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- アルテの泉 ~La Fuente del Arte~ Ⅱ
(viernes, 28 de julio 2023) フラメンコダンサーとして様々な舞台で活躍し、また舞踊作品の振付や演出、さらには教室を主宰するなど多才な活動を行っている田村陽子さんの連載を、毎月1回半年間にわたりお届けします。 第2回目となる今月は、奇数月のテーマ「バイレの現場から」について、今の季節にふさわしい内容のエッセイをご紹介します。 文/田村陽子 Texto por Yoko Tamura Side B:バイレの現場から 「暑さと練習」 季節的に当たり前だけれど暑いですね。ダラダラ汗が止まりません。何もしなくても流れ出る汗は不快ですが、運動してかく汗は最高です。体に良い事しているっていう気分になります。もちろん水分補給は忘れずに。 寒い時に比べて身体が動きやすいので、今の時期は色々とチャンス! 特に柔軟性を身につけるにはもってこいではないでしょうか。いつもよりも少しだけ無理しても壊れにくいのではないかな、と思います。また柔軟性を高めれば怪我しにくくなりますし、表現の幅も広がります。 誰かの踊りを観て「あ、こんな風に私も踊りたい」と思ったら、とことん観察します。体のどの部分をどの様に使っているのかな…。隙のない人ほど表面に見える動きは控えめで、コアの部分で踊っているなぁと感じます。いわゆる先端の部分はコアについていっているだけで、無駄なくナチュラル。 体の芯の部分をしっかり鍛えて、他の部分はゴムの様に柔らかくのびのびと動くのが私の理想です。そこに向けて体幹トレーニングとストレッチを一生懸命しています。理想の動きに近づくには、自由自在にコントロールできる体を手に入れなくてならないと思っています。 柔軟性というのは、サボると如実に表れます…。すぐにこんなはずじゃなかったのに、となってしまうので、今の暖かい(暑い)時期に基礎を作り上げてしまいたい! そうすると、これから寒くなって来た時に楽になると思います。 練習中はあまりエアコンを強くしたくない派です。ボーっとなるほどの暑さはNGですが、汗をかいた時に少し動きが止まると急に冷える事がありますし、筋肉も硬直します。ちょっと暑くて汗が出るな、くらいで練習するのが好きです。満足度も上がりますし、プラス思考になります。 暑い日はむしろスタジオへの移動の方が辛いですね。心が萎えそうになる時もありますが 「その時の100%を出す」 を目標に頑張るのです。 気分が乗らなくて50%しか出来なくても、その50%を100%出すのです。10%や20%にしてはいけない。これは野球のイチロー選手の受け売りですが、そう思うと辛い時でも頑張れます。 試合の一振りで何万人をも魅了する彼とは比較にもならないけど、私のステージを観て 「元気が出た」 「明日から頑張ろうと思った」 「心が洗われた」 など感想を聞くと、こちらも嬉しくなってもっともっと頑張ろう!と思えるのです。それぞれの大切な時間を使って観に来てくれる一人一人の事をいつも考え大切にしています。 今週末は10年振りの日比谷野外音楽堂での『真夏の夜のフラメンコ』。暑い中観に来て下さる皆様と最高の時を過ごせるよう、しっかり準備いたします。 ¡¡¡¡¡¡ Vamooooooooos!!!!!! 【プロフィール】 田村陽子(Yoko Tamura) /フラメンコダンサー、フラメンコ教室「Estudio LA FUENTE」主宰。 幼少よりバレエ、バトントワリング、ジャズダンス等様々なジャンルの舞踊を習得。17歳のころより中井不二子、アントニオ・アロンソ、水村繁子らに師事した後2002年小松原庸子スペイン舞踊研究所に入所。同舞踊団の下、フラメンコやクラシコエスパニョールをスペインの著名アーティストらに指導を受け、国内外の公演に多数参加。2012年7月退団後は国内のタブラオ出演や多様なジャンルとのコラボレーション、テレビCM出演等多彩な活動をしている。また、スペイン留学を重ね多くの一流アーティストらに師事、研鑽を重ねつつ舞台やライブの創作活動にも意欲的に取り組む。 2011年第6回CAFフラメンコ・コンクール優勝。2015年フラメンコ生活20周年記念公演「Mirada∼Piano con Duende」にて平成27年度文化庁芸術祭新人賞受賞。 >>>>>
- 《新連載》アルテの泉 ~La Fuente del Arte~ Ⅰ
(viernes, 30 de junio 2023) フラメンコダンサーとして様々な舞台で活躍し、また舞踊作品の振付や演出、さらには教室を主宰するなど多才な活動を行っている田村陽子さんの連載が、今月からスタートします! 全6回の連載で、偶数月は「プロに聞きたい!Q&A」として、踊りにまつわる様々なお悩みに答えていただきます。奇数月は「バイレの現場から」と題し、ダンサーとして演出家として指導者として、経験した事や感じた事についてのエッセイをお届けします。 文・写真/田村陽子 Foto y texto por Yoko Tamura Side A:プロに聞きたい!Q&A Q1. マルカールで踊るときに、なかなか先生のような美しい姿勢になりません。どうしたら美しいマルカールで踊れるようになりますか? A1. マルカールで私が意識していることは「床とのコンタクト」です。 つるっと表面だけの動きにならないようにするために、足の裏と床をなるべく密着させて、溜めを感じられるようにします。 そこを意識すると、不思議と上半身が引きあがり背筋がピンッとします。 そうして土台を作り、そのほかの部分はなるべく余分な力を抜くように意識してはどうでしょうか。幹(体の軸)がしっかりしていれば、自然と枝が広がりきれいな花を咲かせられると思います。 Q2. プロの方の自主練って、どんな練習をしているんですか? A2. 練習の仕方は個人によって大分差があると思います。 私の場合、80%は基礎練習ですね。筋力トレーニングもします。 怪我をしにくい体を作ること、その上で自分の意志で自由自在に動かせる体を目指しています。あるスペイン人アーティストに聞いた「踊りはコントロールだ」という言葉がずっと頭に残っていて忘れられず、 ・体 ・リズム ・感情 ・技術 全てをコントロール出来るようにするには反復しかないなと思っているので、ひたすら基礎練習を繰り返しています。 その日良かったこと悪かったことを察知し、その都度修正していく。そんな作業をしています。 Q3. レッスンを受けていて、何か分からないことがあっても熱心に指導してくれているから、途中で質問しにくくて…。レッスン中に質問するのは、やっぱり良くないですか? A3. 私は質問大歓迎です♪ 新しいパソを振付したときや復習したときに必ず「質問は?」と聞きます。 生徒の皆さんの多くは「他の人はもう分かっているかもしれないし、流れを止めたら悪いな」とお考えのようですが…むしろ逆です! 『人の注意は自分の注意、人の質問は自分の質問』 と思いレッスンに臨む。これはとても大事なことです。 他の人が聞いてくれたから分かることがたくさんありますし、講師側からすれば「なるほど。こういうポイントが引っかかるのか」と、次回以降のレッスンに役立ちます。 質問は、皆で共有して上達するための素敵なアイテム。 講師の言葉を遮ったり、今言われたばかりのことを重複したりしなければ全然問題ないと思います。 どんどん質問してみてください。 【プロフィール】 田村陽子(Yoko Tamura) /フラメンコダンサー、フラメンコ教室「Estudio LA FUENTE」主宰。 幼少よりバレエ、バトントワリング、ジャズダンス等様々なジャンルの舞踊を習得。17歳のころより中井不二子、アントニオ・アロンソ、水村繁子らに師事した後2002年小松原庸子スペイン舞踊研究所に入所。同舞踊団の下、フラメンコやクラシコエスパニョールをスペインの著名アーティストらに指導を受け、国内外の公演に多数参加。2012年7月退団後は国内のタブラオ出演や多様なジャンルとのコラボレーション、テレビCM出演等多彩な活動をしている。また、スペイン留学を重ね多くの一流アーティストらに師事、研鑽を重ねつつ舞台やライブの創作活動にも意欲的に取り組む。 2011年第6回CAFフラメンコ・コンクール優勝。2015年フラメンコ生活20周年記念公演「Mirada∼Piano con Duende」にて平成27年度文化庁芸術祭新人賞受賞。 >>>>>
