スペインNews 10月号・2025
- norique
- 10月6日
- 読了時間: 7分
(lunes, 6 de octubre 2025)
文・写真/志風恭子
Texto y fotos por Kyoko Shikaze
《INDEX》
気がつくと今年も後残り3ヶ月。年ごとに月日の流れがどんどん早くなっていく気がするのは、これまで生きてきた期間が長くなるから、なのかな。日本に比べると時間の流れがゆっくりのように感じるスペインですが、何もしなくても時は過ぎ行き、浦島太郎の玉手箱を開けたかのように、気がつくと年だけとっていた、ということになっているような今日この頃。昔は良かったという年寄りに反発していたのがいつのまにか、ことにつけて前世紀の話に持っていってしまっていたりするのを反省。
日本では、秋といえば9、10、11月。最近は10月に入っても夏日ということもあったりするようですが、食べ物、落ち葉や虫の音などで、秋の訪れを感じますし、と思うのですが、スペインでは季節は暦通りに、秋分から秋、冬至から冬、と機械的に進むようで、Otoño Flamenco フラメンコの秋、というイベントが12月の初めに開かれたりします。セビージャの主な街路樹はオレンジで常緑樹ですし、シュロも、フィクスとよばれるゴムノキも、落ち葉とは無縁です。市内にはプラタナスもあるので落ち葉もあるはずなのですが、黄葉したりする木も落ち葉もあまり目にしないので日本の銀杏並木が懐かしくなったりもします。葡萄や栗が並ぶ八百屋さんの店先以外にセビージャでは秋の気分を感じる機会はあまりないような気がします。あ、食欲の秋だけでなく、芸術の秋がありましたね。夏休みが終わり、劇場シーズンも開幕。フラメンコ公演も帰ってきました。

オレンジの木はいつも緑。緑色の実がもうなっていたりします。
【アントニオ・ガデス舞踊団『カルメン』】
スペインの各都市を代表する劇場のほとんどは、7、8月は夏休みで公演がありません。セビージャのオペラハウス、マエストランサ劇場も夏休みを経て、2025/2026年シーズンの柿落とし公演として9月6日、7日の両日、アントニオ・ガデス舞踊団『カルメン』が上演されました。1986年以来、度重なる来日公演を劇場で観たことのある方も多い作品ではないかと思います。1983年初演以来、世界各地で上演され続けており、今年のヘレスのフェスティバルでも上演されましたね。メリメの小説、ビゼーのオペラのカルメンの主な舞台はここセビージャ。劇場のすぐそばにある闘牛場の正面にはカルメンの銅像もあります。ということでセビージャで観るカルメンはまた格別。42年も前の作品ですが、鏡と椅子と机というミニマムな小道具だけでいくつもの場面を構成し、聴き慣れたオペラの曲やフラメンコ曲の組み合わせで誰にでも親しみ深く、またわかりやすい作品だと改めて感じいりました。ドン・ホセを踊ったアルバロ・マドリードはセビージャ出身。

今回はオペラ『カルメン』初演から150年ということでの上演だったようです。なお、セビージャは『カルメン』以外にも、『セビリアの理髪師』『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』など数多くのオペラの舞台になっており、9月25日から10月12日までオペラフェスティバルも開催されています。
【マノロ・マリン『流儀の継承』】
劇場だけでなく、ペーニャの公演も9月になって再開。セビージャで一番、公演数が多く、おそらくスペインで一番舞踊公演が多い老舗ペーニャ、トーレス・マカレーナも9月10日、マヌエラ・カルピオ公演で今シーズンの公演がスタート。12日にはオルーコが踊り、9月13日には長年セビージャはトリアーナにスタジオを構え、多くの踊り手たちを世に送り出した舞踊教授で、クリスティーナ・オヨス舞踊団やアンダルシア舞踊団、スペイン国立バレエ団など多くの舞踊団に振り付けている舞踊家、マノロ・マリン、1936年生まれというから今年で89歳の巨匠に、その教え子の一人でスタジオを引き継いだマヌエル・ベタンソスが企画した公演が行われました。イサベル・バジョン、アリシア・マルケス、マルコ・バルガス…客席にはいつも以上にアーティストたちが多く、舞台に立ったマノロのクラスレッスンを模して始まり、マノロのソレアへ。歌に最大限の敬意を払いマルカールしていく。サパテアードで評判だったマノロのクラスだったけど、歌を消すような足は決して入れない。勘所に決めるだけ。歌を踊るのはフラメンコの基本。

