【特集】第24回ビエナル・デ・フラメンコ
(viernes, 30 de octubre 2026)
文/志風恭子
Texto por Kyoko Shikaze
今年も9月9日から10月3日まで、セビージャのビエナル、ビエナル・デ・フラメンコ(Bienal de Flamenco)が無事開催されました。第24回という今年は全72公演で、そのうち44公演が満員札止めだったそうです。全体で92%の入りだったというのは素晴らしいですね。私はそのうち36公演を観ることができました。
私が初めてセビージャのビエナルの公演を観たのは1988年。小松原庸子スペイン舞踊団がアルカサルで、エンリケ坂井さん、堀越千秋画伯らの日本人グループがオテルトリアーナで公演した年です。1990年からは毎回、期間中のほぼ毎日何らかの公演を見続けています。ベテラン評論家の中には第1回から観続けている人もいるのですが、若い世代も増えて来たので、19回のビエナルを経験している私も、いつのまにか古株の一人になっているようです。約1ヶ月の間、毎日1、2公演を見続けるのは体力的にもキツくなっては来ましたが、そんな私のエネルギーを満タンにしてくれるような、素晴らしい公演も多く、今年は当たりの年だったと思います。
・舞踊
・カンテ
・ギター
【舞踊】
今現在、フラメンコを引っ張っているのは舞踊、というのは誰もが思っていることではないでしょうか。今年のビエナルでも圧倒的な力があったのは舞踊作品でした。

ビエナルでは期間中の公演に対し、評論家などが選ぶヒラルディージョ賞というものがあるのですが、その中で作品賞を受賞したダビ・コリアの『バベル(トーレ・ビバ)』の完成度の高さには圧倒されました。
高い塔を作って神の怒りをかったため人は違う言葉を話すようになったという物語から、瀬戸口琴葉をはじめ、スペイン以外の出身の踊り手たちを起用し、ダビ本人もその中の一人となって繰り広げられる群舞の迫力、カンテのダビ・ラゴス、サックスのフアン・M・ヒメネス、エレキベースのフアンフェ・ペレスの音楽、舞台装置としても機能する照明、衣装、すべてが素晴らしく、息を呑むような緊張感が持続します。今年の3月にヘレスのフェスティバルで観たワーク・イン・プログレスの時に見た動きも使われてはいるのだけれど、全くの別の作品のよう。2020年の『ファンダンゴ』でもその完成度で私たちを驚かせたダビに今回もやられました。ソロもよかったなあ。

完成度の高い作品はこれだけではありません。今年2月ヘレスのフェスティバルで初演されたエステベス&パーニョス『ドンセジャス、フエルガ・ペルマネンテ』。

フラメンコギターのソロを確立したギタリスト、ラモン・モントージャの人生とそれを彩ったであろう"フィエスタ"をモチーフに、過去と現代を行き交うように、フラメンコ、スペイン舞踊、コンテンポラリーと多ジャンルの要素を取り入れた振り付けでそれぞれを得意とする踊り手たちがソロでみせるなど見どころ満載。フラメンコの歴史を知っているとおっと思う細部もあるけど知らなくても楽しめる作品。ラモン・モントージャを演奏するアレハンドロ・ウルタードも最高だし、ムイ・フラメンコなラファエル・エステベスも素晴らしい。

また、ビエナルが初演となったアルフォンソ・ロサ『ヘスト・ミニモ』もすごかったです。

カレン・ルゴ、アゲダ・サアベドラ、ジョエル・バルガスという4人で同じ振りを踊っていたかと思うと微妙にタイミングずらしたり、一つの振りを複数で引き継ぐようにして踊ったり。元々一人で踊るものだったフラメンコ舞踊というものの本質を考えさせるような作品なのですが、それより何より、踊り手たちの身体能力のすごさに圧倒され、コンパス遊びに舌をまく、という感じ。
この3作品とも、タイトルに名が載る踊り手のソロもあるものの、ソロと群舞の垣根がほぼないのが、スター格はソロを踊り、群舞は群舞だけという昔ならではの舞踊団のプログラム(サラ・バラス舞踊団やファルキートなどは今もこの形)とは明らかに違う。またエステベス&パーニョスは男性だけだが、ダビもアルフォンソも群舞の振り付けがジェンダーレスというのも、最近の傾向のように思います。
でも、舞踊がすべてジェンダーレス化しているわけではありません。