- 新連載☆ faroles para futuros flamencos 〜未来への道標〜 vol.1
( viernes, 22 de diciembre 2023) 大阪を拠点に活動し、劇場公演からタブラオライブまで日本各地で活躍する今人気急上昇中の若手フラメンコダンサー、出水宏輝さんのエッセイを今月から 2か月毎に全6回、1年間にわたりお届けします。 初回となる今回のテーマは、ご自身の原点でもある「フラメンコとの出会い」について語っていただきました 。 文/出水宏輝 Texto por Kouki Demizu 今回より新エッセイ「faroles para futuros flamencos〜未来への道標〜」を執筆させていただくことなりました出水宏輝(でみずこうき)です! さて本日は最初の回ということなので、僕の紹介をさせていただければと思います。 僕は大阪を拠点として活動する男性舞踊手です。私がなぜフラメンコに出会ったのか? それは10歳の時でした。 僕は父親、母親、お姉ちゃん、妹の5人家族の真ん中っ子。姉妹が喧嘩したらどっちかの話を聞いてはなぐさめて。まだ妹が生まれてないときも、父親の仕事について行く姉がいれば、母親と一緒にいる僕がいて。そんな様子を伺って行動する子供でした。 父親、お姉ちゃん、妹はO型で、母と僕はA型。趣味や好みも自然とその組み合わせで行動することも多かったです。(笑) 父親は昔プロボクサーだったとのことで、自宅にはボクシンググローブ、ボクシングミット、サンドバッグなどがあって、時間さえあれば父親には「よし!サンドバッグ叩け!」と日々言われる生活でした。お姉ちゃんはノリノリで叩いていましたが、僕は全く気分が乗らない。父親からすると期待に添えない息子でした。昔から喧嘩や争いごとが嫌いで「人を殴るってなんで?」と思いながら、嫌々ながらもサンドバッグを叩く日々が続きました。どうしてもその流れをやめたい、変えたいと思い、習い事を始めました。サッカー、柔道、ラグビー。でも半年も続かず、スポーツは全くもってダメ。なんなら苦手でした。かといって勉強ができるわけでもない。 …とある、普通の休日。 父親に誘われて「今から出かけるぞ!用意して服着替えなさい!」と言われて、いつも通り公園いってマクドナルド行くんかなーと楽しみに家を出たら劇場。何も分からずに入っていくと「フラメンコの発表会」 僕の頭の上には「???」状態。 父親に「マクドナルド行くんじゃないの?」と聞くと、「今日はお母さんの発表会見に来たんやでー」 「????発表会??なにそれ」 「お母さんな、フラメンコやってんねん今。それの応援に来たから一番前の席とるで!」と言われ、「フラメンコって何?お母さんがフラメンコ?なんの話してんの?」と心中で思っていました。どうも習い始めて8ヶ月で発表会に出ていたようです。 そして下手側の一番前の席に座って発表会を楽しみました。 フラメンコあるあるだと思うのですが、当時の自分には身内を群舞の中から見つけるのは難しかったです。最後まで母親を見つけることはできない発表会でした。(笑) でも発表会の中で一睡もせずにずっと見ていたのが、田中光夫先生のギターでした。 あんなにも優しい音色、鋭い響きのあるギターを生で聞いたのは初めてでした。フラメンコの印象が踊りからギターに変わった瞬間でした。 発表会が終わり、母親が家に帰ってきて、 「今日はありがとー。フラメンコどうやった?」 と感想を求められ、第一声に 「ギターを習いたい」 そう返答した僕は10歳の時にフラメンコギターを習い始めました。 石川敬子フラメンコ教室で教えている田中光夫先生のギタークラスは、踊り伴奏を中心に指導していました。 踊りのクラスに併せて開講しているギタークラスで、最初の2〜3年はずっと構えのみ。1弦だけ弾かせてもらえたら良い方。それぐらい基礎を大切にされている教室で構えの基本から教えてもらいました。でも全く苦ではなくて通うことがとっても楽しかったです。 ギターを習い始めて2年ほどが経った12歳のとき、いつも通りパルマクラスを受けていたら舞踊の棚原美和先生に、 「宏輝くん、〇〇のエスコビージャやってみてー。足何センチ?女性ものの靴やけどー。はい、いくよー」 とコンパスが流れ始め、周りは騒然。そらそうです、ギターを習いにきている男の子ですもん。 ところが…、 足を鳴らすことができたのです。 周りは拍手で、 「えーーーすごいーーー!なんでできんのー?!!!」などとたくさん感想を言ってくれて。ギタークラスが踊り伴奏のクラスだったから、足を覚えていたのです。 僕はその喜びと達成感に溢れて 「なぁ、お母さん。踊り習いたい。あの靴が欲しいんやけど」と、懇願してフラメンコ舞踊を習い始めました。 初めは踊りなんて恥ずかしいし、リズム感もないし、運動神経は悪いし。と思っていましたが、そんな自分のできないことよりも、「音のなるフラメンコシューズ(ボタ)を履ける喜び」があり習い始めました。 そして踊りを習い始めて2年後の14歳でタブラオデビューさせていただけることになり、フラメンコの舞台に出始めるようになりました。 田中先生に 「宏輝、舞台立つからアーティスト名いるなぁ。何がええやろなぁ」 といわれ、 「それやったらスペイン語の〇〇先生に相談して聞いてみましょうよー」と棚原先生。 そして数日後。 「宏輝の名前、決まったぞ!ファロリートや。」 僕は、ぽっかーんとしていました。 Hola、Graciasをやっと覚えたところなのに、「そんな名前覚えられへん」と心の中で思っていました。(笑) 「ファロリートっていうのはFarolitoって書くんや。『Farol』って街灯って意味。宏輝の漢字は広く輝くで『宏輝』という字やろ?それをスペイン語の〇〇先生が見てくれてなぁ。そうつけてくれたんや。『街灯』って街を照らす灯りで、1個の灯りでも道が明るくなるやろ?フラメンコ界も明るくしていってほしい、そんな思いもあってFarolが使われることになったんや。でも宏輝はまだ14歳で若い。これから大きくもなっていかないとあかん。そんな意味もこめて『Farolito』になったんや」 もう初めて聞いた時は感動でした。そんな名前があるスペイン語にも驚きましたが、そう見てくれている先生方、スペイン人の先生が漢字を理解してつけてくれたことがすごく嬉しかったです。 それから僕は大学に進学して、スペイン留学へ行くことになっていきました。 次号へつづく ▶︎「スペイン留学、そして初めてのソロリサイタル 〜前編〜 」 【プロフィール】 出水宏輝 (Kouki Demizu)/10歳の時に石川敬子フラメンコ教室にてフラメンコを始め、田中光夫氏にギター・カンテを、舞踊・パルマを棚原美和氏に師事。14歳のときにタブラオ ロス・ヒターノスで男性舞踊手としてプロデビュー。2014年、官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の1期生として1年間スペイン留学。2018年第1回全日本フラメンココンクールで努力賞、2019年日本フラメンコ協会第28回フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」で奨励賞、2021年第10回エルスール財団新人賞(フラメンコ部門)を受賞。 また、2018年摂南大学入学宣誓式にて、在学生300名以上とフラメンコのフラッシュモブを大阪城ホールにて実施。 現在、大阪を拠点としながら全国各地で精力的に活動している。 ☆活動情報はこちらから。 https://lit.link/farolitoflamenco >>>>>
- faroles para futuros flamencos 〜未来への道標〜 vol.2
