特集:第29回フェスティバル・デ・ヘレス
- norique
- 3月30日
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更新日:3月30日
(sábado, 29 de marzo 2025)
去る3月8日に閉幕した第29回フェスティバル・デ・ヘレス。2月21日から16日間にわたり数々の作品が上演され、日本からはもちろん海外からも多くのフラメンコ愛好家が訪れ、それぞれの会場で公演鑑賞を楽しみました。
今年のフェスティバルの模様を、長年にわたり取材を続けている志風恭子さんがリポートします。
文/志風恭子
Texto por Kyoko Shikaze
【INDEX】
・劇場公演
毎年恒例ヘレスのフェスティバルも今年で第29回。世界で唯一の、フラメンコ舞踊とスペイン舞踊に特化したこのフェスティバルに29年間、欠かさず通っているわけですが、昔と今では色々変わってきたこともたくさん。今年はヘネラシオン、世代というのがテーマのようになっていたみたいですが、実際、出演者やクラス教授らの世代交代は進み、街も、人も変わってきています。
来年の30年という節目の年を前に、カルロス・グラナドス新監督のもとの今年のフェスティバルを振り返ってみたいと思います。
劇場公演
◎ビジャマルタ劇場
2024年秋にセビージャのビエナルが開催されたこともあって、今年のプログラムでは初演作品が例年に比べ少なかったように思います。フェスティバル全体での新作初演は10公演だったということですが、メイン会場であるビジャマルタ劇場公演でいえば、マリア・ホセ・フランコ、エドゥアルド・ゲレーロ、マリア・デル・マル・モレーノ、とカディス/ヘレス、いわばご当地出身の3人の三作品のみで、ビエナルで上演された作品の公演数よりも少ないのです。
第一線で活躍する、劇場公演にふさわしい作品を制作できるアーティストの数は限られるのでどうしてもそうなってしまうのでしょうし、いい作品は何度でも観たいものだから、もちろんそれでいいのですが、反面、どうしても良い作品に初めて会った時のドキドキ感は少なくなってしまいます。そのこともあって、今年のヘレスは例年に比べ、落ち着いた年だったという印象です。
ビジャマルタ劇場公演では、ビエナルでも観た、物語を上手に語るアンダルシア舞踊団『ピネーダ』、

© Festival de Jerez/Esteban Abión
とにかく踊りが素晴らしいラファエラ・カラスコ『クレアビバ』。

© Festival de Jerez/Tamara Pastora
また、作品の音楽を担当したヘスス・トーレスに作曲賞が決定しました。下の写真の左から2番目のメガネと髭のギタリストです。

© Festival de Jerez/Tamara Pastora
この二作品が丁寧な作りと舞踊そのものの素晴らしさで群を抜いていたと思います。
そのほかにも観客の投票による観客賞をとったマヌエル・リニャンの『ムエルタ・デ・アモール』(この作品の歌い手フアン・デ・マリアはペーニャ協会が選ぶ伴唱賞を受賞)や

© Festival de Jerez/Esteban Abión 左から3人目がフアン
メルセデス・デ・コルドバの『オルビダダス』も、ビエナルに続いてヘレスでも上演された作品です。

© Festival de Jerez/Esteban Abión
なお、今年の批評家賞はマルコ・フローレスの『ティエラ・ビルヘン』でしたが、これはマドリードのフェスティバル、スーマで初演されました。ヘレスの歌い手3人とシウダ・レアル出身のギタリスト、ホセ・トマスというコンパクトな編成で、フラメンコの起源に思いを馳せた作品です。

© Festival de Jerez/Tamara Pastora
また、フェスティバル初登場の、衣装も豪華なアントニオ・ナハーロ舞踊団『アルヘンティーナ・エン・パリ』、

