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- スペインNews 4月号・2024
(miércoles, 3 de abril 2024) 文・写真/志風恭子 Texto y fotos por Kyoko Shikaze ヘレスのフェスティバルが盛況のうち幕を閉じたかと思うと今度は聖週間。キリストがエルサレムに入った「枝の祝日」となる日曜日から、受難、そして復活までを記念するもので、もともとカトリック国で、現在もカトリック信者が圧倒的に多いスペインにとっては重要なイベントの一つです。セビージャやマラガなどアンダルシアの聖週間の行列は世界的にも有名で、市内の各教会からキリスト像、聖母像が大勢の信者や楽団を従えてカテドラルに行ってまた地元に帰ってきます。その聖像に歌いかけられるサエタはフラメンコファンにはお馴染みですね。その起源からいって無伴奏で歌われる、いわゆる“歌のための歌”なのですが、今年のヘレスのフェスティバルでは、サラ・バラスやホアキン・グリロの公演で使われていました。 【ヘレスのフェスティバル各賞発表】 ヘレスのフェスティバルの各賞が発表になりました。観客のWEB投票による観客賞はアルフォンソ・ロサとパトリシア・ゲレーロの『アルテル・エゴ』でした。この作品はジャーナリストらによる批評家賞も同時受賞しました。観客にも専門家にも高い評価を得たこの作品、昨秋マドリードのカナル劇場で初演されたものですが、この4月25日から3日間、サンタ・アナ広場に面したテアトロ・エスパニョルでも上演されます(https://www.teatroespanol.es/espectaculo/alter-ego) また新人賞はヘレスの隣町、トレブヘーナ出身の舞踊家フアン・トマス・デ・ラ・モリア、 ギタリストを対象にした“ギターラ・コン・アルマ”賞は、ホセ・マルドナードとカレン・ルゴとの作品『トレス・ピエサ』に出演したチクエロ、 オリジナル作曲賞は前述『アルテル・エゴ』に出演したマラガ出身のギタリスト、フランシスコ・ビヌエサでした。 【ロルカ賞】 アンダルシアの舞台芸術アカデミーによる第10回ロルカ賞の授賞式が3月20日、セビージャのセントラル劇場で行われました。フラメンコ舞踊ではマリア・モレノとマヌエル・リニャンがそれぞれフラメンコ舞踊家賞女性、男性部門、フラメンコ作品部門(二作品同時受賞)を受賞。リニャンはこれに加えてフラメンコ振付賞も受賞。また舞踊部門ではダニエル・ドーニャのパートナーでともに志摩スペイン村のフラメンコショーの新しい振り付けを手がけたクリスティアン・マルティンの『アクト1。ルガル・デ・エンクエントロ(出会いの場所)』が作品賞と男性舞踊家賞の二賞を受賞しています。女性舞踊家賞を受賞したニエベス・ロサレスもスペイン舞踊も踊ります。やはりアンダルシアではフラメンコ/スペイン舞踊が強いのですね。 【グラナダのフェスティバル】 スペインで最も歴史の長いフェスティバル、グラナダのフェスティバルが今年も開催されます。夜のアルハンブラやサン・ヘロニモ修道院など市内各所で行われる公演など、グラナダならではのもの。この時期グラナダを訪れるならぜひ見ておきたいものです。 ◇第73回グラナダ・フェスティバル (国際音楽舞踊祭) 6/7(金)~7/14(日) ※フラメンコ関連公演のみ 6/8(土)22時30分『ヘネラシオネス』 [出]〈b〉スペイン国立バレエ団 [場]グラナダ アランブラ内ヘネラリフェ劇場 6/18(火)21時30分 [出]〈b〉イスラエル・ガルバン、ベンハミン・アラルド [場]グラナダ オスピタル・レアル内パティオ・デ・ロス・イノセンテス 6/20(木)22時30分『ウニベルソ・カディス』 [出]〈c〉ダビ・パロマール、〈g〉ルベン・ララ [場]グラナダ パラシオ・デ・コルドバ 6/21(金)21時『ノスタルヒア・アニャディダ』 [出]〈c〉モンセ・コルテス、〈g〉マヌエル・ペラルタ [場]グラナダ 市立音楽堂チュンベーラ 6/25(火)22時30分『ブエラ』 [出]〈b〉サラ・バラス舞踊団 [場]グラナダ アランブラ内ヘネラリフェ劇場 6/27(木)21時30分『カイダ・デル・シエロ』 [出]〈b〉ロシオ・モリーナ、〈g〉オスカル・ラゴ、〈c〉キコ・ペーニャ、〈perc〉オルーコ、パブロ・マルティン・ジョーンズ [場]グラナダ イサベル・ラ・カトリカ劇場 6/28(金)21時『プロ・イ・サルバヘ』 [出]〈c〉エル・ペレ・〈〈g〉〉ニーニョ・セベ [場]グラナダ 市立音楽堂チュンベーラ 6/28(金)22時30分『血の婚礼』『フラメンコ組曲』 [出]〈b〉アントニオ・ガデス舞踊団 [場]グラナダ アランブラ内ヘネラリフェ劇場 7/3(木)22時30分 [出]〈c〉エスペランサ・フェルナンデス、〈piano〉チャノ・ドミンゲス、〈perc〉ミゲル・フェルナンデス [場]グラナダ パラシオ・デ・コルドバ 7/5(金)21時 [出]〈c〉キキ・モレンテ、〈g〉カルロス・デ・ハコバ [場]グラナダ 市立音楽堂ラ・チュンベーラ 7/12(金)21時 [出]〈c,g〉クリスティアン・デ・モレ [場]グラナダ 市立音楽堂ラ・チュンベーラ [問]https://granadafestival.org ヘネラリフェ野外劇場 ©︎ Festival de Granada Fermin Rodríguez なお、7月下旬から8月にはこの野外劇場で、パトリシア・ゲレーロ新監督率いるアンダルシア舞踊団の公演が行われる予定です。こちらもお楽しみに。 【筆者プロフィール】 志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。 >>>>>
- 小島章司 《Toda una Vida ~一生涯~》
Flamencofanインタビュー (martes, 2 de abril 2024) 昨年3月にスペイン・ヘレスのフェスティバルで招聘作品を世界初演し、同月の一般社団法人日本フラメンコ協会(ANIF)主催によるアニフェリア公演にも協会作品に出演。また11月には、門下生の北原志穂との共演で2日間の公演を成功させ、12月から今年の1月までANIF主催の全6都市を回る全国公演ツアーに全日程出演するなど、精力的に舞踊活動に取り組むフラメンコ舞踊家、小島章司。 昨年の活動を中心に、舞踊家としてのこれまでの足跡や日常について話を伺った。 聞き手/金子功子 Entrevista por Noriko Kaneko 【INDEX】 ・声楽家への道からフラメンコの世界へ ・フェスティバル・デ・ヘレスへの出演 ・ハビエル・ラトーレとの出会い ・東京芸術劇場での公演 ・現役の踊り手であり続けるために ・これからの若い世代へ 今回のインタビューは昨年11月の公演が終わった後の、秋から冬へ移り変わろうとする季節のとある晴れた日に、小島のスタジオで行った。 スタジオに入ると、天井の高い広い空間の壁面に、端正な青年時代の大きな肖像画が掛けられていた。それは、まだ学生だった頃の小島を描いたものだ。 「この絵は東京オリンピック前後のとき、大学を卒業する前後です。描いたのは私の友人で、私がスペインに行ったのと同時期に、彼は「油絵はフランスだから」とパリへ行きました。私は武蔵野音大で声楽を学んでいましたが、気が多かったのでバレエやパントマイムをやったり、ミュージカルやオペラの勉強をしたり、いろんなことをやりました。1960年代にミュージカル映画『ウエストサイド物語』を見て主演俳優に憧れ、大学4年の頃はミュージカルに行くかフラメンコ舞踊に行くか決めかねていました」 当時、日本では初めての東京オリンピック開催(1964年)に沸いていた時代。その頃に、小島にとって運命の出会いの数々があったという。 「映画『ロス・タラントス』のカルメン・アマジャを見て、それが心に刺さりました。アントニオ・ガデスも流麗極まりないファルーカを踊っていて、劇場のフィルムの中からでもその美しさが伝わりました。そしてカルメンも素晴らしくて、彼女の踊りだけではない身のこなしや所作、内から湧いてくるエネルギ-に圧倒され、フラメンコに行こう、と決めました。その頃私は音大で声楽をやっていて、オペラ『フィガロの結婚』やシューマンの『詩人の恋』、シューベルトの『冬の旅』など全曲歌ったりしましたけど、歌を一生続けていくことに、自分の中では強い何かが欠けていたんでしょうね。