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スペインNews 2月号・2026

  • norique
  • 7 時間前
  • 読了時間: 5分

(viernes, 6 de febrero 2026)

 

文・写真/志風恭子

Texto y fotos por Kyoko Shikaze

 

 1月18日、コルドバ県アダムスで起こったスペイン高速鉄道の大事故は日本でも報道されていたのでご存知かと思います。1992年のセビージャ万博を前に首都マドリードとセビージャを結んだ高速鉄道AVEですが、現在では、コルドバからアンテケーラを経てマラガやグラナダへ向かう路線もあり、またセビージャからカディスやウエルバに乗り換えなしで行く便があったりで、多くの人が利用しています。スペイン旅行でこの路線を利用したという人も多いことでしょう。

 フラメンコ・アーティストたちもよく利用しており、この事故でも、2017年、クリスティーナ・ヘーレン財団のコンクールのファンダンゴ・デ・ウエルバ部門で優勝したクリスティーナ・アルバレスが、ウエルバ行きの列車に乗っていて亡くなりました。39歳だったそうです。家族で、マドリードにミュージカルを見に行った帰りの事故で、夫君と息子さんも亡くなり、6歳の娘さんだけが奇跡的にほぼ無傷で助かったそうです。

 衝突された、最初に脱線した、マラガからマドリードへ向かう列車にもマラガ出身の踊り手が乗っていて負傷されました。無事に回復され、近いうちに舞台へ復帰できますように、と願ってやみません。

 なお、この事故の影響で列車が運休になったことで、マドリード在住のアーティストたちのセビージャでのフラメンコ公演が延期や中止にもなったようです。

 

《INDEX》


【ビエナル ポスター発表】

 1月14日、セビージャの街を見下ろす高層ビル、トーレ・セビージャのロフト・ガーデンにおいて、この秋、セビージャで開催される第24回ビエナル・デ・フラメンコ、セビージャのビエナルのポスターの記者発表が行われました。今年のポスターは、ピューリッツァー賞二度受賞のフォトジャーナリストである、エミリオ・モルナッティによるもの。歌い手アウロラ・バルガスの表情が私には、カンテの、フラメンコの至福の瞬間を表しているように見えますが、いかがでしょう。ルイス・イバラ監督はもちろん、ホセ・ルイス・サンス市長も列席したこのイベントでアウロラも、エル・ペルラのギターでブレリアを聴かせました。

 

 なお今年のビエナルは9月9日から10月3日までの開催。プログラムは発表され次第、お知らせします。


A_2602志風_ビエナルポスター


 

【フアン・ラミレス逝く】

 1月5日、踊り手フアン・ラミレスが亡くなりました。1959年メリダ生まれというからまだ65歳。早すぎる死に言葉もありません。


1994年 マドリードレボルベールで。©︎ Kyoko Shikaze


C_2602志風_ヒタニージョデオーロ

 本名フアン・ナバス・サルゲロ。幼い頃からセビージャに住み、1971年にはヒタニージョ・デ・オロという芸名で歌ってレコードデビュー。

 

 その後、セビージャを離れアリカンテに住んでいましたが、声変わりもあって歌からギターに転向しようとしたと言います。が、ギターを教えてくれている人が彼がちょっと踊ったところを見て、僕ならギターはやめて踊りをやる、と言われたので舞踊の道に進んだそうです。独学で大理石の床でひたすら練習しました。

 

 1982年、第2回のビエナル、ヒラルディージョのコンクールに参加。優勝はマリオ・マジャでした。

 また86年にはコルドバのコンクールでパストーラ・パボン賞を受賞しています。同じ頃、パコ・デ・ルシアとの共演がはじまり、パコの代表作でもあるアルバム『熱風(シロコ)』では、アレグリアス『ラ・バローサ』でするどいサパテアードを聴かせてくれます。



 パコとの共演は、飛行機嫌いゆえ、セクステット初のダンサーの座は、セビージャ出身のベテラン、マノロ・ソレールにバトンタッチとなりましたが、90年代初め、何度かマドリードまで出掛けて見た彼のバイレは、唯一無比のものでした。細かい音の刻み方、リズムの取り方、アクセントの付け方など、彼のサパテアードは、アントニオ・カナーレス以降の世代に大きな影響を与えていると思います。


 

 1994年、マドリードのライブハウス、レボルベールでのフアンのアレグリアス。上の写真を撮った同じ日のライブがYoutubeにありました。歌はグアディアナとトニ・マジャ、ギターはビエヒンとラモン・ヒメネス。緑のシャツでのは同じ日のソレア。映像が残っていることに感謝です。



「踊り手というよりパーカッション奏者」などと評されることも多かった彼ですが、複雑なリズムもクリアに聞かせる彼のサパテアードはパーカッション奏者顔負けです。歌も歌った彼だからこそ、音楽的なサパテアードで時代の先駆けとなったのでありましょう。


D_2602志風_フアンラミレス

 2004年には『マス・フラメンコ・ケ・エル・タコン』というアルバムを発表。CDとDVDで超絶サパテアードを聴かせ、魅せます。


 最近も、各地のタブラオなどに出演したりしていたようですし、最近もスペインの靴メーカー、カンペルのフラメンコをイメージした靴のプロモーションに参加していたりしたのでお元気だとばかり思っていたのですが、病が急激に進んでのことだったようです。安らかに。

 

 画像はカンペールのホームページより。右下がフアン。



E_2602志風_フアンラミレス

最後にバルセロナのタブラオ、カルメンが去年アップしたインタビューとライブの様子を。技術が大切と語り、超絶サパテアードも健在で、まだまだ見たかったと改めて思わされます。

 

 

 

【筆者プロフィール】

志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。

 

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