( viernes, 23 de febrero 2024) 大阪を拠点に活動し、劇場公演からタブラオライブまで日本各地で活躍する今人気急上昇中の若手フラメンコダンサー、出水宏輝さんのエッセイを 2か月毎に全6回、1年間にわたりお届けします。 第 2回となる今回のテーマは、初めてのスペイン留学とあの大物アーティストとの出会いについて語っていただきました 。 文・写真/出水宏輝 Texto y fotos por Kouki Demizu 連載第2回目の本日は「スペイン留学、そして初めてのソロリサイタル 〜前編〜」についてお話ししたいと思います。 (※伝えたい内容が多すぎたため、今回は「前編」としてスペイン留学を中心にお伝えいたします。) フラメンコを始めた10歳のころからずっと「スペインへ行きたい」と思い続けていました。 本場に行かないとあかんだろうと。 それから5年。念願の初渡西を15歳ですることができました。当時は中学3年生、高校受験の筆記・面接試験が終わった翌日からスペインへ滞在するという、受験シーズンに普通では考えられないタイミングで行きました。スペインには10日ほど滞在する予定だったので、合格発表を見に行けず母親が行ってくれたことを今でも覚えています。受験結果は合格していたので現地でたくさんの方々にお祝いしていただいたことも鮮明に覚えています。その連絡が届いた時は、カルメリージャ・モントージャのクラスを受けていたときなので、彼女からも祝福のメッセージをもらうことができました。幸せだったなぁ。帰国前にはマドリードの「Corral de la morería」へフラメンコ鑑賞に行き、演目の最後には舞台にあげていただきセビジャーナスを踊るなんて場面も。 (写真)初渡西時のカルメリージャ・モントージャ(右)のレッスン(合格発表を聞いたとき) そんな初渡西から夢がどんどんと膨らんでいき、「スペインに長期留学したい」そう思うようになりました。でもスペイン留学をするとなったときに高校卒業してから自腹で行くよりも、大学に入学してから留学した方が「日本の社会には合っている」と思い、僕はスペイン語が学べる大学を探して、大阪にある摂南大学の外国語学部(現、国際学部)へ入学しました。 スペイン語コースで語学や文化を学び、留学へ行くことができる最も早い時期の大学2回の後期から無事に留学が決定! 留学先は大学との協定校である「サラゴサ大学(La Universidad de Zaragoza)」への語学留学。すなわち交換留学だったため、留学期間も含めて大学4年間で卒業ができる制度でした。 ただ、お金に余裕のなかった僕は奨学金を調べていました。そんなときに大学からのお知らせで、文部科学省が展開する官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN〜日本代表プログラム〜」の募集が開始されるとの情報が目に留まりました。それがどんなものか全く分からなかったので、とにかく説明会へ参加。 要約すると、留学プランを自分で設計して、それに対しての奨学金が返済不要でもらえるという制度でした。 「これなら、フラメンコ留学ができるかもしれない」 そんな、夢が広がる内容でした。すぐさま申し込みして、無事に書類審査に合格。次に面接も合格して、約5倍の倍率を通過して派遣が決定しました! 当時は渡航費20万円、授業料全額支給、毎月16万円の奨学金がもらえる制度でした。その金額と自分のやりたいことを加味して、1年間のうちに8ヶ月間をサラゴサ大学の語学留学、残りの4ヶ月間をセビージャでフラメンコ留学することが決定しました。 実は大学入学したての18歳の時から「20歳でフラメンコのソロリサイタルをしたい」と夢を描いていたのですが、フラメンコ留学が決定したので開催ができない。 「そうや! 帰国してから開催すればいいんや!」 そう思った僕は、この留学をソロリサイタル開催に向けた準備留学として行こう!と、そう決意して留学へ行きました。 留学先のサラゴサは学生には住みやすい街で、安全で、落ち着いていました。カフェや図書館も意外と多かったので、勉強に集中しやすい街でした。マドリードから少し北の方に位置するので、冬は寒く夏は涼しい、そんな街でした。 サラゴサは「La JOTA(ラ・ホタ)」が有名なアラゴン州の街。セビージャはセビジャーナスのお祭り「Feria(フェリア)」がありますが、サラゴサはホタを見ることができる「La fiesta de la Pilar(ラ・フィエスタ・デ・ラ・ピラール)」というお祭りがありました。毎日朝から晩まで、老若男女が街でフィエスタを楽しんでいる。それはスペインどこの街も同じでしたね(笑) セビージャには夏場をメインに留学しましたので、それはそれは日焼けがすごい。元々焼けやすい体質で日々の外出で黒くなる僕にとっては、サクラクレパスの「まつざきしげる色」に匹敵するぐらいの黒さでした(笑) 少し話がそれましたが、セビージャでは主にファルキートに師事しました。サラゴサへ留学する前にセビージャでは「La Bienal de Flamenco Sevilla」が開催。ファルキートも公演するということで観に行き、終演後にアポを取りました。事前に連絡をしていたこともあったので、上手いこと話も進みクラスの話は無事完了。今思えば公演終わりにこんな話に付き合ってくれたファルキートには申し訳ない気持ちでいっぱいです。 そして迎えたファルキートの個人レッスン。彼の自宅にあるスタジオでさせていただきました。 フ…ファルキート 僕…出水宏輝 フ「何を学びたいんや?」 僕「あなたの空気感、フラメンコを学びたいです」 フ「ハハハ(笑)それはもちろん大事やけど、なんの曲を学びたいんや」 僕「アレグリアス。あなたのアレグリアスのように、空気がさわやかになるアレグリアスを学びたいです。できないだろうと思う。でもできなくても空気感を学びたいんです。そしてそのアレグリアスをソロリサイタルで使いたいんです」 フ「ソロリサイタルするんか?」 僕「はい!したいんです。そしてそのタイトルをあなた、ファルキートに決めてほしいんです」 フ「わかった。コンセプトを教えて」 といろいろと進んでいき、タイトルは後日発表するからということでアレグリアスの振り付け指導が始まりました。 それは難しい。簡単ではなくて振付を簡単に取れないのが悔しい。 でもそれ以上にあの時間は特別な時間でした。 濃厚で、新鮮で。 キツくも指導して下さいました。 フ「ファロリート、フラメンコで必要なものはなにか分かるか?」 僕「えーーーっと、パソと、ジャマーダと、レマーテと…」 ってあほな回答を。 するとファルキートは突然僕にタオルを投げてきました。 フ「今何した?タオル投げた時になにした?」 僕「よけた」 フ「それや。その行動が必要なんや。その行動、すなわち瞬発力。フラメンコでギターリストが違う弾き方したらどうする? 歌い手がいつもと違う長さの歌を歌ったらどうする? そのままの振付を踊る? そんなことはしたらあかん。必ずギターや歌に反応して、踊らないとダメ。アレグリアスだけじゃない、全曲に伝えれること」 そう言われて、初めて彼のレッスンで涙が出ました。 ここまで熱く教えてくれるアーティストって他にいるだろうか? ますます好きになってしまった時間でした……。 ▶ 「スペイン留学、そして初めてのソロリサイタル 〜後編〜」 へつづく。 【プロフィール】 出水宏輝(Kouki Demizu) /10歳の時に石川敬子フラメンコ教室にてフラメンコを始め、田中光夫氏にギター・カンテを、舞踊・パルマを棚原美和氏に師事。14歳のときにタブラオ ロス・ヒターノスで男性舞踊手としてプロデビュー。2014年、官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の1期生として1年間スペイン留学。2018年第1回全日本フラメンココンクールで努力賞、2019年日本フラメンコ協会第28回フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」で奨励賞、2021年第10回エルスール財団新人賞(フラメンコ部門)を受賞。 また、2018年摂南大学入学宣誓式にて、在学生300名以上とフラメンコのフラッシュモブを大阪城ホールにて実施。 現在、大阪を拠点としながら全国各地で精力的に活動している。 ☆活動情報はこちらから。 https://lit.link/farolitoflamenco >>>>>
- faroles para futuros flamencos 〜未来への道標〜 vol.3
