(sábado, 2 de noviembre 2024)
2年ごとに開催されるスペインを代表するフラメンコの祭典、第23回ビエナル・デ・フラメンコが9月12日から10月5日までセビージャで開催されました。今年は24日間にわたり全64公演、バイレ、ギター、カンテそれぞれに様々なプログラムが上演されました。セビージャ在住のフラメンコ研究家、志風恭子さんがフェスティバル全体を振り返りつつ、強く印象に残った作品の数々を紹介してくれました。
文/志風恭子
Texto por Kyoko Shikaze
今はマラガやオランダなど、各地でビエナルを名乗るフラメンコ・フェスティバルが開催されていますが、本家本元はこちら、セビージャのビエナルです。1980年に第1回が開催されました。ビエナル(bienal)とは、2年に一度という意味。イタリア語でビエンナーレというのも同じ意味で、ヴェネツィアの美術展が有名で、日本でもビエンナーレをうたう美術展が各地で開催されていますが、こちら、セビージャのビエナルは偶数年の秋に1ヶ月前後の長きにわたって行われるフラメンコ・フェスティバルです。
ビエナル以前は、フラメンコのフェスティバルといえば、アンダルシアの各町で行われる夏のフェスティバルのことで、一夜にカンテを中心に多くの歌い手が出演し、それぞれが2、3曲くらい歌い、一人の踊り手もしくはクアドロなどのグループが出演するというものでした。
ビエナルでも最初の頃は、舞踊団公演やパコ・デ・ルシアなどごく少数のアーティストのコンサート以外はほぼそういった形式の公演でしたが、90年代から、アーティストの企画作品が増えます。そのことはスペイン国内外でのフラメンコ公演数の増加にも繋がりました。フラメンコという漠然としたくくりではなく、タイトルのついた作品ということで、フラメンコをよく知らないところでも受け入れやすくなったのです。
また、アンダルシア各地のフェスティバルも、ビエナルの影響を受けて、多数のアーティストが出演する一夜限りのものではなく、少数のアーティストが数日間にわたって登場するタイプのものにスタイルが変わってきました。そんな風にフラメンコの流れを変えた歴史的にも重要なフェスティバルが、セビージャのビエナルなのです。
©︎ Kyoko Shikaze
10月8日、出演アーティストたちも集まりアルカサルで行われた記者会見では、市長が「64公演中39公演が入場券売り切れ、トータルで39,000人の観客を集め、入場券売り上げは100万ユーロに達した」と、その成功を発表しました。また調査によると、セビージャ市在住者が54.3%、市外から日帰りで来た人が13.4%、外から来た人は6割が国内からで、外国からはフランスが11.7%、ドイツ7.6%だったそうです。かつて、ビエナルといえば、で、開演前のアナウンスでもスペイン語、英語に続いて日本語がありましたが、それも今年はなかったのも当然と言えそうです。
今年のビエナルは24日間、64公演。カンテ、バイレ、ギター、ベテランから若手まで、伝統派から前衛的なものまで、どんなフラメンコファンでも観に行きたくなるような公演がある、非常にバランスの取れたプログラムだったと思います。前回のビエナルが伝統派の公演が少なく、未来志向だったのに比べると、後戻りしているような感じもありましたが、より幅広いファン層、もっと言うと前回不満を表していたペーニャ関係者に合わせた公演も取り入れたものとなっていたように思います。
ただ。1日に3公演ある日も多く、時間がかぶっていることや、19時開演の公演を最後まで見ていると次の20時半からの公演には間に合わないということなどもあり、すべての公演を最初から最後まで観るということは不可能です。そんな中でもプレス関係者や各地のフェスティバルの関係者などは1日に数公演観るなどして、30公演以上、40公演観ている人もいました。私が観たのは34公演。当初は40公演観る予定でしたが、途中で体力不足、気力不足を実感し、減らしました。本当なら全部観たい。でも無理でした。そんな中、頑張って観た公演の中で印象に残ったものなどについてお話ししたいと思います。
今回のビエナルで最も完成度の高かった作品は文句なく、パトリシア・ゲレーロが監督を務めるアンダルシア舞踊団『ピネーダ』でしょう。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
新作初演が多い中、すでにグラナダ、アルハムブラ内の野外劇場での3週間の公演に加え、パンプローナでも公演しているということも、もちろんあるでしょう。でも、もともとの作品の構成、振付、音楽、演出、衣装、装置、照明、そして出演者たちのクオリティの高さで、長いビエナルの歴史にも残るべき、屈指の作品だったのではないかと思います(ちなみに私は90年以降、ビエナルの大部分の公演を見ています)。これはおそらく演出家の手腕ゆえだと思うのですが、衣装や音楽で役柄を表現するなど、うまいなあ、と唸らせられました。主役のマリアナ・ピネダを踊るパトリシアはもちろん、反政府主義者役のエドゥアルド・レアル、取り締まる仇役のアルフォンソ・ロサ、それぞれの存在感もあって、物語を詳しく知らない人でも話の流れはなんとなくわかって楽しめたのではないかと思います。
【動画】
ビエナルのオフィシャルビデオよりも、グラナダ公演のこのプロモーション動画が作品を一番よく表現しているので、こちらを。
作品の規模はずっと小さいのですが、演出の手が光っていたということでもう一作品、挙げておきましょう。
ハビエル・バロンとロサリオ・トレドの『カプリチョス』。こちらはこれが初演。ゴヤの版画シリーズ『カプリチョス』に想を得て綴っていく短編集みたいな作品。二人の実力派の才能を見極め、想いを汲んでユーモアあふれるフラメンコで楽しい作品へと作り上げました。最後に二人で踊ったアレグリアス、88年のビエナル、ヒラルディージョのコンクールで優勝した振付。30年以上前のものなのに今見ても新鮮で、本当にいいものは時がたってもいいことを改めて証明してくれました。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
