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カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.61
(jueves, 11 de junio 2026) 文/エンリケ坂井 Texto por Enrique Sakai エル・モチュエロ Malagueña de El Canario ③ エル・カナリオの生涯 ~続き マドリード、そしてアンダルシアのカフェ・カンタンテや劇場で持って生まれた美声(だったらしい)でマラゲーニャを歌い、成功を収めたカナリオには多くの追随者が現われ絶頂期を迎えた。 その中にラ・ルビア・デ・マラガと呼ばれた当時のカフェで活躍したカンタオーラがいたのですが、この二人がセビージャのカフェ「エル・ブレーロ」が夏の間にトリアーナ橋の横に出す支店「ネベリーア・デル・チナ」(中国の氷屋)という涼しそうな名前のカフェに出演していました。 何が原因か本当の所はよく解らないのですが(一説にはルビアがカナリオの歌を真似して歌い、カナリオがそれを嫌ったとも)、二人は言い争いを始めそれがエスカレート。ルビアはその事を父親に話したら今度は父親が怒り出して、ついにその父親がカナリオをナイフで刺し殺してしまったのです。1985年8月13日の未明
6月11日読了時間: 3分


カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.60
(lunes, 11 de mayo 2026) 文/エンリケ坂井 Texto por Enrique Sakai Malagueña de El Canario ② エル・カナリオの生涯 エル・カナリオ、本名ファン・デ・ラ・クルスについてはフェルナンド・デ・トゥリアナの「アルテとアルティスタ」や研究家のホセ・ブラス・ベガなどが書き残しています。 それによれば、マラガ県アロラ町に生まれたカナリオは生まれた町で若くしてデビュー、マドリードやセビージャのカフェ・カンタンテで活躍しましたが最初の頃は彼の歌うマラゲーニャは余り愛好家に受けなかったらしい。 それは彼のスタイルが当時としては新しくて従来の愛好家に受けなかったかも知れないし、その後カナリオが工夫を重ね今に伝わる素晴らしいスタイルを創り上げたという事かも知れない(そういう説もあります)。 カナリオのマラゲーニャは次第に洗練、完成され、マドリードのカフェ「エル・インペリアル」やセビージャの「エル・ブレーロ」といった一流のカフェ・カンタンテに呼ばれて活躍、大人気となるのですが、順風満帆に見え
5月11日読了時間: 3分


カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.59
(sábado, 11 de abril 2026) 文/エンリケ坂井 Texto por Enrique Sakai Malagueña de El Canario これまでメジーソ、トゥリニ、チャコンのマラゲーニャを取り上げてきましたが、この他にも多くの(40種類以上)個人の名前を付けられたスタイルが存在し、その中で現在も良く歌われるものにエル・カナリオのスタイルがあります。 カナリオとは鳥のカナリアのことで、庶民の間でもカナリアなどの鳥を飼ってそのさえずる鳴き声を楽しむ習慣が古くからあり、ちょっとした都市には鳥の市があります。 私が住んでいたマドリードのフライ・セフェリーノ通りはそういう市のたつ所で、日曜日の朝は市に集まる人々のざわめきと鳥の鳴き声に目覚めた事を懐かしく想い出します。 カナリオは又素晴らしい歌声を聴かせてくれるカンタオール達に付けられたニックネーム、そして芸名ですが、最も有名な歌い手としてはエル・カナリオとエル・カナリオ・チコ(小さい方のカナリオ)の二人がいて、ここで取り上げるのはエル・カナリオ、本名Juan d
4月11日読了時間: 3分
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