そんなときにフラメンコと出会い、また友人もフランスに行くというから、それなら自分もスペインに行けばたまには会えるのでは、と軽い気持ちでスペインに行きました。 当時シベリア鉄道で行ったのは、それが一番安かったからです。その友人が先にパリに行っていたので、そこに泊めてもらえば宿代も節約できるから2~3日泊まらせてもらいました。そこでパリの文化事情も少し勉強して、また汽車に乗ってスペインのマドリードに向かいました。1966年のことです。当時はやっぱり希望に溢れていたし、若さと向こう見ずさと(笑)。今は思慮深くなってしまって、そういうことはできなくなりますね。思い出の旅です」 声楽家への道からフラメンコの世界へと、人生の進路を大きく変えた小島。その後の苦労や活躍の足跡は、長くフラメンコに関わっている方々ならよくご存じだろう。 日本とスペインで数々の作品を上演し、2011年からはフェスティバル・デ・ヘレスにも何度も招聘され、一番大きなビジャマルタ劇場を舞台に『ラ・セレスティーナ』や『運命の力』、『フラメンコナウタ』、『ア・エステ・チノ・ノ・レ・カント』などの大きな作品を披露してきた。 そして昨年3月に行われた第27回フェスティバル・デ・ヘレスでは、招聘作品『トダ・ウナ・ビダ ~一生涯~』を世界初演として上演し、高い評価を得た。 「今回の出演はヘレスからオファーをいただき、前の年の早いうちに決定していました。作品のタイトルの『トダ・ウナ・ビダ』は、私の大学時代からのモチーフなんです。当時日本でも有名だったメキシコのラテン音楽グループ、トリオ・ロス・パンチョスの持ち歌で、ゆったりした美しいメロディーで、スペインでもカンシオンのマダムといわれたマリア・ドロレス・プラデーラや、フラメンコではマイテ・マルティンやミゲル・ポベーダも録音しています。音大に通っていた頃いつも歌っていた大好きな曲で、私をスペイン語に導いてくれた大切な歌でもあります。今回のヘレスの公演ではオープニングに採用しました。「あなたに一生涯を捧げたい」という歌で、フラメンコに一生涯をかけて身を捧げたいという私の気持ちに合致したんです」 今回の公演では、踊り手としても歌い手としても活躍する今枝友加が日本から参加した。彼女は2018年のフェスティバル・デ・ヘレスでの公演『フラメンコナウタ』でも小島と共演している。 「優秀な人をヘレスにご紹介したいと思っていまして。コロナ禍の前に上演した彼女のリサイタル公演を拝見して、頑張ってる人を応援したいなと思いました。彼女の活躍や素質には注目していました。私は日本フラメンコ協会に30年近くいて、新人公演をずっと観てきましたが、2003年に歌で奨励賞を取って、次の年には踊りで受賞して、2年連続で素晴らしい実力を示しました。でも本当はフラメンコって、そうなんですよね。フラメンコを好きになったら、踊りも歌もみんな好きになるんですね」 今回の公演の振付は、踊り手としてのみならず振付家としても高い評価を得るハビエル・ラトーレが行った。今や小島の舞台作品には欠かせない存在で、その始まりは2007年に遡る。 「彼は元々はバレエ・ナショナルの踊り手で、その後振付家として迎えられて、当時は国立劇場でも素晴らしい作品の振付をしていました。私はそれまで自分史のような作品を主に作っていましたが、初めてスペインの作家フェルナンド・デ・ロハスの『ラ・セレスティーナ』を題材に選んだ時に、これを描くには自分の手だけでは負えない、自分の振付だけでは足りないと思いました。もう少しあらゆる面で、スペイン語だと”coreograficamente”な部分で、それと台本の宿している意味の理解とか、1時間の作品を作るためには自分だけの目よりもプラスアルファが多い方がいいと思い、彼に振付を依頼しました。作品の流れや、人間像をより深く掘り下げるためにも、彼の力は必要でした」 以後、『運命の力』や『ア・エステ・チノ・ノ・レ・カント』など、小島の作品作りで要の存在となっている。 チクエロ(左)、ラトーレ(中央)とカーテンコールに立つ/Foto por ANA PALMA 「私は彼の振付の並外れた才能を信頼しています。もう彼は”familia artistica”なんです。