(viernes, 26 de abril 2024) 大阪を拠点に活動し、劇場公演からタブラオライブまで日本各地で活躍する今人気急上昇中の若手フラメンコダンサー、出水宏輝さんのエッセイを2か月毎に全6回、1年間にわたりお届けします。 第3回となる今回は、初めてのソロリサイタルの話題を中心に語っていただきました 。 文・写真/出水宏輝 Texto y fotos por Kouki Demizu いつもご覧いただきありがとうございます! 「faroles para futuros flamencos 〜未来への道標〜」第3回目は「スペイン留学、そして初めてのソロリサイタル〜後編〜」についてお話ししたいと思います。 ファルキートとのレッスンが何日間か続き、アレグリアスの振付も終盤を迎えました。 フ…ファルキート 僕…出水宏輝 フ「よし、ほんなら最初から通すで! 力抜いてリラックスして踊りや!」 そう言われて、緊張ながらも最初から通すことになりました。 ファルキートの前で踊るだけでも緊張するのに……。 通すときに彼は、自宅にあるカホンやジャンベなどの楽器を叩きながら、歌も歌ってくれました。(一人で4役も笑) ただ単にパルマ叩いてくれて通すだけだと思っていたので、 僕「え…そんなにたくさんしてくれるの?」 と聞いたら フ「フラメンコはイメージが大切。パーカッションから出てくる音色で風景をイメージして、歌詞を聴くように踊るんや」 そう、教えてくれました。 最初で最後の通し。 それは涙も溢れるものとなりました。踊ってるときは失敗もたくさんしたけど、踊り切った時にはハグをしてくれました。 今でもあの振り付けを踊るとその時の感覚が思い出されます。身体が覚えてくれているんだなと思うと、改めてフラメンコの感覚ってすばらしいなと思いました。 (写真)ファルキートと僕。ソロリサイタルのチラシにサインを書いてもらいました そしてレッスン終了後、ファルキートがソロリサイタルのタイトルを考えてくれたと言ってくれました。 『La luz de aquella Farola』 La luz は 光 de aquella は あの farola は (farolよりも大きい)街灯 『あの街灯の光』 フ「farolaというものはfarolよりも大きい街灯のことや。道にある2つに垂れ下がってる街灯わかるか? あれがfarolaっていうんや。farolは1つの光しかない街灯で、よく道の壁とかにくっついてたりするようなもの。だからFarolitoはさらに小さい光のこと。そのFarolitoという小さな光が、farolaという大きな光に向かって歩んでいく姿。それでこの名前をつけたんやけど、どうや?」 と。 僕「そう、それが僕のコンセプト通りでまさにそういうことが伝えたかったんです!」 フ「ほんでや、ファロリート。Camarón(de la isla)の『La luz de aquella farola』っていう曲知ってるか? そのタイトルから連想させたんやけど、レトラも良い歌詞やから聞いとき!」 なんか…、すごいなって思いません?(笑) 僕のコンセプトからカマロンの曲が連想されてそれがピッタリやって思ってくれた彼のひらめき、感動しました。 そこから日がたち、 【Farolito Solo Recital 「La luz de aquella 'Farola' 〜街燈の灯り〜」】開催が決定しました。 開催が決定してから、再びスペインへ。 この滞在ではEduardo Guerreroのクラスを受講しました。 彼から学んだことが、こりゃまた大きかったです。 自分というものを引き出してくれるし、音楽と身体をどうあわせていくかということを、実際に見せて伝えてくれました。 身体全部で踊るってこのことかってぐらい、全身筋肉痛に見舞われる日々でした。笑 (写真)エドゥアルド・ゲレロにもサインをいただきました そして帰国後、ソロリサイタルを開催しました。当時大学生だった僕は、 「フラメンコの認知度向上と若手フラメンコを育成したい」 その夢を大学に語ったところ、大学も全面的に応援してくださることになりました。 そして大学の最寄駅にある駅近のホール350席が、うれしいことに開催日までにSOLDOUTで満席に。 当日のプログラムにはもちろん、カマロンの曲『La luz de aquella farola』を取り入れました。 なんならオープニングにしちゃいました。笑 まだまだ未熟なFarolito(街灯)だけど、フラメンコに一歩でも近づきたくて、夢(Farola)に向かって光り続けていく姿をテーマに演じました。 たまたまソロリサイタルでそのテーマを掲げましたが、これからのフラメンコ人生でもそのテーマのまま真摯に向き合っていきたいなと感じました。 きっかけは大事。でもそのきっかけを作るのも自分次第だな、と感じたソロリサイタルでした。 そして、その翌年からコンクールなどに挑戦していくようになりました。 次号へつづく ▶︎「コンクール&新人公演への挑戦」 【プロフィール】 出水宏輝(Kouki Demizu) /10歳の時に石川敬子フラメンコ教室にてフラメンコを始め、田中光夫氏にギター・カンテを、舞踊・パルマを棚原美和氏に師事。14歳のときにタブラオ ロス・ヒターノスで男性舞踊手としてプロデビュー。2014年、官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の1期生として1年間スペイン留学。2018年第1回全日本フラメンココンクールで努力賞、2019年日本フラメンコ協会第28回フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」で奨励賞、2021年第10回エルスール財団新人賞(フラメンコ部門)を受賞。 また、2018年摂南大学入学宣誓式にて、在学生300名以上とフラメンコのフラッシュモブを大阪城ホールにて実施。 現在、大阪を拠点としながら全国各地で精力的に活動している。 ☆活動情報はこちらから。 https://lit.link/farolitoflamenco >>>>>
- faroles para futuros flamencos 〜未来への道標〜 vol.4
(viernes, 28 de junio 2024) 大阪を拠点に活動し、劇場公演からタブラオライブまで日本各地で活躍する今人気急上昇中の若手フラメンコダンサー、出水宏輝さんのエッセイを2か月毎に全6回、1年間にわたりお届けします。 第4回となる今回は、コンクールや新人公演に出場したエピソードについて語っていただきました 。 文/出水宏輝 Texto y fotos por Kouki Demizu 写真/大森有起 Fotos por Yuki Omori いつもご覧いただきありがとうございます! 「faroles para futuros flamencos〜未来への道標〜」第4回目は「コンクール&新人公演への挑戦」についてお話ししたいと思います。 ソロリサイタルを終えた翌年から、全日本フラメンココンクールとフラメンコ・ルネサンス21「新人公演」に挑戦しました。 2018年、全日本フラメンココンクールに挑戦したのは第1回目のとき。出ようと思ったきっかけは、カメラマンの大森有起さんからのご案内。それを見つけて受けることとした僕はすぐさま申し込み。何も考えずにとにかく申し込みを急いだことを覚えています。 当時の全日本フラメンココンクールは、予選・本選いずれも会場は「インスティトゥト・セルバンテス東京」。 お金がない僕は夜行バスで行って、到着してからすぐにリハーサルをして、コンクールに挑んでから、夜行バスで帰るという金欠過密スケジュールでした。 今考えると、作り込むほどの仕上げができていない行動に猛省です………。 予選で挑戦した曲は「アレグリアス」。 前回のエッセイでお話しした、ソロリサイタルでも踊ったファルキートとエドゥアルド・ゲレロに振り付けてもらった「アレグリアス」を5分にまとめて踊りました。 伴奏は、ギターを東京在住の尾藤大介さんに、カンテは小松美保さんにお願いしました。小松さんは以前に共演させていただいたことがあって、歌の雰囲気やレトラの感じをイメージした時にアレグリアスはお任せしたい、と思いお願いしました。 そして予選通過! 本選にも挑戦することとなりました。 本選は「ソレア」を踊りました。 ギターを引き続き尾藤さんに、カンテは歌っていただきたいレトラがあったので大阪在住の小山奈美さんにお願いしました。 この時の「ソレア」は特に振り付けてもらったものではなく、これまで見て学んできたものを用いて、初めて自己流に作ったもので挑戦しました。 結果は優勝とはなりませんでしたが、予定になかった【努力賞】を受賞することができました。 もちろん受賞して終わりではないけど、これをきっかけに次の新人公演出場のモチベーションへとつながりました。 翌年の2019年、第28回フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」は抽選にも通り、やっと参加できることとなりました。 