© Festival de Jerez/Esteban Abión
27年ぶりのフェスティバル公演となったアントニオ・ガデス舞踊団『カルメン』も、

© Festival de Jerez/Esteban Abión
スペイン舞踊とフラメンコの歴史を思い返させる良い公演だったと思います。
一方、タイトルが違うので新作かと思った(そう思った私がいけないのですが)エバ・ジェルバブエナ作品『オスクーロ・ブリジャンテ』はビエナル公演からゲストを抜いた作品だったし、

© Festival de Jerez/Tamara Pastora
また、イスラエル・ガルバン『ラ・エダ・デ・オロ20周年』も、20年前サラ・コンパニアで初演を見た時のような興奮は残念ながらありませんでした。

© Festival de Jerez/Esteban Abión
また、ギターラ・コン・エル・アルマ賞にこの作品で伴奏したラファエル・ロドリゲスが受賞します。

© Festival de Jerez/Esteban Abión
劇場作品を作るというのは大変なことで、誰にとっても毎年のように新作を作るというのはほぼ不可能です。現在、どのフェスティバルも、アーティスト側から提案された作品主体のプログラムですが、フェスティバル側が製作するガラ公演的なものがあってもいいのではないかと思えるのです。カディス・フラメンコ舞踊団にゲストで出演していたフアン・オガージャ、アンドレス・ペーニャ、エル・フンコが、あらすじやコンセプトなどとは関係なく踊ったシンプルなフラメンコを観たせいかもしれません。

© Festival de Jerez/Tamara Pastora
シンプルなフラメンコが持つ力を改めて感じさせてくれました。
自分の作品は持っていなくともいい踊り手はたくさんいます。ただ劇場公演では、構成や照明などは工夫しないといけません。
日本でも人気のペペ・トーレスのラ・コンパニアでのソロ公演、彼の踊り自体はいいのですが、リハーサルか打ち合わせが不足しているか照明で顔に影が出たり音響が大音量だったりで、最高の公演とはいきませんでした。

© Festival de Jerez/Esteban Abión
いい演出家をつけたガラ公演での方が彼の魅力がより生きるのではないかと思いました。
フェスティバルが演出家をつけてのガラ公演、実現しないかなあ。
◎セントロ・ソシアル・ブラス・インファンテ
今回新しく会場となったセントロ・ソシアル・ブラス・インファンテでは、ビジャマルタですでに公演しているピニョーナやエル・チョロ、ロシオ・ガリード(2023年ラ・ウニオン優勝)やマルタ・ガルベスといった若手たちが作品を上演しました。
会場は劇場というより、講堂という感じで、舞台が低く、前方の観客席には傾斜もほとんどないことから、後ろの階段席以外は観にくく、また壁も白く、市内中心部からもちょっと離れた駅の向こう側で、ビジャマルタ劇場から徒歩で20分以上かかかるということもあり、観客にも出演者にも、公演会場としての評判はあまりよくなかったようです。
ここでの公演で私が唯一観ることができたミゲル・アンヘル・エレディアとアルベルト・セジェスの作品は二人の長所、特性を活かして丁寧にきちんと作られた作品で好感が持てました。

© Festival de Jerez/Tamara Pastora
◎サラ・ラ・コンパニア
サラ・ラ・コンパニアの作品では、先述のペペ・トーレスやルイサ・パリシオの新作などを観ることができました。が、なんといってもエステラ・アロンソの『ア・ミ・マネラ2.0』が出色の出来でした。エスクエラ・ボレーラの超テクニックでフラメンコ曲を踊る、その新鮮さ。コンパス感がいいので見ていて気持ちがいいのです。共演に昨年のラ・ウニオンの覇者ヘスス・コルバチョら一流どころを揃えたのも成功の秘訣でしょう。