ラトーレやロンドロ、そしてチクエロも、私の芸術には欠かせない存在です。ロンドロは初めて会ったのは18か19歳ごろの時です。彼らが出演した昨年11月の公演は特に作品の水準が高く、日本だからじゃないけど彼らが円熟期を迎えているので、それを観ることができたお客様は幸せだと思います。私が彼らと知り合いこの何十年の中で、お互いに築き上げた信頼とか、高めてきた芸術性みたいなものが表れ、時間を無駄に過ごしてない、と実感しました」 昨年11月、小島は門下生の北原志穂との共演で、東京芸術劇場シアターウエストで2日間の公演を行った。この作品にはロンドロやギタリストのチクエロが出演。彼は1998年から、小島の舞踊団で音楽監督を務めている。 「チクエロと初めて知り合ったのは彼がエル・フラメンコに来た時でした。私がパリのユネスコ本部に招聘されて行った年(1993年)に初めてチクエロが来日して、その年あたりから彼と共演しています。彼はバルセロナの出身なんですが、当時のバルセロナではペドロ・シエラやホセ・ルイス・モントンなどが台頭してきて、互いに切磋琢磨していた時代でした。それぞれに素晴らしい音楽性やフラメンコ性がありましたが、私は偶然ご縁があってチクエロに出会いました。彼の素晴らしい才能や音楽性はもちろんですが、もともと彼は歌を志していたので、歌のこともよく解るからいろいろ教えてくれます。今回のメンバーのマルティンみたいな音楽大学を出ているようなチェリストとの共演も大丈夫だし、音楽面では盤石の信頼を寄せています。特に今回の公演では、スペインにもちょっと無いような音楽世界を表現できたのではないかと思います」 この東京芸術劇場での公演は、北原からのオファーだったという。 「ちょうどあの劇場が抽選で取れたそうで、北原さんからぜひ先生に踊っていただきたいとオファーされました。テーマはお任せだったので、私が台本やプログラムを書いて自分でいろいろ構成を組んで、最後はお互い1曲ずつソロを踊りましょう、と。公演の内容も全部が重いとか全部が軽いとかでなく、二人で踊ったり声楽家のバリトンの独唱を組み入れたりと、いろんな色が楽しめるカラフルな作品になったと思います。 バリトンの上野くんは、実は私の歌の弟子なんです。同時にフラメンコの弟子でもありますが……。スペイン音楽のコンクールに出るということでスペイン歌曲などの指導をして、見事に優勝しました。彼の才能を私はすごく高く評価していたのでデビューを薦め、今回が彼のデビューステージとなりました」 久しぶりにスペインからアーティスト達を招聘した今回の公演。近年ではあまり日本で劇場公演に出演することが無くなっていたが、それには準備期間が十分に取られないことへのもどかしさがあるからだという。 「私が劇場公演をやるときは、スペイン人が来たら最低でも1週間や10日は合わせて練習します。それこそ『ラ・セレスティーナ』のような大きな作品だったら、スペイン人が来たら公演も含めて4週間とか。もちろんその前にも自分で時間をかけて準備したり。そのくらいやらないと、ちゃんとしたものは作れないですよね」 今も変わらず舞台の第一線に立つ。現役の踊り手であり続けるために、どのように身体を維持しているのだろうか。 「私も先日の10月1日で84歳になりましたけど、日々毎日、いつ踊れと言われても踊れるような肉体と心は維持してきました。トレーニングは、今は近場にある民間のフィットネスジムに週2回くらい行ってます。1回行くと2時間前後ですね。以前は国立競技場にトレーニングセンターがあって、建て替えるまではそこを利用していました。あの頃は競技場が全部使えて、トラックも走れるし中2階には650メートルの回廊もあったので、30~40分走ってウエートも軽くやって、ストレッチや一番大事なお腹やお尻を締めることもやって。多い時は1日6時間くらいやっていましたね。 それと、スタジオで踊るのとは別に、週に2回くらい自宅でヨガとストレッチを、2時間くらいやっています。体の維持とは思ってないけど、やはりそのくらいやってないと、人前では踊っちゃいけないと思います。理事会に出ても、帰るときに「早く帰って家でちゃんと練習しなさい」とみんなに言ってます(笑)。