着替えバストンをもって登場すると、パルマの3人とともにバストンのパフォーマンス。ともにアルテイソレラ舞踊団で活動している間柄だけに息もぴったりだ。 そしてバストンをディエゴに渡し、そのカンテに導かれるように踊るシギリージャ。今回の曲は20世紀後半を代表するスペインの国民的歌手、ロシオ・フラード(Rocio Jurado)が録音したバージョンをアレンジしたという。迫力ある歌に負けない渾身の踊りは、気迫に満ち圧倒的だった。 アンコールは再び白のドレス姿で登場し、ブレリアを歌い締めくくった。 日本の文化ではない言葉と音に魅せられ、それを日本人である自分は「声で、体で奏でるしかない」とプログラムで語られる言葉は、フラメンコとともに生きていく決意表明のようだ。信頼を寄せる多くの人たちに支えられ、中里は自身の目指すべき行き先に向かって着実に一歩ずつ歩み続けている。この先、例え迷ったり行き詰まったりしながらも、ひたむきにフラメンコと向き合い舞台で輝く彼女に期待したい。 *今回の舞台の10月2日千秋楽公演が、1月15日(木)までアーカイブ配信で視聴できます。 [購入サイト] https://livepocket.jp/e/mao_haciaadelante2 【プログラム】 1. Fandango de Huelva 2. Huracán de Sueños 3. Alegrías 4. Adoro 5. Tangos 6. Siguiriyas   【出演】 踊り/歌 中里眞央 ギター アントニオ・マレーナ・イーホ 斎藤誠 カンテ ディエゴ・ゴメス パーカッション 大儀見元 パルマ 佐藤浩希 三四郎 小西みと =====

  • アーティスト名鑑 vol.30

    (domingo, 21 de diciembre 2025)   スペイン在住30年以上、多数の一流フラメンコ・アーティストらとも親交のあるフラメンコ・ジャーナリスト志風恭子が、歌・踊り・ギターそれぞれの代表的アーティストらのプロフィールをピックアップ。過去の取材で撮影した写真や、チェックしておきたい動画などもご紹介します。   文・写真/志風恭子 Texto y fotos por Kyoko Shikaze   *名鑑登場アーティスト一覧は こちらから   ペペ・デ・ルシア(カンテ) マノロ・ソレール(バイレ) ラモン・デ・アルヘシラス(ギター) José Sánchez Gómez "Pepe de Lucía" Algeciras(Cádiz)1945 ぺぺ・デ・ルシア 本名ホセ・サンチェス・ゴメス 1945年カディス県アルへシーラス生まれ   パコ・デ・ルシアの兄。セクステットなどで長年共演していただけでなく、ソングライターとしても『コモ・エル・アグア』など多くのヒット曲を飛ばしているほか、プロデューサーとしてもポティートやカプージョを世に送り出すなどしている。10歳の時にはすでにあらゆるカンテを見事に歌ったという天才少年ぶりは、2024年に発売された1959年の録音でも確認できる。1962年には弟パコの伴奏でヘレスのコンクールで大絶賛され、チキート・デ・アルヘシラスの名前でレコード録音。60年代にもパコのギターで録音、70、80年代にも歌謡系の曲も含め数枚のアルバムをリリースしているほか、グラン・アントニオ舞踊団への伴唱などでも活躍し、初来日もグラン・アントニオとだった。どこかフリオ・イグレシアスのような感じがするベテラン。2025年ラ・ウニオンで金のカスティジェーテ賞を受賞。 1995年マドリードにてカルメン・リナーレス、フェルナンダ・デ・ウトレーラと 2010年ウエルバで行われたパコの公演の前に 【動画】 子供番組で。ルベン・ダンタスや甥のホセ・マリア・バンデーラに加え、バックで踊っているのがマカニータだったりするのが面白い。 https://www.rtve.es/play/videos/la-bola-de-cristal/bola-cristal-acordes-espiral-pepe-lucia-electroduendes/610228/   1989年 ブレリアをモライートとニーニョ・デ・プーラの伴奏で。最初にルイス・デ・ピカの歌詞を歌っている。 https://youtu.be/wWqT0KqcpiY?si=VsSRr50QJLj8pbwU   1993年 パコのセクステットでカナルスールの音楽番組出演 https://youtu.be/IGHZMtTyIsQ?si=0ak0Of00Fiak8orK   YouTubeチャンネルで前述の子供の頃の録音を含めたくさん聴けます。 https://www.youtube.com/@pepedeluciaflamenco 2025年 ©︎Festival Internacional de Cante de Las Minas Manuel Soler Osa Reyes "Manolo Soler" Sevilla 1943 6-6-2003   マノロ・ソレール 本名 マヌエル・ソレール・オサ・レジェス 1943年セビージャ生まれ 2003年6月6日没 1981年新宿『エル・フラメンコ』チラシ パコ・デ・ルシアやカマロンら数多くの超一流アルティスタと共演してきたコンパスの神様。アデリータ・ドミンゴ門下。15歳でプロとなり、若き日はメキシコなど主にスペイン国外で活躍。その後マドリードのタブラオ、ロス・カナステーロスに入り、ディエゴ・カラスコとの共演などで注目され、1985年パコ・デ・ルシアのセクステットに加入。心臓が悪くセクステット脱退後はセビージャに帰り、カホン演奏や後進の指導を中心に活躍。1996年のビエナルでハビエル・バロン、イスラエル・ガルバン、ラファエル・カンパージョを率い『ポル・アキ・テ・キエロ・ベル』を上演。その後もバロン『ディメ』やイスラエルらの作品でも活躍。2003年手術中に急逝。セビージャのセントラル劇場の楽屋やヘーレン財団の舞踊コンクールにはその名が冠されている。 1981年新宿『エル・フラメンコ』チラシ、共演のフアン・ホセ・アマドールやミゲル・ペレスの顔も見える。若い! 1992年ビエナル『タンゴ』でパーカッションを演奏する。   【動画】 アンダルシアのテレビ局のフラメンコ番組から。ギターはペドロ・シエラ、歌はフアン・ホセ・アマドール、アナ・マリア・ゴンサレス、ラ・トバラ。カホンとパルマもするがカンテのマルカールのかっこよさ。重みと風格型のカホン技。 https://youtu.be/7II-rkiTaYc?si=KcTkqEsdNwrZfiNS   同じ番組でのブレリア、後半ほんの少しだけ踊ってみせる https://youtu.be/YMbQGcjlfR0?si=GGhqo1EKhvwcnWW4 1991年日本公演プログラムより Ramón Sánchez Gómez "Ramón de Algeciras" Algeciras(Cádiz)5-2-1938 Madrid 20-1-2009   ラモン・デ・アルヘシラス 本名ラモン・サンチェス・ゴメス 1938年2月5日生まれ、2009年1月20日マドリード没   パコ・デ・ルシアのほぼ一回り上の長兄。父アントニオの薫陶を得て、ニーニョ・リカルド流のトーケでひと足先にプロとなり、フアニート・バルデラマやアントニオ・マイレーナ、ニーニャ・デ・ロス・ペイネス、カマロン・デ・ラ・イスラなどフラメンコの歴史に残る偉大な歌い手たちを数多く伴奏。60年代半ばにはパコとのデュオで数枚のアルバムを録音。また、パコのセクステットでもパコを支え続けた。パコの隣で支え、ツアーでもグループの監督的存在で日本公演ではビデオ撮影している観客を舞台から見つけたことも。風格のある演奏そのままの人柄で優しく、頼りになる家長的存在だった。 2000年5月、パコ・デ・ルシア東京公演リハーサルで。 2000年7月    【動画】 1974年バルセロナのカサ・デ・アルメリアでのパコ・デ・ルシアのリサイタルで第2ギターを務める。 https://www.rtve.es/play/videos/flamenco/paco-lucia-1/16280842/ RTVE は登録すれば日本からでもみられるものが多いです。   1975年カマロンのカンテ・デ・レバンテの伴奏 https://youtu.be/pQhKFu2ukSE?si=wtHIZWTWp7_a4BPl   2004年パコのパストーラ・パボン賞授賞式でビセンテ・アミーゴ、パコと。 1991年日本公演プログラムより 【筆者プロフィール】 志風恭子(Kyoko Shikaze) /1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。   =====