新人公演では、出場前から「アレグリアス」を踊ることを決めていました。 コンクール、新人公演、ライブ、公演など全ての本番を迎える時に、必ずイメージを持って踊るようにしています。 個人的に「アレグリアス」と聞いて、広がるイメージは 青い海と空が広がり、雲は一つもなく太陽はカンカン照り。 足首ぐらいまで海の水に浸かっていて、水をパチャパチャさせてフラメンコで遊んでいる です。 このイメージを出すためにも衣装や靴などビジュアル部分から考えて、全体の色味は「ブルー」と決めました。 新人公演に出場するということをいつもライブやイベントの応援に駆けつけてくださる方々にお伝えしたところ、フラメンコシューズをプレゼントしていただきました。 僕の挑戦を応援してほしいので見に来てほしいという、厚かましいお願いをしたかっただけなのに、フラメンコシューズまで買ってくださるとは本当にありがたい気持ちでいっぱいでした。 オーダーメイドで購入していただいた「Artefyl」の青いフラメンコシューズ。 とは言え、現地で履いたわけでもないので、サイズが合っているかもわからないしスペインから届くかも不安でしたが、無事に届いて本番で履くことができました。 スーツも上下ブルーだったので全身ブルーになりましたが、肌の黒さが砂浜の雰囲気を出せたのかな?と思うと、まさに僕の持つイメージ通り(笑) ギターは尾藤さん、カンテは小山さん、カホンに橋本容昌さん。カンテの小山さんとは何度か大阪で合わせをしていましたが、ギターの尾藤さんとカホンの容昌さんは本番前日のみ。 本番までの時間は考えれば考えるほど何をするべきかわからなくなっていた時間ですが、とにかくイメージを見ていただいてる方々にも伝えて、自分らしさを出せるように頑張ろうと踊りました。 本番の感覚は覚えてませんが、楽しめたことは今でも覚えてます。心の底から楽しいと感じられるように踊れたことが、僕にとっては大収穫でした。 「2番 出水宏輝 アレグリアス」 今でもこの番号も、名前も、曲名も、イントネーションを聞くとあの時の緊張感を思い出します。 結果は後日発表されるとのことだったので、その日は出場後すぐに大阪へ帰りました。たくさんの方が応援に駆けつけてくれて、本当に支えられた挑戦でした。 結果が出た時はマレーシアに向かうフライト中でした(笑) 現地到着後にWi-Fi接続をしたら、祝福のLINEがたくさん届いてました。 そしてメールも見て、正式に受賞できたことを身をもって感じることができました。 本番前の「頑張って」 本番後の「おめでとう」 これを言われると安心するし、また頑張る気になれます。 今ではライブや公演を通して、そんなことを感じながらフラメンコと向き合っています。 挑戦って難しい。 何やってもできないことが、まず始めに目の前にやってくる。 だからこそ向き合っていかないといけないなと思います。 個人的な意見ですが、フラメンコのコンクールは勝敗や結果をもらうものではなくて「まずは過去の自分に勝つこと」だと思います。 過去の自分に勝つために少しずつ努力すると良いのかな?と思います。 次号へつづく ▶︎「コロナ禍以降の公演やライブ」 【プロフィール】 出水宏輝(Kouki Demizu) /10歳の時に石川敬子フラメンコ教室にてフラメンコを始め、田中光夫氏にギター・カンテを、舞踊・パルマを棚原美和氏に師事。14歳のときにタブラオ ロス・ヒターノスで男性舞踊手としてプロデビュー。2014年、官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の1期生として1年間スペイン留学。2018年第1回全日本フラメンココンクールで努力賞、2019年日本フラメンコ協会第28回フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」で奨励賞、2021年第10回エルスール財団新人賞(フラメンコ部門)を受賞。 また、2018年摂南大学入学宣誓式にて、在学生300名以上とフラメンコのフラッシュモブを大阪城ホールにて実施。 現在、大阪を拠点としながら全国各地で精力的に活動している。 ☆活動情報はこちらから。 https://lit.link/farolitoflamenco >>>>>
- faroles para futuros flamencos 〜未来への道標〜 vol.5
(viernes, 23 de agosto 2024) 大阪を拠点に活動し、劇場公演からタブラオライブまで日本各地で活躍する今人気急上昇中の若手フラメンコダンサー、出水宏輝さんのエッセイを2か月毎に全6回、1年間にわたりお届けします。 第5回となる今回は、 コロナ禍以降の舞台活動 について語っていただきました 。 文/出水宏輝 Texto por Kouki Demizu 「faroles para futuros flamencos〜未来への道標〜」あっという間に第5回目を迎えました。 いつもご覧いただきありがとうございます。 連載も終盤を迎えた今回は「コロナ禍以降の公演やライブ」についてお話ししたいと思います。 2019年、第28回フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」で奨励賞をいただき、「これからも真摯にフラメンコと向き合っていこう!」とそう思っていたときに 2020年 新型コロナウイルス蔓延 外出もできず人とも会えない。 話すこともできないし、 マスクをしていないと周りの目が厳しい状況。 レッスンも出来ないし、 海外行くなんてもってのほか。 そんな日々が長く続き、フラメンコ界にもたくさんの影響をもたらしました。 コロナ禍が終えつつあり、少しずつ日常生活が戻ってき出したときにタブラオや劇場公演に出演させていただくことも増えました。 ●35歳以下の若手たちで開催する「Pasión」 ●オールメンズで開催する「Los 4 Flamencos」 など、どれも新たな出会いと新たな挑戦に繋がりました。 フラメンコはこれまでに学んできたものが、「今」ダイレクトにお客様へ伝わるものだと思っています。 タブラオライブは、そのときのギターリストや歌い手の感じによっても踊りの魅せ方が変わるし、踊り手がとにかく全面的に引っ張って出していかないといけないと感じています。 劇場公演は、作品として創り上げていき、チームワークや相性の良さを全面的に出していきながら、グループならではのフラメンコを伝えないといけない。1人欠けてもダメだし、みんなで同じ位置にいて本番で上がっていく感じを出すことが必要なのかな?と。 でもコロナ禍以降はその感覚に追加されたのが、「今それぞれのアーティストと向き合う」ってことです。 誰とも会話できな「かった」 誰とも会えな「かった」 誰ともフラメンコできな「かった」 その後悔をしないように、今という時間をしっかり過ごしたい。 ライブを通しても、そう感じるようになりました。 ギターリスト、歌い手、踊り手、その他ミュージシャンの方々に尊敬の想いを持ちながら、お客様に楽しんでいただきたい。 楽しませられなかった ではなくて、 楽しんでもらえる努力ができた そう言えるように日々頑張るようになり、今もフラメンコと向き合っています。 次号へつづく ▶︎ 内容は乞うご期待! 【プロフィール】 出水宏輝(Kouki Demizu) /10歳の時に石川敬子フラメンコ教室にてフラメンコを始め、田中光夫氏にギター・カンテを、舞踊・パルマを棚原美和氏に師事。14歳のときにタブラオ ロス・ヒターノスで男性舞踊手としてプロデビュー。2014年、官民協働海外留学支援制度「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」の1期生として1年間スペイン留学。2018年第1回全日本フラメンココンクールで努力賞、2019年日本フラメンコ協会第28回フラメンコ・ルネサンス21「新人公演」で奨励賞、2021年第10回エルスール財団新人賞(フラメンコ部門)を受賞。 また、2018年摂南大学入学宣誓式にて、在学生300名以上とフラメンコのフラッシュモブを大阪城ホールにて実施。 現在、大阪を拠点としながら全国各地で精力的に活動している。 ☆活動情報はこちらから。 https://lit.link/farolitoflamenco >>>>>
- マドリードに新しいスペイン舞踊団が誕生!
