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アーティスト名鑑 vol.31

  • norique
  • 5 日前
  • 読了時間: 5分

(miércoles, 21 de enero 2026)

 

スペイン在住30年以上、多数の一流フラメンコ・アーティストらとも親交のあるフラメンコ・ジャーナリスト志風恭子が、歌・踊り・ギターそれぞれの代表的アーティストらのプロフィールをピックアップ。過去の取材で撮影した写真や、チェックしておきたい動画などもご紹介します。

 

文・写真/志風恭子

Texto y fotos por Kyoko Shikaze

 

*名鑑登場アーティスト一覧はこちらから

 

 

Juan Manuel Valderrama Blanca

“Juanito Valderrama”

Torre del Campo (Jaén) 24-5-1916 Espartinas (Sevilla) 12-4-2004

 

フアニート・バルデラマ

本名フアン・マヌエル・バルデラマ・ブランカ

1916年5月24日ハエン県トーレデルカンポ生 2004年4月12日セビージャ県エスパルティーナ没


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フラメンコ以外の歌謡も歌い、映画に主演するなど20世紀中頃のスペインで全国区の人気を博した歌い手。その人気ゆえか、もしくは優しく音程の高い声からか、またはヒターノでもなく、トリアーナやヘレスといったフラメンコのメッカでの生まれでないせいか、コアなフラメンコ好きから軽んじられる傾向もなかったとは言えないが、カンテの幅広く深い知識をもち、ムルシア州ラ・ウニオンで今なお開催されているカンテ・デ・ラス・ミーナスのフェスティバルも、その地を訪れたバルデラマがミネーラなどカンテ・デ・レバンテをかえりみない風潮を嘆いたことから始まった。トレードマークのつば広の帽子で長らく、1930年代から90年代まで現役で活躍した。

 

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1989年マラガ県アラウリンのフェスティバルにて。ギターはルイス・カルデリート。おじさんたちが舞台前にやってきて上着やワインの入った皮袋を投げたり(それらを舞台から投げ返す)と、闘牛士のような人気ぶりだった。

 

【動画】

スペイン国営放送が制作したドキュメンタリー。彼の歌い手としてのキャリアや人生をおう。ヒット曲から純フラメンコまでたくさんの歌唱も収録されている。

 


代表曲『エミグランテス(移民)』、フアニート自身の作詞で、作曲はセビージャ生まれのフラメンコ・ギタリスト、ニーニョ・リカルドです。1949年の曲で、当時、貧しかったスペインから外国へ出稼ぎに行く人が多く、故郷スペインを思いつつ、というこの歌がヒットしたのも時代背景ゆえだろう。



妻で歌手のドローレス・アブリルとの『ペレア・エン・ブロマ(冗談喧嘩)』は人生後半のヒット。1991年のカナルスールでのビデオ。

 


 Constanzo Greco

“José Greco”

Montorio nei Frentani (Italia) 23-12-1918 Lancaster(E.E. U.U.)31-12-2000

 

ホセ・グレコ

本名コンスタンツォ・グレコ

19181223日イタリア、モントーリオ・ネイ・フレンターニ生まれ、20001231日アメリカ、ペンシルバニア州ランカスター没


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母はスペイン人だったが、父の故郷イタリアに生まれ、10歳で渡ったニューヨークでスペイン舞踊を学び、ラ・アルヘンティニータ、ピラール・ロペス姉妹の舞踊団で活躍し、1949年に自らの舞踊団を結成。アメリカ全土はもちろん、中南米や欧州でも公演し、映画『八十日間世界一周』(1956年)にも出演するなど、20世紀中盤の世界で一番有名な男性フラメンコダンサーだった。レコード録音も複数あり、1962年発表のイスパボックス社のアルバムではペペ・デ・ルシアが歌っているが、その兄パコ・デ・ルシアも1963年、まだ16歳という若さでグレコ舞踊団のギタリストとしてアメリカでの公演に参加している。息子ホセ・ルイス・グレコ(1953)は作曲家、息子ホセとカルメラ、スペイン国立バレエ団で活躍した舞姫ローラ(1964)も踊り手で、2002年、日本で舞踊団公演を行った。



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【動画】

アメリカの有名なテレビ番組エド・サリバン・ショーでスペイン舞踊を踊る。

 


Melchor Jiménez Torres

“Melchor de Marchena”

Marchena (Sevilla) 17-7-1907  Madrid 1980

 

メルチョール・デ・マルチェーナ

本名 メルチョール・ヒメネス・トーレス

1907年7月17日セビージャ県マルチェーナ生まれ 1980年マドリード没


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カンテ伴奏の名手といえば真っ先に名前が上がるだろう、歴史上のギタリストの一人。セビージャから東へ19キロ、ウトレーラやレブリーハほどには有名ではないが、モロンやプエブラ・デ・カサージャ、カルモナなどの町と隣り合うこの町でもフラメンコを愛する人は多く、ギタリストだった父、歌い手だった母のもとに生まれた。やがてセビージャのアラメーダ界隈で経験を積み、ニーニャ・デ・ロス・ペイネスやマノロ・カラコール、アントニオ・マイレーナなど歴史に名を刻んだ歌い手たちを多く伴奏するだけでなく、ソロ演奏も録音している。歌が聞こえてくるようなそのギターの音色は彼ならでは。なお生地のフラメンコ・フェスティバルはこの町の名を芸名に活躍した彼にちなんで、フィエスタ・デ・ラ・ギターラといい半世紀以上の歴史を誇る。息子は早逝したギタリスト、エンリケ・デ・メルチョール。

 

【動画】

スペイン国営放送のテレビ番組『カンテの祭儀と地理』から。シギリージャ、タンギージョなどのソロのほか、マノロ・カラコールの伴奏も。インタビューも充実。若き日の息子エンリケ・デ・メルチョールも。

 

 

【筆者プロフィール】

志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。

 

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