根っからのバイラオーラ、ラファエラ・カラスコの舞台『クレアビバ』も強い印象を残しました。彼女の最高の作品、というわけではないのですが、とにかく形と動きの美しさで、涙が出てくるほどでした。コンテンポラリー的なことをしても、伝統がより洗練された形で今を映しているような最後のカンティーニャスの素晴らしさが心に残ります。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
と、まずは舞踊から始めましたが、今回もっともうれしい驚きをくれたのはエスパシオ・トゥリナでのギター公演でした。その全てが質の高いコンサートだったのですが、特に印象に残ったのは三つ。ペドロ・シエラのソロ・リサイタル、ダビ・デ・アラアルのコンサート、そしてマヌエル・バレンシアの作品です。
ペドロはパルマも無しの全くの一人で、若い頃のスピードもテクニックも衰えるどころかさらに強化されているという感じで、突っ走る、という感じ。すごかった。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
ダビは多分おっとりした性格なのでしょう。ゆったりと構えて、特にソレアでは音を出さずにコンパスを回す、などという超絶技まで見せて、若さに似合わぬ落ちつきぶりで、しっかり聴かせてくれました。歌伴奏(サンドラ・カラスコ、マヌエル・デ・トマサ)、舞踊伴奏(カナーレスなど)、そしてソロと三つを並行してやっているからこそ、ということもあるのかもしれません。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
ファルキートの伴奏もしていたヘレスのマヌエル・バレンシアは歌のダビ・カルピオ、踊りのチョロと3人で、フラメンコギターの世界を見せる完璧な作品を見せてくれました。特に歌伴奏、ソロ、舞踊伴奏で演奏が全く変わっていくシギリージャが素晴らしかったです。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
また、トマティートの息子ホセ・デル・トマテと今年のウニオンの覇者ジョニ・ヒメネスと歌い手イスマエル“ボリータ”とのリサイタルも、リハーサルなし、本番当日楽屋で合わせただけと言いながらナチュラルなムイ・フラメンコで、若手の底力、フラメンコの明るい未来を見せてくれました。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
他にも、マノロ・フランコ、ミゲル・アンヘル・コルテスとホセ・マリア・ガジャルド、フアン・カルロス・ロメーロ、リカルド・モレーノとニーニョ・ホセーレが登場したこのホール。ロペ・デ・ベガ劇場が改装準備とかで使用できない今年、一番、舞台と客席の一体感もあったということもあるのかもしれません。
ギターでは他にも、アラメーダ劇場でライムンド・アマドールとのジョイントコンサートに出演したカラカフェの超フラメンコ性が忘れられません。ギターで歌う、というのはこの人のトーケのことでしょう。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
どんどん前を向いて進んでいく舞踊やギターに比べ、カンテはちょっと停滞しているようにも思いました。作品を意識してか、複数のギタリストなど多数のミュージシャンを登場させたり、舞台で歌う位置を変えたり、テーマに沿ってプログラムを組んだり、と色々試行錯誤しているのですが、そのことによってカンテ本来の持つ力が薄まってしまっているようにも思えました。
そんな中、トレメンディータがカイータと共演した『マタンセーラ』が印象に残りました。トレメンディータが演奏するエレキベースとドラムスの伴奏は、普段ギター伴奏で歌っているカイータにとっては新しいものなはずですが、その彼女が気持ちよく歌っていたということは、そのためにトレメンディータがどれだけ頑張ったかということで、トレメンの愛と敬意ゆえの結果ではないかと。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
フラメンコは未来へと進んでいきます。
閉幕を飾ったイスラエル・ガルバン『カルメン』もその一つの形。オーケストラでオペラ歌手の歌う『カルメン』も含め、『カルメン』が象徴するものを全てネタにして笑い、換骨奪胎する中で、固定観念から脱却し、本当のカルメン、本当のスペイン、本当のセビージャ、本当のフラメンコのエッセンスが浮かび上がっていく、のかもしれない。というのはともかく、パッと、腕を上に上げたその形の美しさ。フラメンコ性。その姿を思い出すだけで幸せになります。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
イスラエルはフラメンコを超えるフラメンコなのであります。
この他にも素晴らしい瞬間がたくさんありました。パコ・デ・ルシアへのオマージュである開幕ガラでのトマティート。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
ミゲル・ポベーダのコンサートにゲスト出演したエバ・ジェルバブエナのバンベーラ。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
リニャンのミュージカル風作品『ムエルタ・デ・アモール』のスペイン舞踊(ボレーラとムニェイラ)の素晴らしさ。
Archivo fotografico La Bienal de Flamenco_ @Laura León_
イネス・バカンのシャーマン性。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
アントニオ・カナーレスに即興で歌いかけるペレ。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
エスペランサがファルキートに歌ったシギリージャ。
Archivo Fotográfico de La Bienal de Flamenco / ©Laura León
たくさんの素晴らしい瞬間と、もう忘れてしまった居心地のよくない時間。
フラメンコは楽しむもの。不満は忘れて、いいものだけを心に残すことと致しましょう。
【筆者プロフィール】
志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。
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