Ballet Español de la Comunidad de Madrid (マドリード州立スペイン舞踊団) (sábado, 12 de octubre 2024) スペインには国立バレエ団を筆頭に数々の舞踊団が存在しますが、このたび首都があるマドリード州に公立のスペイン舞踊団が創設されました。その劇場公演のリハーサルの模様を、日本で踊り手として活躍する佐渡靖子さんにリポートしていただきました。 文/佐渡靖子 Texto por Yasuko Sado 芸術監督ヘスス・カルモナと舞踊団員(公演パンフレットより)©Rafa de Pazos 今年、スペインの首都マドリードに公立のスペイン舞踊団が誕生しました。初代芸術監督にはヘスス・カルモナが就任。2024年10月12日から27日にかけて、マドリードのTeatros del Canal(カナル劇場)にて、いよいよ初演作品が公開されます。 9月13日、初演を1か月後に控えたタイミングでリハーサルを見学する機会をいただきました。場所はカナル劇場に併設されている「Centro Coreográfico Canal(カナル振付けセンター)」です。 記念すべき最初のプログラムは 第1部 スペイン舞踊作品『スペイン組曲』全編(アルベニス作曲) 第2部 フラメンコ作品『エピファニア・デ・ロ・フラメンコ』 “スペイン舞踊”には4つの要素(エスクエラ・ボレーラ、ホタをはじめとする民族舞踊、ダンサ・エスティリサーダ、フラメンコ)があり、第1部はスペイン舞踊をたっぷりと堪能できるプログラム。『スペイン組曲』のなかの“アストゥリアス”は舞踊作品として見る機会がありますが、全編がオリジナルの順番どおりに踊られたことは過去になく、今回が史上初の試み。劇場ではフルオーケストラの演奏で上演されます。パンフレットには「歴史と伝統を守り、ダンスの技術でスペイン舞踊を刷新する」とあります。その言葉どおり、新しい時代の始まりを感じさせる圧巻のスペイン舞踊作品です。 続く『エピファニア・デ・ロ・フラメンコ』は、スペインとアメリカ大陸の間で生まれた“イダ・イ・ブエルタ”の曲や、マドリードの街を唄ったカラコレスを軸に、ガツンと直球のフラメンコあり、コンテンポラリーなテイストもあり、時間の流れのなかで人々の営みを見つめるような壮大な作品。ソロパートもありますが、後ろにいる人たちまでやたらと楽しそうなのが良い。音楽監督はギタリストのフアン・レケナ。パンフレットには「自身の芸術的遺産を認識し、再構築し、来るべき世代に遺産として残すアーティストの真実」とあります。その気概が伝わってきます。 ちなみにヘスス・カルモナも出演するようですが、この日のリハでは省略。しかし彼の出演シーンを抜きにしても、非常に見ごたえのあるものでした。 とにかくダンサー達がすばらしい。男女10人ずつ計20人のダンサーは、公募オーディションを経て約500人のなかから選ばれました。16〜19才の有望な若者の枠もあり、20人のうち4人はこの枠から選出されています。 “スペイン舞踊”というと古典寄り、バレエ寄りかなと想像していましたが、フラメンコに強い人を集めたなという印象です。日本のスペイン舞踊の第一人者、故・岡田昌己先生が「スペイン舞踊も、結局はフラメンコが上手い人がいいのよね」とおっしゃっていましたが、まさにそのような人たちの集団。さらにコンテンポラリーのような動きも自然だし、体も頭も自由自在といった感じで、時代の変化も感じます。 おや?と思ったのは身長差がかなりあって、体型も色々で、いわゆる“舞踊団ぽい”感じがないのです。おそらく、全体のバランスだとか、平均点で揃えようという考えは初めから無かったのでしょう。作品のつくりを見ても、ダンサーが均質である必要はまったくありません。みんな踊りが上手なだけではなく個性的だし、この舞踊団はそれを歓迎しているように見えます。群舞のなかにあっても個々がきらりと輝く瞬間があって、それが立体的で面白く、この舞踊団の一番の魅力だと感じました。 芸術監督のヘスス・カルモナは、リハーサル中もテキパキと指示を出しながらずっと動き回っていました。ダンサー達が全身全霊で踊る姿を見れば、彼の精神がしっかりと受け継がれていることを感じます。助監督のジョナタン・ミロ、振付指導のルシア・カンピージョらの強力なサポートがあることも忘れてはなりません。 初日チケットはすでに完売とのことで、注目度の高さがうかがえます。この期間にマドリードに行く機会があれば、ぜひ劇場でご覧になってください。 先日は初演に先駆け、エスコリアルのサンロレンソ劇場でのイベントで、舞踊団が初めて観客を前に踊ったようです。その様子は公式Instagramにも掲載されています。 写真提供:マドリード州文化観光スポーツ省 マドリード州立スペイン舞踊団 Instagram https://www.instagram.com/bespanolcm/ カナル劇場にて(撮影:佐渡靖子) 【プロフィール】 佐渡靖子(Yasuko Sado) 建築を学ぶ学生時代、バルセロナで偶然フラメンコと出会う。卒業後、設計事務所に勤務しながらフラメンコを学ぶ。日本フラメンコ協会新人公演奨励賞(2017)。岡田昌己&アンドレス・マリン作品『ラベリント』出演(2018)、平富恵舞踊団作品に客演する等、劇場作品でも活躍。常にフラメンコの“今”に触れ研鑽を重ねている。 ======
- ArtistaЯ ~表現者☆~ ep.10
ep.10 瀧本正信 "El Cartero" (lunes, 21 de octubre 2024) 写真家・大森有起が、今を輝くフラメンコ・アーティストたちの真の姿を写す 泣く子も黙るフラメンコ界の重鎮。 フラメンコを愛し、探し追い続ける孤高の人。 Un gran figura del mundo del flamenco, que pone los llorones en silencio. Y alma solitaria que ama y busca el flamenco sin final. これが最後の一枚となりました。 瀧本さん、ありがとう。 ======
- 【佐賀】樺澤 幸・充郎
Flamencofanインタビュー Yuki Kabasawa y Mitsuo Kabasawa 「フラメンコの品ぞろえは幅広く、どんなリクエストにも応えたい」 (sábado, 19 de octubre 2024) 本場スペインに次ぐフラメンコ大国、日本。 その各地でフラメンコに惚れ込み その魅力を伝えるために 活動を続けている人たちがいます。 今回は、佐賀のフラメンコスタジオ『ラ・アレグリア』をご夫婦で営む 踊り手の樺澤幸さんとギタリストの樺澤充郎さんにお話を伺いました。 聞き手/金子功子 Entrevista por Noriko Kaneko ・フラメンコとの出会い ・佐賀にスタジオを開設 ・SNSでの発信 ・佐賀フラメンコフェスティバル ・生徒の皆さんに伝えたいこと ――フラメンコとの出会いは。 幸: 私は、23歳の時、ラテン音楽や スペイン音楽 を演奏するグループのコンサートに行き、そこでエスパーニャ・カーニという曲を初めて聴きました。そのときにギターの音色にビビッと来て、「この音楽で踊りたい!」と思いました。その後に福岡でベニート・ガルシア氏のステージを見て「スペインに行こう!」と強く思いました。これらが私のフラメンコの出会いです。 充: 私は大学に入学した時に、フォークギターの爪弾きがしたいと思っていました。友人がクラシックギターをやりたいというので、大学のギタークラブに一緒に見学に行くと、そこではクラシックの他にフラメンコもやっていて、部室の外の廊下で先輩たちがブレリアスの三重奏を演奏していました。「なんじゃこりゃー!」と衝撃を受け、そのまま入部しました。 ――その後のお話も少し聞かせてください。 充: 大学のギタークラブでは先輩方に教えてもらって、その先輩方が卒業していなくなったら自分たちが後輩に教えて、大学4年間はそんな感じでした。卒業して仕事を始めてからは、ギターはそれほど弾いていませんでした。でも24歳のときに仕事で腰を壊して、「このまま仕事だけやってつまらない人生のまま死んでいくのは嫌だ!」、「それならもう一回ギターを真剣にやろう!」と思いました。そして都内で瀬田彰さんと原田和彦さんに習い始めました。その後スペインにも何度か短期留学をし、ギターを学びました。なかでもエル・カルボネーロにいちばん多く習いました。カルボネーロはヘレスの地元の子供たちにギターを教えていて、自分が今まで通って来なかったフラメンコギターの最初の大事な部分を教えてもらいました。 幸: 私はフラメンコに出会った翌年の1999年から2000年の1年半くらいセビージャにいました。その時は主にコンチャ・バルガスに習っていました。この時の滞在は初めてのスペインで、フラメンコがあまりにも自分とかけ離れた存在と痛感し、何度もフラメンコをやめようと思ったりもしました。しかしそんな私に対してもコンチャが愛情深くフラメンコの魅力を教えてくれたおかけで、何とか続けることができました。コンチャ以外にはフンダシオン(*クリスティーナ・ヘーレン財団フラメンコ芸術学校)に通ったり、ラ・チョニにも習いました。スペインから帰国後は東京で暮らし始め、関口華恵さん、小島裕子さんに師事しながら、来日スペイン人アルティスタにも習っていました。 ――おふたりが出会ったのはいつ頃ですか。 