南風野香スペイン舞踊団公演《僕の耳の中のシレーナ》
(sábado, 12 de septiembre 2026)
【日時】2025年11月8・9日
【場所】すみだパークシアター倉(東京・墨田)
写真/川島浩之
Fotos por Hiroyuki Kawashima
文/金子功子
Texto por Noriko Kaneko

スペイン舞踊とフラメンコによる舞台作品の創作に取り組む舞踊家、南風野(はえの)香による舞踊団公演が行われた。今作のテーマは、アンデルセンの童話やディズニー映画で多くの人に親しみのある人魚の物語。ひとりの男性と人魚との恋を描いたオリジナルストーリーによるファンタジーで、ゲストダンサーとしてパブロ・セルバンテスと谷淑江を招いた。
今作のストーリー設定は、この日本の「東京」という都会を取り上げたところがユニークだ。原作を忠実になぞるのであれば、主人公の人魚姫の相手役はどこかの王国の王子だが、今作では現代の東京を生きるひとりの男性に設定。また、「人魚」はスペイン語で "sirena(シレーナ)" というが、この言葉には「サイレン」という意味もある。サイレンやクラクションが鳴り響く夜の東京の交差点で、彼の耳の中で人魚の歌声が聴こえてくる――。すると揺らめく光の中から、美しい人魚が姿を現す。二人は恋に落ち、まるで夢の中へと誘われるように、時空を越えた旅が展開していく。
男性は古代ギリシャ神話で語られる「トロイア戦争」の時代の名将オデゥッセウスとなり、帰路の船で海から聴こえてくる美しく妖しげな歌声に惑わされて海へ飛び込んでしまう。そこを人魚に助けられ、今度はカリブの浜辺へと運ばれていき、そこで出会ったひとりの美しい女性が自分を助けてくれた人だと勘違いしてしまう。さらに次はペルシャの王子となり、自分を助けてくれた人魚ではなく隣国の姫君との結婚を決めてしまう。男性との恋を叶えられなかった人魚は悲しみに暮れ、水の泡となり消えていき、現代に戻った男性の耳には、その歌声はもう聴こえてこない――。
場所や時代を越えて展開していくストーリーを、ソロやパレハ、群舞で数々の舞踊曲が彩っていく。
人魚シレーナを演じる南風野は、海のきらめきを感じさせる色彩のバタデコーラと水色のマントンで優美なアレグリアスを舞い、海に飛び込んだ男性を助ける場面では、南風野とパブロがクラシコ・エスパニョールの振付によるマラゲーニャをパレハで披露。この振付はスペイン国立舞踊団の指導教師マリベル・ガジャルド氏によるもので、人魚により人間的な生命の躍動感を与え、美しいフォルムとシンメトリーな構図で印象的な踊りを魅せた。

男性が浜辺で出会う美しい女性を演じる谷はグアヒーラを舞い、生き生きとした陽気な笑顔で白いアバニコを操りコケティッシュな魅力を醸し出す。
王宮で行われる婚礼の儀式のシーンでは、クラシコ・エスパニョールの定番曲「ベナモール」をパリージョによる群舞で披露。そしてペルシャの王子を演じたパブロは一層の円熟味と深みが増したロマンセを踊り、婚約を決めた王子の迷いや苦悩を表現した。
クライマックスで失意のシレーナが踊るタラントは気高くも悲しく、気持ちを駆り立てるような音楽と共にほとばしる激情を表した。

今作では色とりどりの衣装や照明、そして舞台セットでは海中や海洋船の映像を紗幕に映すなど、演出のクオリティーも細部にまでこだわりが感じられた。美術・総合アートディレクターの彼末詩郎氏は「幻想的な世界を生み出すのは、衣裳やメイク、映像マッピング、照明が一体となって描き出す総合芸術としての力です」と語る。
フラメンコの原点である「唄(カンテ)」を軸に、舞踊・音楽・照明・映像・音響・衣装、そして美術が融合して生み出された今回の舞台。その幻想的な物語の世界に、世俗的な自分の身の回りのあれこれは一旦忘れて、心ゆくまで浸ったひとときだった。

【プログラム】
プロローグ〈新月〉
1 僕はオデゥッセウス〈三日月〉
2 カリブの浜辺〈上弦の月〉
3 僕はペルシャの王子〈満月〉
4 シレーナの孤独〈下弦の月〉
エピローグ〈新月〉
【出演】
南風野 香(主演、演出・構成・振付・衣装)
パブロ・セルバンテス(ゲスト出演、バイレ)
谷 淑江(ゲスト出演、バイレ)
南風野香スペイン舞踊団
河田 麗 相澤喜代美 菊池ゆき 鶴川奈津子 玉塚映里加 橋梅希代子 原 琴江 遠藤佳子 藤田奈津美
ニーニョ・カガオ(カンテ)
井上 泉(カンテ)
鈴木淳弘(ギター)
菅沼聖隆(ギター)
平松加奈(バイオリン)
朱雀はるな(パーカッション)
=====


