新・フラメンコのあした vol.32
- norique
- 10月1日
- 読了時間: 4分
更新日:10月2日
(miércoles, 1 de octubre 2025)
20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。
今月は、この7月にマドリードのサルスエラ劇場で上演された、スペイン国立バレエ団の新作公演についてのリポートです。
スペイン国立バレエ団
『アファナドール』
サルスエラ劇場、マドリード
2025年7月13日
Ballet Nacional de España
“Afanador”
Teatro de la Zarzuela, Madrid.
13 julio 2025
文/東 敬子
画像/宣伝素材
Texto por Keiko Higashi
Fotos: por promoción

スペイン国立バレエ団の最新作『アファナドール』が「意欲作」なのか「問題作」なのかは、意見が分かれるところ。監督ルベン・オルモが打ち出した今回の作品は、しかしながら見逃せない「話題作」であることは確かです。
今回の作品は、1人の外国人写真家が独自の視点で描いたアンダルシアを、コンテンポラリーダンスの振付家を起用しステージ上で再現するという、異色の試みでした。
バレンシア出身で、コンテンポラリー界の若き奇才マルコス・モラウ(1982〜)は、バルセロナと米国ニューヨークでダンス、演劇などを学び、舞踊団「ラ・ベロナル」を主宰。現在は世界中で活躍しています。その彼が創り上げた『アファナドール』 (2023)は、コロンビア出身で米ファッション界のトップを担う写真家ルベン・アファナドール(1959〜)が産み出すアンダルシアを見事にステージに映し出しました。
『ミル・ベソス』 (2009)と『アンヘル・ヒターノ』 (2014)の2冊の写真集で展開されるアファナドールのスペインの情景は、アバンギャルドで挑発的。モラウはその魅力をファッショナブルに、洗練された動きで余すところ無く表現。抽象的な音楽と同じモチーフを繰り返す動きも彼ならでは。そして自身も写真を学んだというモラウの、動きを映像美として捉えるこだわりは、今までのスペイン舞踊、フラメンコの公演ではあまり体験し得なかったもの。その壮大さに圧倒されました。
しかしながら、これをスペイン国立バレエでやる意味があったのかと問われれば、疑問を感じざるを得ません。体感では、観客は皆、多かれ少なかれ同じ想いだったのではないかと思います。
スペイン国立バレエでは、アントニオ・ナハーロ監督時に発表された『エレクトラ』 (2017)でも、コンテンポラリー界から振付家アントニオ・ルスを招き、ドラマチックな大作を発表しました。しかし今回は、その時の感覚とは若干違うものを感じました。
大きな違いは、ルスの場合はスペイン舞踊とフラメンコの経験があったのに対し、今回はモラウを含め参加した振付家は、バイラオールのミゲル・アンヘル・コルバチョ以外、それがなかったということです。その事実は「スペイン舞踊の舞踊団」作品を創る上では、やはり大きなハードルだったと言わざるを得ません。創っている彼ら自身は、もしかしたらあまり感じていなかったことなのかも知れませんが、観ている観客の私たちにとってはそれは明らかでした。
簡単に言えば、この舞踊団の踊り手が持つ能力をもっと活かして欲しかった。タップダンスの様に足を踏む場面がありましたが、音も動きも単調。とても物足りなく感じました。例えば、フラメンコのカンタオールにポップスを歌わせると、みんな軽々とこなすんです。ホイットニー・ヒューストンとか、朝飯前という感じ。つまりは、フラメンコの方が全然難しいわけです。ですから、この舞踊団の踊り手たちにとって、コンテンポラリーの表現も、私には「軽々」という感じに見えました。
昔あるフラメンコギタリストが言っていました。「俺たちは練習すればジャズミュージシャンに加わってジャムするのは簡単だけど、ヤツらは練習してもフラメンコに入って来れない」と。アファナドールの写真が表現するアンダルシアは、彼のビジョンであり、モラウのそれも然りです。魅力的なビジョンである事は、間違い無い。でも彼らは斬新でおしゃれではあるけれど、どこか、違う。どこか誇張した、異質なものがある。でもそれも、分かって演出するのと、分からずにやるのとでは大きな違いがある。少なくとも、観るものにとっては。
ですから、この作品がコンテンポラリーダンスとしては素晴らしい作品だったと言えたとしても、スペイン舞踊なりフラメンコなりを発展させ、魅力を増強させてくれる金字塔的な作品になるのかと言えば、それは難しいと言わざるを得ないと思います。

【筆者プロフィール】
東 敬子 (Keiko Higashi)/フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.comを主宰。
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