充: 出会ったのは2004年で、ちょうど20年前です。瀬田さんの教室と関口さんの教室の合同のお花見の機会でした。 幸: そのとき彼が幹事をやっていて、参加費を渡したのが最初の出会いです。 ――出会ってからご結婚されて、佐賀でスタジオを開くきっかけは何でしたか。 幸: 佐賀でスタジオを始めたのは、2011年の東日本大震災がひとつのきっかけでした。東京にいたときは自分がクラスを持って教えたりはしていませんでした。そもそもフラメンコを仕事にするつもりも無く、ただ好きでやっていただけでした。関口先生からソロで踊る機会をいただいたりしましたが、自分から率先して何かをやるということは全然ありませんでした。スタジオを構えることになったのは、彼(充郎さん)のプロデュースです。 充: (幸に)「フラメンコをいつまでやるの?」と聞いたら「一生やる!」と答えたので、「それならばスタジオ付きの家があっても悪くないよね?」という軽い気持ちで始めました。 ――スタジオを開かれてからはいかがでしたか? 幸: スタジオ・オープンに合わせて踊りの生徒さんを募集したところ、幸いにも15名ほどの方がいらしてくださいました。その時から今でもずっと続けてくださっている方も何名かいらっしゃいます。有り難いことです。その後も少しずつ新しい生徒さんが来てくださってフラメンコを楽しまれています。 充: スタジオを開いた当初は、佐賀にはカンテが誰もいなかったため、県外の方にお願いをしないとフラメンコができませんでした。このことが理由でイベントなどを依頼されてもお断りせざるを得ないこともしばしばありました。そのため、まずは自分たちも含めて「歌える人を育てよう!」と思い「カンテ研究会」というものを立ち上げました。これはカンテのクラスではなく「お題の音源をよく聞いてできる限り真似してみよう」という時間です。これがきっかけで歌い始めた踊りの生徒さんもいます。更にカンテの質を向上させる目的で、2017年からは広島のヘスス・エレディア氏に毎月来てもらい、歌とカホンを教わっています。おかげで今では県外から人を呼ばずとも地産地消でフラメンコができるようになりました。来月(6月)にはギターと歌、カホンの“踊りなし”の「音楽会」を開催します。この「音楽会」も今回で3回目となりました。過去の音楽会では「踊りがなくても楽しいね」「リズムが面白い」などとのお声をいただきました。 ――ヘススさんのクラスの情報は、SNSのX(旧ツイッター)でよく拝見していました。そちらでは、「今日は何の日」というテーマでも連日投稿されていますね。 充: 一昨年くらいから始めているのですが、実は今、空前のダンスブームらしいのです。ヒップホップやK-POPなどが流行っているようです。とはいってもフラメンコに関しては無風です! ブームに少しも乗っかっていないなと痛感しました。それなら何でもいいからフラメンコについて発信してみようかと思い立ち始めた次第です。でも一般的にSNSなどで文章が長いとなかなか読んでもらえません。写真を付けて短い文章で毎日投稿すれば誰かに見てもらえるかなと思い、Xを主として発信しています。 ――ところで、コロナ前までは佐賀フラメンコフェスティバルを開催されていましたね。 幸: はい、「フェリア・デ・アブリル(セビージャの春祭り ※以降フェリア)をイメージしたお祭りを佐賀でもやろう!」ということで開催していました。しかし9回目の2020年はコロナの影響で中止せざるを得ませんでした。 ――始めたきっかけは。 幸: もとは、春にきれいなお花が咲く広場があって、そこでセビジャーナスを踊りたいという方がいたのがきっかけです。その翌年はちょうどフェリアの時期にテレビ局が企画したイベント内でのフラメンコ・ステージを頼まれて行いました。3回目からは自分たちが主催でやるようになりました。最後の開催となった2019年は出演者が200人以上にもなりました。その半分以上は県外からの方たちで、このフェスティバルが九州のフラメンコの交流の場となっていました。 ――生徒さんたちには、フラメンコのどんなことを伝えたいですか。 幸: 月並みですけれど、フラメンコの楽しさや面白さを伝えていきたいですね。歌・ギター・踊り・パルマが合わさって1つの音楽をつくっていくのってシンプルに面白いと思います。 充: 例えば東京のような都会ではコアなことをやってもよいかもですが、ここ佐賀では幅広く且つ基本的な事を大事に伝えていきたいです。自分個人として伝えたいこともありつつ、でもリクエストが来たらどんなことにでも応えられるように、フラメンコの品ぞろえは幅広く用意しておきたいと思っています。「ここに来たら、フラメンコは何でも揃っているよ」という感じで。 【プロフィール】 ◆樺澤 幸 (かばさわ ゆき) 佐賀市出身。 23歳でフラメンコ舞踊を始め、1999年にセビージャへ長期留学。その後も短期留学を繰り返す。 上京後、関口華恵氏、小島裕子氏、来日中のスペイン人に師事。2011年に佐賀市にスタジオ「ラ・アレグリア」を開設。佐賀県にスペインの芸術・文化を広めることをライフワークとしている。 ◆樺澤 充郎 (かばさわ みつお) 群馬県出身。千葉工業大学在学中にフラメンコギターを始める。卒業後、瀬田彰氏、原田和彦氏に師事。2009年にヘレス・デ・ラ・フロンテーラへ短期留学。その後も短期留学を繰り返す。エル・カルボネーロ、ニーニョ・ヘロ、ミゲル・イグレシアスらに学ぶ。2015年6月より拠点を佐賀に移し、ギター教室を開講している。 [ラ・アレグリア] HP: https://la-alegria.net/ X: https://twitter.com/la_alegria_twt Instagram: https://www.instagram.com/la.alegria.tirititran/ Facebook: https://www.facebook.com/la.alegria.tirititran/ ======
- 【福岡】平山奈穂
Flamencofanインタビュー Nao Hirayama 「ここでプーロなフラメンコを伝えたい」 (sábado, 5 de octubre 2024) 本場スペインに次ぐフラメンコ大国、日本。 その各地でフラメンコに惚れ込み その魅力を伝えるために 活動を続けている人たちがいます。 今回は、福岡を拠点に舞台公演や教授活動を行う フラメンコダンサーの平山奈穂さんにお話を伺いました。 聞き手/金子功子 Entrevista por Noriko Kaneko ・フラメンコとの出会い ・スペインへの留学 ・アーティストの招聘活動 ・今後の活動について 福岡を拠点に日本各地でフラメンコダンサーとして活躍する平山奈穂さん。フラメンコを始めたのは、10歳の時でした。 「私は実家がお寿司屋なんですけど、福岡のエルカミーノ(*広島を中心に活動しているフラメンコスタジオ)を担当している大櫛佳世さんが常連でよく食べに来てくださってたんです。ある日自然な流れでフラメンコ一度見にいらしてくださいとお誘いいただき、母と一緒に見学に行ったんです。そこでフラメンコの足さばきを見て、母が「私できんけん、あんたしなさい」と(笑)。母は舞台とか好きなので、やらせてみてもいいかなと思って勧めたんでしょうね。そんな感じで、ちょっとした習い事として始めました」 もともと身体を動かすのが好きだという平山さん。小さい頃から子供会でエアロビクスをやったり、スポーツや走るのも得意だったそう。その活発さと運動神経の良さでフラメンコの舞踊団に加わることに。 「高校2年の頃から広島のエルカミーノ舞踊団に入って、広島に通い始めました。そこの白井先生が海外公演も行う人で、中国やカナダに行って舞台を踏ませてもらったり、韓国の済州島に行くビートル船で踊ったり、まだ10代のうちからそんな貴重な経験を積んでいるうちに、気づいたらフラメンコが仕事になっていました」 舞踊団活動を続ける傍ら、高校を卒業した後は短大へと進み、他の同世代の人と同じように就職。しかし仕事と舞踊団の両立は、想像以上の大変さでした。 「舞踊団活動で福岡から広島に通うのが大変だったので、就職を機に広島に1年半くらい住みました。でも初めての就職、初めての一人暮らしで、時間的にも体力的にもきつくて。仕事はアパレル販売で、最初からフラメンコをやっていることを伝えて入社したので、ライブや発表会の時などは店長さんが融通を利かせて仕事を休ませてくれました。いい職場だったんですけど、とにかく両立がつらくて、福岡が恋しすぎて。辞めて実家に帰るって会社に話したら「せっかくだからもうちょっと、福岡でも働きませんか?」と上司に言ってもらえて。その後、福岡でも2年くらい仕事を続けました」 福岡の実家に戻り、再び広島の舞踊団に通う生活へ。しかし胸の内では、10代で渡西したときの衝撃的な体験が忘れられず、フラメンコを学びに再びスペインへ行きたいという強い思いを抱いていました。 「最初にスペインへ行ったのは19歳の時で、エルカミーノのみんなで30人くらいの御一行様で行きました。当時はすごいバブリーな時代で、ピラール・カラスコを直接呼んでクラスをやってもらって。そこで大きなカルチャーショックを受けて、「お金を貯めてもう一回自分で勉強しに行こう」と決意しました。次のスペインは26歳でした。そこでビザの期限最長の3か月まで滞在し、それがきっかけでエルカミーノを辞めました」 単身で渡った二度目のスペイン。でも現地には頼れる知り合いもなく、知らない事ばかりだったそうです。 