新・フラメンコのあした vol.29
- norique
- 7月1日
- 読了時間: 5分
(martes, 1 de julio 2025)
20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。
今月は、この6月に開催された「第1回ビエナル・フラメンコ・マドリード」フェスティバルで上演された、フリオ・ルイスの舞台作品についてのリポートです。
フリオ・ルイス『ラ・ファミリア』
「第1回ビエナル・フラメンコ・マドリード」フェスティバル
コンデドゥケ現代文化センター
2025年6月3日
Julio Ruiz “La Familia”
Festival Bienal Flamenco Madrid
Centro de Cultura Contemporánea Condeduque,
3 junio 2025, Madrid
文:東 敬子
画像:宣伝素材
Texto: Keiko Higashi
Fotos: Por promoción

フラメンコのアーティストにはふた通りあると思います。フラメンコという得体の知れない何かを、一生を通して追求する人。または、自分の人生の何たるかを、フラメンコを通して表現する人。
例えばファルキートは前者、ロシオ・モリーナは後者と言えば、分かりやすいでしょうか。でもエバ・ジェルバブエナやイスラエル・ガルバンは微妙ですよね。私は、あんなにアバンギャルドでも、ガルバンは前者、フラメンコを追求している人だと思います。そしてジェルバブエナは両方を調和した人。自身の人生を、フラメンコの普遍的な感情に昇華出来る、唯一無二の人です。
では踊り手フリオ・ルイスはどうでしょう。非常に力強い、情熱がほとばしるサパテアードが魅力の彼ですが、彼は明らかに後者にあたると言えるでしょう。
1993年アルメリア生まれの32歳。フラメンコ、スペイン舞踊、コンテンポラリーといった舞踊全般に加え、執筆、映像デザイン・創作なども学んだマルチな才能を全て注ぎ込んだ彼の作品は、自分自身の生き様をどのように表現するかが核となっていて、決してフラメンコが主役ではない。新作『ラ・ファミリア 〜家族〜(La Familia)』も、まさにそんな作品でした。
それはゴキブリと、白鳥と、キツネの物語。「この家族が集まるといつも血を見る」という見出しがついた、フリオのお母さんと、叔母さんと、おばあさん、家族を動かす3人の女たちの物語でした。
ディズニーっぽい、まるで“これから白雪姫の物語が始まりますよ”というような音楽が流れ、ステージの上部に映し出された一幕目の物語を観客がひとしきり読んでから、やっと主役がステージに登場します。
まずは黒いドレスに身を包んだ「ゴキブリ」です。無音の中、フリオは10本の指でサワサワ動く足を表現したり、いきなり素早く動いたり、床に転がって苦しんだり…、ダンスというよりゴキブリの形態模写。コミカルでちょっとかわいいのは彼の持ち味でしょうね。
次は「白鳥」です。また映し出された第二チャプターを観客がひとしきり読んだ後、まだ12歳とは思えない大人っぽいダビス・デ・アナがギターを手に、羽がついたピンクのスーツといういで立ちで登場。フラメンコにアレンジされた白鳥の湖のメロディに乗って、純白のドレスに身を包んだフリオは可憐に舞い踊ります。
そして「キツネ」では、ぺぺ・デ・プーラのカンテと共に、フェイクファーのロングコートを羽織ったフリオが、やっと力強く床を打ち鳴らします。
「この家族が集まるといつも血を見る」という言葉で物語を締め括ったフリオは、最後に緑のシャツとズボンで登場します。顔とシャツには血しぶきが飛んでいます。血祭りとなった家族の宴の渦中でフリオ少年は思います。この血は僕にも流れているのだと。
家族関係というものは、その中に居なければ分からない。 3幕を通して辛辣に家族を表現したフリオでしたが、根底に愛があるのは、誰もが感じ、共感したことと思います。“実家を出て違う土地で暮らした方がせいせいする。でも涙ぐみたくなるほど恋しくなる時がある。それが家族だ”と言うように。
私はこの作品を見て、映画なら非常に興味深い作品に仕上がっただろうし、彼が表現したい事を全てなしえる事が出来ただろうと思いました。しかしステージでは多少無理があったと言わざるを得ません。
まずは物語をいちいち字幕で読むのが辛い。文章が長いんですよ。私なんかはテンポが追いつかなくて、毎回、全部は読めませんでした。
そしてドレスが3着ありましたが、どれも長すぎると感じました。シューズまで隠れて裾を踏みそうでしたからね。ボリュームもあったし、すごく重く感じたし動きも見づらかった。衣装はぜひ再検討してもらいたいです。
そして最後は、やはりもっと彼のフラメンコが見たかったというのが、私の本音です。その音、リズム、瞬発力。彼のフラメンコには人を惹きつける力、唯一無二の個性があります。ずっと見ていたいのに…。前回見た『トカール・ア・ウン・オンブレ(Tocar a un hombre)』は、彼自身を表現していましたが、今回はファンタジー性が強かったので、リアリティが薄れたのも残念でした。
ともあれ、才能あふれるこのアーティストに、これからも自分の道を邁進していってもらいたいと思います。

【筆者プロフィール】
東 敬子 (ひがし けいこ)/フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.comを主宰。
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