引退公演として挑んだというイサベル・バジョン『エピロゴ・デ・ウン・カンテ・ケ・イソ・ウン・バイレ』では、師マティルデ・コラルから引き継いだセビージャ伝統の女性舞踊の粋を堪能させてくれました。すっと腕をあげただけで思わずオレ!が溢れてしまうようなイサベルの一挙一動に見惚れ続けた一夜でありました。ミゲル・オルテガ、ダビ・ラゴス、アントニオ・カンポスという歌い手たちの歌をなぞるように優しく撫でるように踊り、上品な色気を見せるタンゴは絶品。バタ・デ・コーラさばきもアルテそのもの。ヒラルディージョ審査員特別賞も頷けます。

また、ホセ・マジャは作品『レハノ』の最後で、やはり師エル・グイトから受け継いだソレアを踊ったのが素晴らしかった。途中から彼のソレアへと変わっていくのだけどそれも含めてとても良かったです。

また舞踊のヒラルディージョ賞を受賞したオルガ・ペリセはパンタロンでファルーカとシギリージャ、バタ・デ・コーラでアレグリアスというと、一見伝統に忠実なように思えるけど、元ある型を一度バラバラにして再構築したような振り付けで独創的。

ジェンダーレスなフラメンコの旗手、マヌエル・リニャンはお得意のバタ、マントンで始まり、少しずつ女性衣装から男性へと変わっていくという構成(カツラを取ってスカートとアバニコで踊ったグアヒーラで歌ったミゲル・ポベーダが素晴らしかった!)で、最後、マリオ・マジャへのオマージュで踊ったアレグリアスにマリオの振りがいっぱい出て来たのも嬉しかったです。で思ったのは、他の踊り手たちよりもずっとジェンダーを意識しているのであろうということ。
それぞれがより自分らしい表現を、自分のフラメンコを、フラメンコの枠に縛られすぎずに、自由に探索しているという感じでしょうか。そのために伝統的な形をしっかり学んだ上で、コンテンポラリーや演劇など他ジャンルの要素なども取り入れていっているようです。
ベレン・マジャと共に、その先駆者イスラエル・ガルバンはボレロをテーマとした新作を初演しましたが、わざとフラメンコのコンパスを避けているようなパフォーマンス的なもので、彼のコンパスを愛する者としては残念。ファルキートも若手女性ダンサーたちを起用し、照明にもお金をかけているような感じだったけど、ブレリアでの一瞬以外は、他の彼の作品と同じような場面ばかり。サラ・バラスも新作だったけれど、現在の潮流ではなく90年代風、ですが照明音響などきちんと作られているのはさすがマドリードで1ヶ月以上のロングラン公演をする唯一のフラメンコ舞踊団だけあります。
【カンテ】
カンテ公演でも、旧来の、一人の歌い手とギタリスト一人が舞台中央に座って次々にレパートリーを歌っていくというシンプルなリサイタルではなく、凝った構成の公演が目立ちました。作品を意識したもの、と言ってもいいかもしれません。
カンテでヒラルディージョ賞を受賞したサンドラ・カラスコの『ポエマ・デ・ラ・リベルタ』もそのひとつ。ペペ・マルチェーナとその時代をモチーフに、ホセ・マルドナードの舞踊やライブ・ペインティングも取り入れ、古いフラメンコの録音にあるようにこれから歌う歌のタイトルを言うのもわかりやすいし楽しい。彼女の完璧な音程での見事な歌いっぷりもさることながらそれをサポートするダビ・デ・アラアルの伴奏の素晴らしさ、コーラス兼パルマ隊とのあうんの呼吸。シルエットを効果的に使った照明、ボリュームを上げすぎない音響(耳栓使わずに済んだ唯一の日でありました)、すべてが素晴らしく、ヒラルディージョ受賞も、歌った彼女だけでなく全員でのこの作品があってこその受賞だと思います。
カンテも劇場公演では、聴くだけでなく、観るものでもあるということが、ようやく歌い手たちにも認識されてきたのかもしれません。
アントニオ・レジェス『セイス・クエルダス、セイス』は6人のギタリストが一曲ずつ伴奏していくというもの。複数のギタリストが曲ごとに変わるというのは1996年のビエナルでもカルメン・リナーレスがやっていますが、アントニオの公演では曲ごとに椅子の位置も変え、でも暗転にすることも、転換待ち時間もなく、スピーディに展開していきます。伴奏者が変わると彼の歌も変わります。ラファエル・リケーニ伴奏のグラナイーナからタランタという不思議な組み合わせに始まり、ジョニ・ヒメネスとの見事なソレア、息子ノノ伴奏での身を切るようなシギリージャ…。
アンコールで6人のギタリストが年齢順に並び、それぞれの伴奏で歌っていくファンダンゴにいたるまでほぼ完璧な作品でした。