続いて登場した、長年代教を務めたピラール・オルテガのタラントも、歌に、地味でシリアスだけど深刻すぎない曲のキャラクターに敬意を払っています。

ベタンソスとのおしゃべりを挟んでタンゴ。息をするように自然な足取り。マノロにとってフラメンコを踊ることは毎日の散歩のように自然なことなのですね。
マヌエル・ベタンソスのアレグリアスはマノロというより彼のもう一人の師匠、マリオ・マジャの影響をより感じたけれど、伸びやかで観ているこちらの気分も明るくなるようです。

フラメンコ舞踊の基本は歌を踊ること、ナチュラルに歌を踊ることが一番、と感じられた夜でした。私は踊らないのでマノロのクラスを受講したわけではないけれど、観ること会話することでマノロから多くを学んだんだなあ、と感じたことでした。そう、観るもの全部、聴くこと全部が肥やしになっていくのです。
【アマルガマ/メルチェ・エスメラルダとレオノール・レアルのトーク】
セビージャのビエナルが主催するフラメンコのアーティストたちのトークショー・シリーズ、アマルガマ。ビエナルはその名の通り、2年に1度、偶数年の開催なので今年は公演はありません。でもビエナル主催のイベントはあるのです。
アマルガマは、ジャーナリストの司会で世代の違うアーティストがおしゃべりをするというもの。歌や踊り手(ファルキートとカレーテ!)らだけでなく、画家や写真家なども登場します。
会場はセビージャのレアル・ファブリカ・デ・アルティジェリアというセビージャ市の施設で入場無料。4月1日、カルメン・リナーレスとアルカンヘルが登場して始まり、9回目の今回はメルチェ・エスメラルダとレオノール・レアルが登場。歌を習いにいったところで踊りも教えていたのではじめたメルチェ。フラメンコのメッカ、ヘレスに生まれながらバレエを習い、フラメンコを踊りはじめたのは遅かったレオノール。タブラオで鍛えられたメルチェ、アンダルシア舞踊団を経てソロになったレオノール。世代も経験も踊り方も違う二人、それぞれの話を引き出していくカナルスールで文化番組を持つレオ・サルディーニャ。

出かけていった甲斐あって二人とはアフタートークも楽しむことができました。尚、このシリーズ、全ての回がYouTubeにアップされていますので、スペイン語の聞き取りの練習にもぜひ。
【ホセ・ルイス・オルティス・ヌエボ『ぺぺ・デ・ラ・マトローナ』】
ビエナルの創始者で、詩人、フラメンコ研究家のホセ・ルイス・オルティス・ヌエボの著書『ペペ・エル・デ・ラ・マトローナ。レクエルド・デ・ウン・カンタオール・セビジャーノ(セビージャの歌い手の思い出)』の新版のプレゼンテーションが、9月27日、セビージャのバル、カルボネリアで行われました。元々は1973年に出版されたものですが、50年以上の月日を経てもなお、いやだからこそ、1887年生まれの歌い手の記憶の価値は再評価されるべきものでしょう。
歌い手マヌエル・ロメロがペドロ・バラガンの伴奏で歌うぺぺ・デ・ラ・マトローナのレパートリーを挟みながらというのも楽しく、古いものを知ることで今も明日も、もっと楽しくなるんだろうなあ、と改めて感じたことでした。

左から司会のフランシス・マルモル、マヌエル・ロメーロ、ペドロ・バラガン、ホセ・ルイス
【筆者プロフィール】
志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。
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