その他にも、声楽をやってましたから腹式呼吸でしたので、呼吸法なども続けています」 長年にわたり日本のフラメンコ界を牽引してきた小島。自分の後に続く若い世代へ、伝えたいことを尋ねてみた。 「先日の日本フラメンコ協会主催の全国公演でも『フラメンコのちから』と謳っていますが、フラメンコにはすごい力があるから、求めれば向こうの方からいっぱい教えてくれます。私は自分の命よりもフラメンコが一番大事に思っています。そのように生きてきましたから」 スタジオには今も多くの練習生が通っているが、フラメンコへの向き合い方には個人差があるようだ。 「やはりいろんな生徒さんがいますよね……。日本ではいつの間にかカルチャーセンターなどでも習えるようになって、趣味としてやっている人が多いですよね。だから、その中で自分がどのくらいフラメンコに肉薄していきたいのか早く見極めて、マドリードでもバルセロナでもセビージャでもヘレスでも、とにかく現地に行かないと。そこで、比較文化論みたいなものを、自分の中で整合性を合わせていくことが望ましいと思います。もし自分がもうちょっとやりたいと思うなら、早く行動しないと。でも経済的な負担も大きいから、行っても半年とか、早く帰ってくる人もいますね。うちでもそういう人は何人も見てきました」 確かに、日本からはるばるスペインの地でフラメンコ修行をするには、レッスン代に滞在費にと経済的負担は大きい。小島の場合はどうだったのだろうか。 「私の頃は、向こうに行って1年くらい経ってから仕事のオファーをもらってずっと滞在していました。帰国した頃はフランコ総統が亡くなって政権が変わり、ビザの取得とかが混沌としてしまっていたので、そうならないと私はまだ帰ってこなかったかも分からない。だから私にとってはいいターニングポイントになりました。それまでスペインにいた頃は、実績を積み重ねながらずっと働いていました。セビージャのロス・ガジョスで半年、その後はマヌエラ・カラスコやマティルデ・コラルたちと一緒に公演とか、次はカナリア諸島で半年、それからウエルバのタブラオに呼ばれたり。セビージャにいる間もいろんなフェスティバル出演のオファーがあったりと、仕事も途切れずどこに行ってもプロフェッショナルと認めてもらえて、経済的にもスペイン人と変わらないギャランティーを頂いていました。そういう人は日本人としてはなかなか多くないかもしれませんね。 今スペインでは、例えば中田佳代子さんがバルセロナで頑張っていますね。何年か前にヘレスで拝見しましたが、素敵な踊りで実力もお有りで。新人公演に出られていた頃から上手だと思っていました。他にもスペインで活躍されている日本の方々には、みなさん頑張ってほしいですね」 【プロフィール】 小島章司(Shoji Kojima) フラメンコ舞踊家。1939(昭和14)年、徳島県生まれ。海に恵まれた環境で少年時代を過ごす。武蔵野音楽大学声楽科卒業。声楽とピアノ、クラシックバレエ、モダンダンスを学び、フラメンコに出会う。1966年にシベリア鉄道経由で渡西。修行を積みながら数々の劇場公演やタブラオなどで舞踊活動を行う。1976年に帰国記念公演を行い、以来日本国内や海外にて多数の劇場作品を発表する。それらの創作活動は高い評価を受け、文化庁芸術祭賞や芸術選奨文部大臣賞など多数の賞を受賞し、また自身も紫綬褒章、文化功労者、旭日重光章など数々の栄誉に輝く。2020年の第24回フェスティバル・デ・ヘレスでは『ロルカ×バッハ』を世界初上演し、観客を魅了した。2016年にはスペインのヘレス・デ・ラ・フロンテーラ市よりフラメンコ名誉特使として任命を受ける。 (公式HPより抜粋) [公式URL] https://www.shojikojima.com/ >>>>>
- 新・フラメンコのあした vol.14