また、ペドロ・マリア・ペーニャが手がけた『ア・カネラ・イ・クラボ』では、エスペランサ・フェルナンデス、ホセ・バレンシア、ドゥケンデという3人の歌い手を中心に、ペペ・トーレスらも参加したこの公演はフラメンコにおけるヒターノたちの意味、貢献を再確認するような作品。それぞれの個性を活かし、歌を聴かせるだけじゃなく、歌を "みせる" ことも意識しているのがいい。
閉幕を飾ったカンテの貴婦人、カルメン・リナーレスも、マリナ・エレディアやマリア・テレモートら若い世代のカンタオーラたちや踊り手ラファエラ・カラスコをゲストにして変化をつけたのは大正解だったと思います。
またカンテでは、ダビ・ラゴスのように舞踊公演の出演ながら、カンテ・リサイタル以上に素晴らしい歌唱を聞かせてくれた人がいます。また若手のイスマエル "エル・ボラ" も複数の舞踊公演伴唱で活躍。かつてアルカンヘルらがそうだったように、これからソロでの活躍も増えていくような予感がします。
【ギター】
80年代末から90年代にかけてのラファエル・リケーニ、トマティート、ヘラルド・ヌニェス、ビセンテ・アミーゴ、カニサーレス…それぞれ違う音を持った若手ギタリストが次々にソロアルバムをリリースした時代をリアタイした世代にとっては、あの時のようなときめきはのぞむべくもありませんが、アレハンドロ・ウルタードやダビ・デ・アラアルのように個性を持った才能は、伴奏にソロにと活躍してきているのはうれしい限りです。



今年のヒラルディージョはこのアレハンドロとホセ・フェルミン・フェルナンデスでしたが、これはフラメンコというより、ギター寄りの選出だと個人的に思います。ギタリストとしての技術や表現としては正しいのでしょうが、フラメンコ性でみると、ディエゴ・デル・モラオの公演が他を圧倒していたのではないかと思われるのです。またリケーニとローリング・ストーンズのサックス吹き、ティム・リースの公演も美しい音楽の瞬間を楽しませてくれました。
公演時間が重なって見に行けなかった公演も多いので、ここで言及していない作品やアルティスタでも素晴らしいパフォーマンスや瞬間があったことと思います。
ファルキートとダビ・コリア作品に出演してヒラルディージョ新人賞を受賞したルシア "ラ・ブロンセ" をはじめ、イスマエル "ボラ" やダビ・デ・アラアルといった20代の若手たちがどんな舞台を見せてくれるのだろうか、どんどん進化していくフラメンコ舞踊作品がどんな展開を見せているのか、そんなことを楽しみに2年後のビエナルをもう心待ちにしている私がいます。体力つけて、あなたもぜひ次回はセビージャでフラメンコ漬けの1ヶ月を過ごしてみませんか。
【公式サイト】
【筆者プロフィール】
志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。
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