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アーティスト名鑑 vol.2

(miércoles, 16 de agosto 2023)


スペイン在住30年以上、多数の一流フラメンコ・アーティストらとも親交のあるフラメンコ・ジャーナリスト志風恭子が、歌・踊り・ギターそれぞれの代表的アーティストらのプロフィールをピックアップ。過去の取材で撮影した写真や、チェックしておきたい動画などもご紹介します。


文/志風恭子

Texto por Kyoko Shikaze


アントニオ・マイレーナ

Antonio Ceuz García “Antonio Mairena”

Mairena del Alcor, Sevilla 7-9-1909 - Sevilla 5-9-1983


アントニオ・マイレーナ

本名アントニオ・クルス・ガルシア

1909年9月7日セビージャ県マイレーナ・デル・アルコール生、1983年9月5日セビージャ没


深い知識、広いレパートリー。多くの歌い手たちのお手本とされ、現在に至るまで多くの信奉者を持つ。セビージャから東に21キロ、マイレーナ村の鍛冶屋の息子として生まれる。子供の頃から歌い始め、やがてプロとして各地で歌うようになりカルメン・アマジャの伴唱も務める。内戦後1941年初録音。まだSP盤の時代だった。タブラオや舞踊団で活躍しつつ、録音したレコードがラジオで流れるなどして名声が広まり、1962年“カンテの黄金の鍵”を受賞。以後、各地のフェスティバルなどで活躍するとともに、カンテについての本を共著で発表するなどした。弟二人(クーロとマノロ)も歌い手。


[動画]


カナルスール局の短いドキュメンタリー(スペイン語)。簡単にまとめてあります。



伝説的フラメンコ番組『リト・イ・へオグラフィア・デル・カンテ』のマイレーナの回。ソレアやブレリアなど歌っている様子もあるのでおすすめ。

 
サビーカス

(写真)Programa de mano de gira por Japón 1967 日本公演プログラムより


Agustín Castellón Campos “Sabicas”

Pamplona, Navarra, 16-3-1912 - Nueva York, E.E.U.U. 4-4-1990


サビーカス

1912年3月16日パンプローナ生、1990年4月4日ニューヨーク没


ラモン・モントージャにはじまったフラメンコギターのソロ分野を発展させ、ニューヨークに長く住みフラメンコの国際化にも多大な貢献をしたギタリスト。芸名は幼い頃、空豆アバスを冠詞と縮小辞でラス・アビカスというのをサビカスと言ったことから。5歳からギターを弾き、2年後には地元の劇場で公演。10歳でマドリードに移り、フラメンコ専門店や録音などで活躍。内戦時に大西洋を渡り、中南米を経てニューヨークに。数多くの録音や公演活動で活躍。超絶技巧で世界的な名声を獲得。1967年6月に初来日、同年9月には30年ぶりにスペインへ。以後何度かスペインでも公演している。


[動画]


1986年のビエナルでの演奏。70代のはずだがしっかりとした演奏で聴かせる。


 
カルメン・アマジャ

Carmen Amaya

Barcelona 2-11-1918 - Bagur, Girona 19-11-1963


カルメン・アマジャ

1918年11月2日バルセロナ生、1963年11月19日ジローナ県バグール没


フラメンコの女王ともいわれる不世出の踊り手。力強い足技だけでなく歌も歌い、カスタネットもバタ・デ・コーラも得意とする。バルセロナで生まれ子供の時から父のギターで踊り一家を支え、劇場公演や映画にも出演するように。スペイン内戦時にアルゼンチンに渡り、その後メキシコなどを経てアメリカへ。ハリウッド映画に出演し、ホワイトハウスに招かれるなどもした。1947年スペインに帰国後もイギリス、イタリア、ドイツなどでも公演。1963年には映画『バルセロナ物語(Los Tarantos)』に出演。しかしその後まもなく腎不全のため亡くなった。妹たちも踊り手で歌い手やギタリストらと結婚し、踊り手カリメ・アマジャは妹の孫に当たる。


[動画]

彼女の動画はもちろん、肉声もふんだんに使われたドキュメンタリー(スペイン語)



【筆者プロフィール】

志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。


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