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EL CARTERO スペイン旅行記 2016 /10 最終回

  • 4月26日
  • 読了時間: 5分

[期間]2016年2月14日~3月14日


(domingo, 26 de abril 2026)

 

一昨年2024年10月にこの世を去ったカンタオール、瀧本正信さん。

日本のフラメンコ界に本場のカンテの種をまき、強い信念と歯に衣着せぬ率直な物言いで周囲に大きな刺激を与え、何人もの後進を育て多大な功績を残しました。


約10年前に瀧本さんが教え子たちとともにスペインを巡った旅行記が、当時メンバーの一人として同行した、現在歌い手として活躍する金高荘子さんの手により記されていました。

現地で出会った様々な人たちとの、フラメンコへのアフィシオン(愛情)に溢れた交流の記録を、たくさんの写真とともにご紹介します。


【金高荘子さんより】

ここに綴る旅の記録には、今はもう会うことのできない大切な友人たちも登場します。

彼らを偲び、心からの感謝と祈りを込めて記します。

また、時の流れの中で、この記録に登場するお店のいくつかはすでに営業を終えています。


失われたものへの想いと共に、ここに残された記憶を紡ぎました。

当時の旅を歩む"El Cartero"こと瀧本正信氏の姿を思い浮かべながら読んでいただければ幸いです。


文・写真/金高荘子

Texto y fotos por Soko Kanetaka



【第10回/最終回】

 

◆3月8日 Granada

Jerezからバスで5時間、Granadaへ。


 

◆"El Parron"Jaime Herediaと会う。

友人であるギタリストのEmilio Mayaが紹介してくれて、カフェで待ち合わせることになった。



大好きなカンタオールである彼のカンテをグラナダで聴けることを今回とても楽しみにしていたのだが、彼は喉の手術をしたばかりらしく唄はお休み中とのこと。

なんとも残念…!

けれど、ランチをご一緒したり、サクロモンテを案内してもらったり。友情を深め、楽しい時間を過ごした。




◆3月9日

アルバイシン、サクロモンテ散策。

Peña La Plateriaへ。



◆Cucharitaとの再会

Peña La Plateriaは丘の上にある老舗の立派なペーニャ。私たちはフラメンコライブを観る目的で行ったのだが、Carteroにとって大切な用事がもう一つあった。


25年前にCarteroがマドリードのペーニャSoleaで知り合った少年がいた。彼は当時まだ16歳だったのだが、現在Cucharitaという名前でフラメンコをしている事が最近判明し、Carteroは彼のFacebookにメッセージを送っていた。

その返事が来たのがなんと、私たちがグラナダに着いた翌日だった。

彼から来た返事は、

「Carteroがスペインに来るなら会いたいけど、俺は今グラナダに住んでるから会いに行けないんだ」だった。


なんと!グラナダにいると?!


CucharitaはPeña La PlateriaまでCarteroに会いに来てくれた。25年ぶりの再会!




◆3月10日 

バスに乗ってサンニコラス展望台に行き、グラナダの美しい景色に感激していると、ひとりの男性がCarteroに話しかけてきた。彼はManuel。Ramon (ギタリストの俵さん)の友達だという。


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Manuelは広場でギターを弾き始め、

Carteroが唄い始める。


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フラメンコが始まると人がどんどん集まってきた。BuleríaやRumbaが始まると、そこに居合わせた人たちもパルマや踊りで飛び入り参加し盛り上がる。そしてバックはアルハンブラ宮殿という最高の舞台!

日本では決して見られない光景を楽しんだ。




◆3月11日 Manuel Diazギター工房


Carteroは、カポタストのお土産を買って帰ろうと考えていたのだが、まだ良い品物が見つけられていなかった。楽器屋を見つけたのでカポタストの取扱いがないか尋ねたが良いものがなく、諦めて店を出ようとした時、ひとりの紳士が店に入ってきた。

楽器屋の店員さんは店を出ようとしたCarteroに、

「ちょっと待て待て、その人ならカポタスト持ってるよ、ギター工房の人だよ!」


話をしてみると、その紳士の名前はManuel Diaz。Carteroは、昔見たフラメンコ専門誌にManuel Diazという名前のギタリストが載っていたことを思い出し、

「あなたは昔ギタリストだったよね?!」

するとManuel Diazは、

「今もギタリストだよ!」

そして一緒にギター工房に向かった。


ギター工房はヌエバ広場からちょっと坂道を上がったところにあった。工房には、ヘッドにザクロを模した形の装飾が施されたギターがいくつもあり、これがManuel Dias製作のギターの証なのだそう。


Manuel Diazは手作りの綺麗なカポタストをいくつか出してきて試させてくれた。

そして、Soleá、Siguiriya、Soleá por buleríaなど、Carteroの伴奏をしてくれて、私たちは思いがけず贅沢なライブを楽しむことができた。



感謝のしるしにみんなで彼をランチにご招待。一緒にManuel Diazおすすめのレストランへ向かう。


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ちょっと前に偶然再会した踊り手の高橋英子さんも合流されて、楽しいランチの時間を過ごした。



◆Manuel Diazと別れた後は、英子さんのフラメンコスタジオにお邪魔し、グラナダでの色んなお話を聞かせていただいた。

長年の友人であるCartero、ホセ(大西)、英子さん。彼らの会話からは、彼らが長年向き合ってきたフラメンコへの情熱が感じられた。そして、ここグラナダで外国人がフラメンコに向き合うのは並大抵の事ではなかっただろうと思うと、胸が熱くなった。


 

◆Bar Tacon

サンニコラス展望台で知り合ったManuelがライブに誘ってくれた。

ライブの後半はお客さんが次々に出てきて唄う。Carteroは唄ったり弾いたり大活躍。



ギターのManuelもCarteroの伴奏でSoleáを唄った。みんな何でもできるんだなぁ。さすがフラメンコの国。


◆Cucharita

帰国する前日、Cucharitaを夕食に誘った。Carteroの話だと彼は16歳の頃、カマロンが好きでよく唄っていたらしい。

Carteroは、いつか日本で一緒にライブをやろう!と連絡先を聞いていた。実現してほしいなぁ。


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◆3月12日 Granada~Madrid

バスターミナルに行くと、Cucharitaが見送りに来てくれていた。 25年前も同じように見送ってくれたらしい。

Cucharitaは少し前に彼が出したCDをみんなにプレゼントしてくれた。CDにサインをしてもらい、バスが出るまでのつかの間、話したり唄ったりしながら別れを惜しんだ。


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◆3月13日~14日 Madrid ~日本へ

約1ヶ月のスペイン旅行。

思えば奇跡のような出会いがいくつもあった。

Carteroは、

「やっぱりスペイン行かなあかんね!毎年恒例にするぞ!」と、飛行機の中で、もう来年の計画を立て始めていた。


帰りの機内食、あんまり美味しくない~と文句を言いながらも、ごはんと味噌汁があるとやっぱりホッとするな~と嬉しそうだった。


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旅が終わるのは寂しいけれど、フラメンコの旅はまだまだこれからも果てしなくつづく。

おつかれさまでした。


2016年3月14日


(Fin.)



プロフィール写真_金高荘子ⒸKanaKondo
©近藤佳奈

【筆者プロフィール】

金高荘子(Soko Kanetaka)/幼少期から音楽に触れ、学生時代にはロックなどのバンド活動を通し音楽に親しむ。2002年にフラメンコと出会い、2010〜2024年に瀧本正信氏に師事。短期渡西を繰り返しながら現在も研鑽を重ねている。


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