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新・フラメンコのあした vol.30

  • norique
  • 8月1日
  • 読了時間: 5分

更新日:8月4日

(viernes, 1 de agosto 2025)

 

20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。

今回と次回の2回にわたり、筆者が読者の皆さんにぜひ知ってもらいたいという、今最も注目している二人のギタリストを紹介します。

 

あしたのギタリストは〜(1)

「アントニオ・エル・レロヘロ」

 

Los guitarristas para mañana (1)

Antonio el Relojero

 

文: 東 敬子

画像:東 敬子/ 宣伝素材

 

Texto por Keiko Higashi

Fotos: Keiko Higashi, por promoción

 

A_2508東_Israel Fernandez & El Relojero por promocion
イスラエル・フェルナンデス(左)の伴奏を務めた

コロナ禍を機にユーチューブやインスタグラムが躍進したのは周知の通りですが、これはフラメンコ業界にとって本当にありがたい出来事だったと思います。

 

業界大手が売り出すアーティストしか知り様がなかった以前は、ただ彼らを受け入れるだけでした。そしてそれが今ひとつだったり、似たり寄ったりだったりしようものなら、「現代のアーティストはつまらなくなった」と時代のせいにして、挙句、「昔は良かった」なんてお決まりのセリフを吐いたりしていた訳ですよね。

 

ところが今は、大手に「認めて」もらわなくても、動画プラットフォームを通じて誰もが自由に自己プロモーションが出来るようになり、とても風通しが良くなりました。様々なフラメンコたちが表に出ることで「現代フラメンコ」のダイバーシティは確実に広がり、結果、業界にも変化が訪れているように感じます。

 

そこで今回・次回の2回に渡り、皆さんにぜひ知ってもらいたい、私が今最も注目している二人のギタリストをご紹介したいと思います。一人は20歳、もう一人は70歳という、50年の隔たりを持つ二人で、二人とも知名度も華やかな芸歴もありませんが、その演奏を聴くと「なんでこんな所にこんな人が居るの?!」と、その「場違い」な音に驚きと喜びを感じること間違いなしです。

 

アントニオ・エル・レロヘロ (Antonio el Relojero)

 

B_2508東_El Relojero (c) Keiko Higashi
El Relojero  (c) Keiko Higashi

皆さん、トレド出身・36歳のカンタオール、イスラエル・フェルナンデスをご存知でしょうか。現在、物凄い勢いでスターダムを駆け上がっている彼が2024年に発表したアルバム『ポル・アモール・アル・カンテ(Por Amor al Cante 〜カンテに捧げる愛)』では、ちょっとしたサプライズがありました。彼の伴奏には普段はディエゴ・デル・モラオなど一流どころを目にしますが、今回このアルバムで彼が伴奏に抜擢したのが、なんと69歳でプロになったギタリスト、アントニオ・エル・レロヘロでした。

 

マドリード郊外の村コルメナール・デ・オレーハに生まれ、子供の頃からフラメンコ好きの祖父や父の影響を受け、ペーニャやフィエスタなどでマエストロたちを直に聴いて育ったという彼ですが、ギターは独学であり、彼が情熱を注ぐ唯一の趣味。職業はその芸名の由来でもある時計の修理技師でした。

 

レロヘロは言います「僕は敬虔なクリスチャンだけど、これは神の思し召しなのかもしれない」。それがイスラエル・フェルナンデスとの出会いでした。イスラエルは、あるコンクールでレロヘロのギターを耳にし、ぜひ自分の伴奏をしてほしいと頼みます。しかしレロヘロは時計修理の仕事、そして当時は母の介護もあり、引き受けることはできないと断りました。それから12年後、イスラエルは再びレロヘロの元を訪れ、同じお願いをします。母は亡くなり、仕事もひと段落ついた彼は、ついにその申し出を受け入れたのです。

 

「自分の人生は仕事、そして好きなフラメンコだけだった」

 

イスラエルがなぜレロヘロを選んだのか。先日私は、その疑問への答えを体験することができました。

 

7月12日、マドリード郊外の村チンチョンで行われた野外コンサート「ノーチェス・デ・ベラーノ」で、若手カンタオール、アントニオ・エル・カンパーナの伴奏をするエル・レロヘロを観て、私の結論は、何かを好きであること、努力すること、やり続けること、そうすれば幾つになっても人生の再スタートは出来る、それに尽きました。

 

C_2508東_El Campana & El Relojero (c) Keiko Higashi
El Campana & El Relojero (c) Keiko Higashi

70歳とは思えない指の冴えから繰り出される技術。持って生まれた優れたリズム感とカンテを熟知した感性。生涯ずっとステージに立っていたかのような佇まい。もう、アマチュアだったとは到底信じられない。そして何より、その古いスタイルに忠実なトーケが、全く古く聞こえないことに驚かされました。

 

自分がその時代にワープして実体験しているような新鮮さがそこにはありました。彼のギターを聴いていると、古いスタイルを「古い」と言って時代に置き去りにする必要はもうない。これは一つのジャンルであり、「新しいスタイル」を追求することだけが発展への選択肢ではないことを強く感じました。だって、彼のギターは生き生きと今の空気を吸っているのだから。

 

ちなみに、彼のあのシャープな音は、時計技師と言う職業も手伝ったのではと言う識者もいます。確かに、あの細かい作業をするには指先の繊細な感覚や細かい音を聞き取る聴覚が必要ですよね。私は「なるほど〜」と納得してしまいました。

 


【筆者プロフィール】

東 敬子 (ひがし けいこ)/フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.comを主宰。

 

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