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新・フラメンコのあした vol.36

  • norique
  • 12 時間前
  • 読了時間: 4分

(domingo, 1 de febrero 2026)

 

20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。

今月は、昨年10月にマドリードで開催された第20回「スマ・フラメンカ」フェスティバルで世界初演として上演された、マヌエル・リニャンの公演についてのリポートです。

  

マヌエル・リニャン

『バイラオール・ラ』世界初演

第20回「スマ・フラメンカ」フェスティバル

カナル劇場(赤の間)、マドリード、スペイン

2025年10月30日

 

Manuel Liñán

"Bailaor@"

XX Festival Suma Flamenca

Teatros del Canal (Sala Roja Concha Velasco), Madrid.

30 octubre 2025

 

文/東 敬子

画像/宣伝素材

Texto por Keiko Higashi

Fotos por promoción


2602_東敬子_MANUEL LIÑÁN- FotoC- Damiano Mongelli- Edición Marcosgpunto
©Damiano Mongelli- Edición Marcosgpunto

踊り手マヌエル・リニャンは今、第二の舞踊人生を歩んでいます。

 

これまで培った踊りを、フラメンコを、捨てたわけではありません。しかし、未知の世界に足を踏み入れ、そこで自分のスタイルを発展させようとしています。彼は、パンタロンを履いた男性のバイレに自分を閉じ込めるのではなく、ファルダを履いた女性の様式美の中でも、自身を表現したいと模索しているのです。

 

バイラオール、マヌエル・リニャンは、1980年グラナダに生まれました。伝統的なフラメンコは「男は男らしく、女は女らしく」というマッチョな哲学が絶対。子供の頃より自身のジェンダーに違和感を覚えていた彼にとって、それは長年の呪縛でした。

 

しかしついに彼が自由へと旅立つ時が来ます。2019年、39歳、コロナ禍に入る直前に、彼は後に代表作の一つとなり、踊り手としての転機をもたらした作品『ビバ!(¡Viva!)』を発表するのです。

 

当時彼はすでに現代バイレを代表する1人として、その地位を確実なものにしていました。伝統を守りつつも、現代的な感覚に富んだ秀作を次々に発表。踊り手、そして振付家としてもその実力は周知の知るところでした。しかし彼は「勝負」に出るのです。『ビバ!』で彼はかつらを被り、ファルダを着て「バイラオーラ」としての踊りを提唱したのです。奇をてらった演出効果を狙ったわけではありません。彼の実績を知る人なら、彼の「本気」は十分承知していました。そして彼はフラメンコ界に一石を投じたのです。

 

『ビバ!』ではリニャンの他6名の男性の踊り手が「バイラオーラ」としての踊りを展開し、私は気押されるような迫力を感じて、とても感動しました。だから今回「第20回スマ・フラメンカ」フェスティバルの一環として世界初演された新作『バイラオール・ラ(Bailaor@)』も、相当期待して観に行きました。

 

バイレにリニャン。カンテにフアン・デ・ラ・マリア、ホセ・マリア・フェルナンデス、ミゲル・エレディア、マヌエル・デ・ラ・ニナ、セバスティアン・デル・プエルトの5人。そしてギターにフランシスコ・ビヌエサというグループ構成で、ストーリーは特に無く、それぞれの楽曲を表現していきます。

 

まずは5人の歌い手がカンティーニャスの歌詞を、少しコミカルな動作をしながら歌い継ぎ、リニャンが踊りを添えます。そしてグラヒーラ、ブレリア、アレグリアス、タンゴなどが披露されますが、時にはファルダ、時にはパンタロン、時には両方を網羅した衣装と、曲ごとに着替えて、バイラオーラとバイラオールを行き来し、最後はユニセックスで幕を閉じました。

 

彼のこのバイレ人生の第二章はまだスタートしたばかりなので、『ビバ!』の時の勢いはそのままでしたが、今回の作品では、次のステップに行くにはまだ模索中という印象を受けました。彼が女性の踊りを踊りたい欲求に駆られているのは良くわかります。情熱は感じる。けれど、まだ「憧れ」の段階に留まっているように思えるのです。

 

身体的能力の違いから、女性と男性の踊りには別々のスタイルがあります。そして男性の踊りが発展してきたように、時代と共に女性の踊りもまた、独自の発展を遂げてきました。ですから、今の女性の踊りに慣れた目で彼の「女性のバイレ」を見ると、ちょっと「追いついていない」感じがしてしまう。もっと掘り下げてほしい。他のバイラオーラが表現する「女性」だからできるという自信や自由には到達していないというか。

 

彼は今まで、確固とした自分のスタイルがあって、そして自由を謳歌してきました。しかし「バイラオーラ」としての縛りを加えたことでその自由を見失ってしまうのでは、そのこだわりを持つ意味があるのか。観客としては、どうしても昔の彼のスタイルを無意識に期待してしまうし、新しいスタイルが過渡期であれば尚更、曖昧な印象でがっかりしてしまう。これは仕方がないことなのかもしれません。

 

私としては、あっちもこっちもではなく、逆に何年か女性のバイレに集中してくれれば、見えてくるものがあるのではと思うんですよね。その時はきっと、自分にとっての究極のスタイルを見つけてくれるのではないかなと思っています。頑張れ、マヌエル!

 

 

【筆者プロフィール】

東 敬子 (Keiko Higashi)/フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.comを主宰。

 

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