「スペイン留学は何の伝手(つて)も無くて。でもたったひとりだけ、エルカミーノが通訳として雇っていた現地の人がいて、その方の普通の友人のブラジル人女性を紹介してもらって、ホームステイで一部屋借りました。今でこそ、フラメンコはヘレスやセビージャ、カディス、マラガなどと言われてますが、私がスペインに行った当時はそういう情報が私には無かったんです。だから「フラメンコ=スペイン」、そして「スペイン=首都マドリード」という情報だけで、ずっとマドリードに滞在していました。3か月もいたのに、今考えると悔しすぎて。もったいないような、でも贅沢過ぎるような経験でした」 マドリードではアモール・デ・ディオスに通い、フラメンコの技術を磨きました。 「3か月間のマドリードはつらかったけど充実してました。最初はラ・トゥルコという先生が教えてくれました。クラスに知り合いもいないから、だれにも話しかけられなくて。でもあるとき日本語が聞こえてきて、それが石川の忠縄美貴子さんと、福岡の末松三和さんでした。末松さんの事は福岡で教室をやっているという情報は知ってたんですけど、お顔は知らなくて。でも勇気を出して声を掛けて、それが初めて日本人で絡んだ人です。偶然にも同郷の人と会えてびっくりしたけど、安心した瞬間でした」 この留学をきっかけに、平山さんは毎年マドリードに行くようになり、その頃に今のご主人と出会うことになります。 「彼はマドリードの日本食料理屋で働いていました。ある日、踊り手の正木清香さんとそのお店に行ったら彼がいた、という感じです。彼はアンダルシアには行ったことがないって言ってたので、もしセビージャに留学してたら出会えてなかったです。だから、出逢いってわからないですね。こないだモネオが福岡に来たときは、彼にアテンドをお願いしました。スペイン語がペラペラなので助かります」 スペイン人アーティストの招聘活動にも力を入れている平山さん。やりがいがある一方、その活動の裏では様々な困難があるそうです。 「福岡でスペイン人に習えるって、こんな貴重なことはないと思います。オルーコやボラが来月(6月)来てくれますけど、クルシージョだけじゃなく本当はライブもやりたかったんです。でも滞在日程とかギタリストの調達とか、この短期間じゃ難しいなと。九州はミュージシャンが多くないので、いざライブをやるとなると調達するのも経費などがすごくかかるんです。だから、お客さんが集まるかな、とか考えながら毎回命がけです」 大変な困難があったとしても、それでも平山さんが目指すのはプーロなフラメンコだと言います。 「フラメンコはやっぱり現地に行って学ぶことをできる限り続けていきたいです。自分は今、すごいプーロなフラメンコを勉強したいと思っています。そこは今枝(友加)さんとか、日本で活躍されている大好きな先輩の方々の影響が大きいですね。教室でも、できる限り本物に触れられるような機会を作ったり、まだまだですが自分の体験、経験をお話したりしたいと思ってます。もうすぐ発表会(6月1日)をやるんですが、クラスの数も多いので一人あたり4曲くらい出るんです(笑)。みんなやる気もあって、習いに来てくれて本当にありがたいしうれしいです」 好きなスペイン人の踊り手を尋ねると、目を輝かせて答えてくれました。 「私が一番好きなスペイン人は、今はヘマ・モネオなんです。彼女の踊りは自然で、軽く踊るんですけどちゃんと芯があって。この間呼んだモネオファミリーもですが、本物の人たちほど謙虚で、威張ってなくて、オルーコもボラもそうで、彼らのそういうところが好きです。また、ヘマが踊る曲種はソレア・ポル・ブレリアをよく見るんですが、振りや構成は毎回違うけど、だいたいソレア・ポル・ブレリアで。だから、この人はブレリア系とか、タンゴ系とか、この踊り手といえばこのヌメロだよね!みたいな踊り手に私もなりたいな、と思います。全然定まってませんが(笑)そういう意味では、最初がエルカミーノでよかったと思いますね。小物もパリージョも習ったので、今すごく役に立っています」 地元・福岡が大好きで離れがたい、という彼女に九州の魅力について聞くと、迷わず即答してくれました。 「魅力しかないです(笑)本当に住みやすい。余談ですけど、福岡市長がすごいんですよ。元アナウンサーなんですけどやり手で、福岡を盛り上げてくれています。九州は歴史もあるし、革新の方にも進んでいけるようなエネルギーと伸びしろがあるところですね。皆様ぜひお越しください! 福岡のちょっと残念なところは、タブラオがないことですね。今はホールしかないんです。フラメンコを踊る機会は確かに東京の方が多いし、刺激がありまくりです。なので東京でもらった刺激を、福岡に戻ってコロコロと磨く作業が近頃は好きになってます」 生まれ育った地元でフラメンコを続け、昨年からは頼もしいパートナーを得て新しい生活も始まりました。結婚して何か変わった事はあったのでしょうか。 「変わったんですかね、でも変わってないのかな?日常の負担はあまり変わってないです。もともと旦那さんも私も今まで自分の事は自分で、でやってきていたので、程よく支えてくれています。パートナーがいることで、いい意味で違う頭にできるようになりました。ひとりでいると思い詰めてしまうので、うまく切り替えが出来るようになって、そういう意味ではありがたいですね。また二人とも旅行が好きなので、一緒に旅行に行けるのは楽しいです」 今後の活動もますます充実していきそうな平山さん。日本でのフラメンコの今後にどう関わりたいか、尋ねました。 「大それたことは出来ないけど、地道に学びを満たす活動を続けていきたいですね。今回みたいにオルーコとかボラとかスペイン人のアーティストを呼んだりして、本物に常に触れていたいと思います。日本人として自分も学んでいる身だし、一緒に戦っている先輩たちとも関わりながら活動したいです。でも学びだけでは、一人の表現者としてそれだけじゃだめだと思うので、表にもがんばって立っていたいと思っています。2018年に初めてのソロリサイタルを開催したんですけど、その時が台風でハプニングも起こったりして、それがちょっとトラウマで…。でもまたソロ公演も、今後の予定に入れたいです」 描く未来図は、舞踊活動だけでなく教授活動についても広がります。 「実は秘蔵っ子がいまして。踊りよりも歌なんですけど、小学3年生でハスキーボイスで、私がクラスで歌っていたのをそのまま学びとってくれて、今度いよいよファンダンゴを一曲歌うんです。そういう子供たちの育成にも携わっていきたいですね。もっと頑張らないと、と思っています。留まらずに、深めたり進めたり、常に戦っていたいですね」 【プロフィール】 ◆平山 奈穂 (ひらやまなお) 1985年福岡生まれ福岡育ち。 両親のお陰でフラメンコに出会い、10歳から踊り始める。 広島本拠地エルカミーノ教室の舞踊団員として国内外にて様々な舞台を経験。 その後独立し渡西を繰り返し、多数のスペイン人アーティストに師事。 フラメンコの魅力に日々翻弄されながら、 2021年【Estudio N】を開設し、自身のフラメンコレッスンやイベント運営をしながら東京、大阪にもライブ出演のため精力的に活動中。 2017年 第9回CAFフラメンコ・コンクール優勝 同年 日本フラメンコ協会新人公演 バイレソロ部門「奨励賞」受賞 2018年 福岡アクロス円形ホールにて 初ソロリサイタル「El flamenco」開催 2019年 スペインSevillaにて Miguel Pérez、Cristina Tovarと共演。 2021年 Estudio Nオープン [平山奈穂フラメンコ教室] https://flamenconaomenco.crayonsite.net/ ======
- マヌエル・リニャン来日公演 en GARLOCHÍ
《Recital de Baile》 (viernes, 18 de octubre 2024) 劇場公演"VIVA!!"が世界各地で大好評を得ているマヌエル・リニャンが、いよいよガルロチにやってきます! 共演には、"VIVA!!"や 新作の"MUERTA DE AMOR"などでもバックをつとめる信頼の厚いメンバーが集結。 劇場公演とはまた違う魅力や迫力が楽しめるステージに、期待が高まります。 この機会を良いお席で楽しみたい方は、早めのご予約を! マヌエル・リニャン来日公演 en GARLOCHÍ 《Recital de Baile》 [期間]2024年12月3日(火)~12日(木) *公演時間は約75分(休憩無し) *平日は18時15分開場、19時15分開演 *7日(土)と8日(日)は完全入替制の2ステージ [会場]Showレストラン ガルロチ 東京都新宿区新宿3-15-17 伊勢丹会館6F [出演] 踊り:マヌエル・リニャン 歌:フアン・デ・ラ・マリア ホセ・マヌエル・フェルナンデス ギター:フランシスコ・ヴィヌエサ [チケット料金] *税込、全席指定、1ドリンク付き プレミアムシート:16,000円 S席 :13,000円 A席 :10,000円 子ども・学生:7,000円 障がい者割引:3,000円 [予約専用申込フォーム] https://t.livepocket.jp/p/garlochisonia [予約/問] メール garlochilive@gmail.com 主催/株式会社バモス 協力/Showレストラン「ガルロチ」・「ソニアジョーンズ 」Sonia Johnes ======