© Festival de Jerez/Esteban Abión
サパテアードで踊るだけがフラメンコじゃないのです。バレエシューズでも裸足でもリズムさえ掴んでいれば、フラメンコになるんだなあ、と。エスクエラ・ボレーラだけでなく、フラメンコの新たな可能性を開いた公演だったと思います。
エステラはこの作品でプレミオ・デ・レベラシオン、新人賞を受賞しました。スペイン国立バレエ団のソリストとして活躍中の彼女、新人賞という名前だと違和感があるかもですが、レベラシオンというのを辞書で見ると、思いがけない活躍をした人、とあるので、これまで少なくともアンダルシアのフラメンコ界ではほとんど知られていなかったということから、この賞にふさわしいと言えると思います。
◎ボデーガ・デ・ロス・アポストレス
なお、ボデーガでの深夜のリサイタルでは、ヘスス・メンデスがとにかく最高でした。伴奏のペペ・デル・モラオも今までで一番、と言いたくなるくらいに良かったし、そのギターとパルマに支えられて、風格を持って、しかも熱く、自由にヘレスを歌い上げるヘスス。
今までもこのフェスティバルでたくさんのカンテ公演を観てきましたが、その中でも最も良かったのではないかと思います。もうオレ!連発。記憶に残るリサイタルでした。

© Festival de Jerez/Esteban Abión
ヘススに先駆け同じくボデーガでリサイタルを行ったマカニータのような、ヘレスを代表する歌い手たちをヘレスのギタリストとパルメーロたちの極上のコンパスで聴くことができる機会をフェスティバルが作ったのは大正解だと思います。
この時期、ヘレスに世界中からやってくるフラメンコファン、アフィシオナードたちは、劇場作品よりも、ヘレスならではのアルテを求めてやってくる人も多く、フェスティバルで飽き足りない分を、ペーニャの自主公演やタブラオなどで行われるライブに行くことで解消しているようです。クルシージョも同じく、で、それだけ受講生の幅が広がったとも言えます。ヘレスに通い、経験を積むことで何が欲しいのかがはっきりわかってきたのでしょう。フェスティバルが全ての需要を満たすのは不可能ですし、地元のスタジオが独自のクラスを開講し、ペーニャやライブハウスが自主公演を組むことは、フェスティバルが地域経済の活性化につながっている証とも言えるでしょう。
日本人の活躍
なお、今年も多くの日本人がヘレスを訪れました。萩原淳子はフェスティバル主催のペーニャ公演として3月2日にソロで踊り、ライブハウス、ラ・グアリダ・デル・アンヘルでのオフ・フェスティバルでも、歌い手モモ・モネオの公演にゲスト出演しました。そのほかにも山下美希、鈴木時丹、鬼頭幸穂、岸田瑠璃、景山綾子、坂本さほり、野上裕美、森脇淳子、林結花、マリコ・ドレイトンと多くの日本人アーティストがオフ・フェスティバルで踊りました。
他のフェスティバル主催公演と時間が重なるなどし、今年は日本人公演を一度も見に行けなかったのは残念です。スペインの舞台に立つことは誰にとってもきっと、いい経験となったことでしょう。


アフターショーのお楽しみ
ヘレスのいいところは街がコンパクトで、アーティストたちとファン/観客との距離が近いところ。ビジャマルタ劇場終演後、近くのバルで一杯飲んでいると出演者たちがやってくることもほぼ毎夜のこと。出演者だけでなく、クルシージョの講師たちなど舞台を観に来た人たちもたくさん。なので、舞台の感動を本人にダイレクトに伝えることも可能です。
また、舞台の打ち上げ的にやってきたアーティストたちや遊びに来た地元のアーティストやアフィシオナードたちが歌い始め、宴がはじまることも。毎日、クラスを受講している人は体調管理の意味からも夜更かしはなかなか難しいかもしれませんが、体力に自信がある人は夜中粘ってみると思いがけない宴に遭遇することもあるかもしれません。筆者は地元のアフィシオナードが歌うソレアに泣いたり、ガデス舞踊団の面々と酔っ払ったり、とヘレスのフェスティバルならではのナイトライフも楽しみました。来年こそ、あなたもぜひ。
ちなみに来年の第30回は、2月20日から3月7日まで開催の予定です。
【筆者プロフィール】
志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。
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