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ArtistaЯ ~表現者☆~ ep.27

  • 32 分前
  • 読了時間: 3分

ep.27

鬼頭幸穂  Yukiho Kito


(lunes, 16 de marzo 2026)


写真家・大森有起が、今を輝くフラメンコ・アーティストたちの真の姿を写す



幸穂ちゃんが過去にフィギュアスケートをやっていたことは周知の通り。

競技として筋力強化、柔軟性、バレエの身のこなし等を習得、小柄な体型は体軸安定に有利とされています。

素人目に彼女は適格な気がしますが「二回転ジャンプ全部跳べるようになったらやめるって言って、ダブルアクセル跳んだらあっさり辞めました」とのこと。


以前、オリンピック代表最終選考会に高校の後輩(本田武史くん)の招きで観戦に行きました。

有能な選手が重圧の中で限界に挑戦し続ける姿に心から敬服。

全身で音楽を表現し、様々な要素が求められる大変な競技です。

氷上を滑るブレード音、ジャンプのエッジ音、着氷の重音...リアルな"音"にも驚きました。


フラメンコはスポーツではありませんが演者として必要な要点は多々あります。

幸穂ちゃんの体幹は常に安定しており、踊りのポテンシャルも非常に高い。

フォギュアスケートで培った身体操作+加藤おりは先生の学びで身に付けたフラメンコ。

幼少からの経験が一本の線でリンクしているように思います。


202603_大森 ep.27鬼頭幸穂
©Yuki Omori

「踊ることと表現することの違い」


私にとって ”踊ることは表現すること”

”表現することは踊ること”


そういえばこの2つをあまり分けて考えてこなかったことに気付きました。

ただ考えてみるとそれぞれを磨くために重ねる努力は、違うことに気付きました。


私にとって『踊ること』とは、音楽やリズムの上に自分の身体を乗せていくような感覚です。

フラメンコのコンパスを知りメロディを楽しみ、その中でリズムに乗り音に体を預ける。

自分が音楽の中で自由に泳げるように、身体のあらゆる関節の可動域を広げ、ブラソや上半身の美しく見えるポジションを研究し、様々なスピードや打ち方で足をコントロールできるように足技のテクニックを磨き、体幹を付けより俊敏に、よりダイナミックに回転できるように、日々の基礎練習が欠かせません。

自分の体を考え知り計算し、限界点と動きの精度を音楽と共に練り上げていく。

毎日欠かさない鍛錬によって成り立つものだと思います。


対して『表現する』ということは、何かの媒体を通じて普段言葉にできない思いや感情を伝えることなのではないかと思います。

私たちは、毎日様々な感情と向き合っています。

小さな喜び、抱えきれない悲しみ、抑圧された怒り、溢れんばかりの幸福。

そして観客はそれらの思いを音楽、舞踊、絵や作品を通して共感し、普段抑えている感情が溢れ出し感動します。

これは私の主観ですが、表現をする側は人一倍感受性豊かに繊細に一瞬一瞬の感情を大切にすることによって、表現を受け取る側により深く伝わるようになるのではないのかと思います。

だからこそ、表現者は沢山の芸術や人の想いに触れて、心が豊かな人間になる必要があるのだと思います。


その上で、私やフラメンコを踊る皆様にとって、どちらか片方が欠けてしまってもいけないものだと思います。

だからあまり分けて考えてこなかったのかもしれません。

どれだけ踊る技術があっても、そこに思いがなければただの運動。

思いがあっても、踊る技術が無ければ伝える術がないのと同じ。


「踊ることと表現すること」は、別の努力の仕方が必要ですが切っても切り離せない関係。

そのどちらも同じように大切にこれからも精進していきたいと思います。


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