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新・フラメンコのあした vol.17

(lunes, 1 de julio 2024)

 

20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。今月も、昨年秋にマドリードで行われた第18回「スマ・フラメンカ」フェスティバルで上演された作品から、エバ・ジェルバブエナの舞台についてのリポートです。

 

エバ・ジェルバブエナ

『ジェルバグエナ』

「スマ・フラメンカ」フェスティバル

カナル劇場・赤の間、マドリード、スペイン

2023年11月5日


Eva Yerbabuena

“Yerbagüena”

Festival Suma Flamenca,

Teatros del Canal - Sala Roja, Madrid.

5 de noviembre 2023

 

文:東 敬子

画像:宣伝素材/東 敬子

Texto: Keiko Higashi

Fotos: Promoción / Keiko Higashi


Eva Yerbabuena  “Ÿerbagüena”

 フラメンコ舞踊を習っている女性なら、憧れてやまないのが彼女、エバ・ジェルバブエナでしょう。

 

 その一挙手一投足を、ああ、あんな風に踊ってみたいと、一心不乱に追ってしまう。私はエバの、グラナダ出身らしい、重く力強い足音を聞くたびに、心が湧き立ちます。フラメンコの想いを爆発させる身体の動きに、見惚れてしまいます。私は彼女の魂から湧き上がるソレアが、全然はしゃがない、むしろ苦しげなタンゴが、大好きです。

 

 でも、世代によっては、エバの印象は異なるかも知れません。私が初めて触れたエバは、そんな伝統的なバイレを踊る踊り手でした。でも、2000年以降に彼女に触れた人にとっては、エバは前衛的なタッチでバイレの時代を変えた革命児であることでしょう。

 

 今回、「スマ・フラメンカ 2023」フェスティバルで世界初演された作品『ジェルバグエナ』は、彼女の舞踊人生の変換を、そしてその集大成としての今を、存分に表現した意欲作でした。出だしの伝統的なそれ、中盤の前衛的な流れと、どこを取っても完璧に表現され、非常に見応えがありました。

 

 今回はホセ・マヌエル・オルーコの、ワイルドなフラメンコらしいバイレとの絡みもあり、時折味わえるその違った食感が面白かったです。もちろん、憂いを帯びたギターのパコ・ハラーナと、ミゲル・オルテガ、アルフレド・テハーダ、セグンド・ファルコンらの燻銀のカンテはいつもの通り流石の一言。今更ながら、エバ・ジェルバブエナは観客を裏切らないと再確認しました。


Eva Yerbabuena  “Ÿerbagüena”

 エバのファンはもちろんのこと、彼女をまだ見たことがない人にも彼女がどんな踊り手なのかが一発で分かる素晴らしい作品ですので、機会があったらぜひ足を運んでいただきたいと思います。

 

エバの軌跡

 

 1970年、ドイツのフランクフルトで生まれたエバは、生後間も無くスペイン人の両親の故郷・グラナダに移住し、フラメンコに囲まれて育ちました。セビージャでプロとして頭角を表し、1997年、27歳で自身の舞踊団を旗揚げします。そして2000年に発表した作品『5・ムへーレス・5』で新境地を開拓し、現代バイレの旗手として一時代を築き上げました。

 

 『5・ムへーレス・5』は衝撃的でした。80年代以降はアントニオ・ガデス作品のように物語性を重視した作品が増え、違った曲種を組み合わせて踊るというシンプルな構成の舞台以外にもバラエティが生まれていた時代でした。しかし『5・ムへーレス・5』は根本的に違ったんです。彼らはあくまで、物語を、心の爆発をフラメンコで表現していたのに対し、エバは、情感という甚だ抽象的なものを表現しようと試みたのです。

 

 何かピンポイントで説明できない、言葉にできないその感覚を、私たちは舞台の上に見ました。パンフレットにある説明文も、すごく抽象的な彼女の心の動きが書いてあるだけで、全然役に立ちません。時にはフラメンコ以外の音楽や動きも出てきます。照明もすごく暗くて、まさに真っ暗な彼女の悩める心の内をひっそりと立ち止まって覗いているかのよう。

 

 けれど私たちは理解しました。こんなに分かりにくい、掴みどころのない何かを、観客はエバと共有し、自身の心の中に同じものを見つけ、共感したんです。まさに奇跡。まさに彼女の表現力の賜物。

 

 そうしてエバは現代バイレにビフォー・アフターを作りました。後進が憧れ、真似をし、彼女の作品は新しいスタンダードの一つとなりました。彼女が行った前衛的な演出も、今ではすっかり当たり前になった感があります。観客が会場に入り始めた時にすでにステージ上には踊り手がいて観客を観察している…なんて、いろんな人のステージで見たことありますよね。パンフレットにある抽象的な文言も、暗い照明も、ぜーんぶエバのせいです(笑)。

 

 そして50代半ばとなった彼女は、今もなお世界の観客を魅了し続けています。彼女のフラメンコには伝統的な、そして規格外の動きが交差しますが、その二つがお互いを殺し合うことはない。これからも益々その世界を広げていってほしいと願って止みません。

 

 

【筆者プロフィール】

東 敬子 (ひがし けいこ)/フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.comを主宰。

 

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