  • ArtistaЯ ~表現者☆~ ep.24

    ep.24 屋良有子  Ariko Yara   (martes, 16 de diciembre 2025) 写真家・大森有起が、今を輝くフラメンコ・アーティストたちの真の姿を写す 今から20年前。 新人公演に疾風のごとく現れた彼女をよく覚えてます。 尋常じゃなく俊敏で、フルスロットルで熱気を漲らせ自在に制覇してました。 「どこからあの踊りが生まれたんだ?」 同時期今枝友加の快進撃も目の当たりにしており、日本のフラメンコが変わりつつある予兆を感じたものです。 「練習は裏切らない」 屋良さんはいつも言います。 スタジオに朝から籠りひたすら自主練をする、恐らく日本で一番練習をしている踊り手です。 ムイストイックな生き方は全てフラメンコのため。 その一途なところが彼女の魅力なのかもしれません。 寝ても覚めても根っからフラメンコの人、なのです。 ©Yuki Omori 「フラメンコと私」 それまでは芸術に関心もなく、スペインに縁もなく、踊りは勿論、体を動かしたこともありませんでした。 でもフラメンコに出会って人生が一変しました。 何も知らないままスペインに留学し、朝から晩までレッスン・練習に明け暮れ、公演を見て号泣し、ただフラメンコを知りたい気持ちで進んできました。 その内"自分の知りたいものは自分の内側にある"と気付きました。 自分と向き合い大切なことを大切にすることで、私のフラメンコが見つかるんだと思います。 フラメンコには感謝しかないです。 生きることを教えてくれた。 フラメンコに出会ってなかったらどんな人生だったろうと考えます。 多分それも幸せな人生だったと思いますが、今感じてるこの幸せではないでしょう。 フラメンコには感謝しかないです。 踊り続けることで感謝を返していきたいです。 =====

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