ArtistaЯ ~表現者☆~ ep.21
- norique
- 2025年9月16日
- 読了時間: 3分
ep.21
山﨑嬉星 Kirari Yamazaki
(martes, 16 de septiembre 2025)
写真家・大森有起が、今を輝くフラメンコ・アーティストたちの真の姿を写す
この写真は今年夏前に撮りましたが、
実は彼女がまだ小学生のとき、
発表会で楽しく踊る姿を撮影していました。
教室を移り、改めて認知したのは新人公演。
豊かな表現で情感込めたシギリージャ。
自己世界感を懸命に踊る姿を撮影しました。
その間、約8年。
フラメンコから一時期離れていたようですが、
10代の成長は全てに於いて著しく、
「あの子だ!」と後に気付き驚きました。
4歳時、母親の導きで出会ったフラメンコ。
21歳のこの秋、長期スペインへ旅立ちます。
グローバルな視野で、人生はダイナミックに。
きらりちゃんが目指す未来像がとても楽しみです。

「自分が描くこの先の自分」
『フラメンコの真実を探究し、世界平和を訴えかける舞台作品を創りあげる。誰かの「明日を生きる力」を届けること』が私の将来の夢です。そして、少し気持ち悪いとも思われるような未知の世界を切り拓いて行きたいです。
私にとって、フラメンコは終わりのない旅路です。どんなに足掻いても、ゴールには到着できませんし、そもそもそのゴールはどこなのかも分かりません。しかし、だからこそ私は心惹かれその奥深さに挑戦したいと思っているのかもしれません。フラメンコは「踊り」ではなく「人々の紡いできた歴史」だと私は思います。排除されてきた歴史や貧困な民衆生活の中から生まれたフラメンコの根源には、力強く生きていく力を体現する究極の人間讃歌があると感じています。また、人間誰しもが根底に持つ泥臭さや美しさを昇華させる力があるからこそ、全く異なる文化を持つ私たちでさえも魅力を感じているのではないでしょうか。
私は、これまでの活動の中で国境や文化、世代を超えて人々が一つの舞台に向かって一丸となれること、様々な垣根を超えて芸術を楽しめるということを目の当たりにしてきました。その経験からフラメンコをはじめとする芸術こそが、唯一文化や時代を超えて、人々が一つになれることを体現してくれる平和への架け橋になる存在だと実感しています。そして、将来私もその架け橋を通じて、誰かの「明日を生きる力」を届けられる人間になりたいと強く思います。
今回、「自分が描くこの先の自分」を考える上でどのようにフラメンコを学んでいきたいかについても考えてみました。結論として、私はフラメンコの真髄を学び自分の血肉に通わせた人でありたいと思いました。私自身学びの途上ではありますが、スペイン人の動作を何が何だか分からずに真似しているだけではフラメンコを踊り続ける意義はないと思います。その文化や歴史の真髄には触れようともせずに単に踊っている自分が好きで、彼らの顔芸や振りを真似するだけでは、単なる自己陶酔であると感じます。私がもし「踊り手」として名乗るのであればそのような向き合い方は、決してしません。私にとって歴史を紡いできた人々の文化を学び、理解する事が最も枢要な事だと感じています。真摯に向き合い、時の華ではなく真の華を咲かせて行きたいと思います。最後になりますが、フラメンコを紡いでくれた人々への感謝の念を忘れずにこの平和への架け橋になれるように精進していきたいと思います。
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