(lunes, 1 de abril 2024) 20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。今月は再び、昨年秋にマドリードで行われた第18回「スマ・フラメンカ」フェスティバルで上演された作品から、サンドラ・カラスコとダビ・デ・アラアルのステージについてのリポートです。 サンドラ・カラスコ&ダビ・デ・アラアル 『レコルダンド・ア・マルチェーナ』 「スマ・フラメンカ」フェスティバル カナル劇場・黒の間、マドリード、スペイン 2023年10月28日 Sandra Carrasco & David de Arahal “Recordando a Marchena” Festival Suma Flamenca, Teatros del Canal - Sala Negra, Madrid. 28 de octubre 2023 文:東 敬子 画像:宣伝素材 / 東 敬子 Texto: Keiko Higashi Fotos: Promoción / Keiko Higashi 「悲しみに暮れている私に、瀕死の父は言いました。サンドラ、悲しまないで。さあ、マルチェーナを歌っておくれ」 そして彼女は今も、マルチェーナを、フラメンコを、歌い続けています。亡き父の言葉に支えられながら。 私がサンドラ・カラスコのカンテを初めて聞いたのは、もう20年近く前だったと思います。当時はまだ20代前半だった彼女からは、正直なところ「ちょっとエストレージャ・モレンテ風の歌い方の金髪美人」ぐらいの印象しか受けませんでした。しかし、それから10年程経って彼女が30代に突入した頃から「あれっ?」という嬉しい驚きを感じるようになり、今やサンドラの名をプログラムに見れば、「間違いなし」と思えるぐらい、素晴らしい実力派歌手へと変貌を遂げました。本当に努力は人を裏切らないものですね。それを彼女から教えてもらったような気がします。 1981年生まれの42歳。今が旬の彼女は、ウエルバ出身らしく、伸び伸びとした、力強い、そして女性らしい歌声を持っています。舞踊団での歌唱のほか、ソリストとしては現在までに4枚のアルバムをリリース。現代カンテを代表する一人です。今回「スマ・フラメンカ2023」フェスティバルの一環として、『レコルダンド・ア・マルチェーナ(マルチェーナに想いを馳せて)』を公演。カンテの名匠ぺぺ・マルチェーナ(1903ー1976)の歌を、相棒ダビ・デ・アラアルの若いフレッシュなギターと共に現代に甦らせます。 マルチェーナは、「オペラ・フラメンカ」と称される時代を代表し、コロンビアーナを創作した人でもあります。サンドラは、彼が得意としたタランタやマラゲーニャ、そしてブレリア、ソレア、アレグリアス、ペテネーラなど、衣装を変えつつ歌い綴ります。 通常は舞台中央に、歌い手が客席から見て左側、ギタリストが右側に並んで座るところを、今回のステージでは、中央奥に飾られたマルチェーナ風のジャケットや帽子を掛けたハンガーを中心に、左側はチェロのホセ・ルイス・ロペスとパルマのロス・メジスの二人。右側はサンドラとダビというセッティング。これもマルチェーナへ敬意を捧げる意味合いがあるのでしょうか。 そしてサンドラはずっとスタンドマイクで立って歌っていたんですよね。うーん、何か落ち着かない。このスタイルは最近流行ってる感じですが、出来れば座ってじっくり歌ってほしいなと思う私でした。 そして今回は、普通のコンサートとは違うなと感じたことが、もう一つありました。それは彼女が自分よりも、ギターのダビを主役に押し出している感が強かったことでした。カンテが主役でギターは伴奏の感覚が普通ですから、これは不思議でした。あくまでも「二人の作品」という姿勢の現れなのかなと思います。 ただ、私は常に歌い手こそが主役であってほしい。わがままであってほしい。歌が引っ張ってくれてこそ、仲間は自身を奮い立たせることが出来るのだと思うのです。彼女は後半、少しずつ無我の境地に入り、自我を爆発させていきました。図らずも、それが感動的な最後に到達できた理由だったと思います。 最後に、ギターのダビ・デ・アラアルの事も少し触れておきましょう。2000年セビージャ生まれの彼のギターに、私が初めて触れたのは、コロナ禍にアントニオ・カナーレスが主催して行われたインスタグラムのライブ配信ででした。当時二十歳そこそこの彼は、自宅からソロで数曲弾いてくれたのですが、とても良い印象を受けました。作曲が素晴らしく、ずっと聴いていたくなる軽やかでメロディアスなトーケ。 現在は、サンドラのほか、ミゲル・ポべダなどの伴奏も勤めます。ソリストとしては、2021年にファーストアルバムをリリース。ただ、録音は少し優しすぎる感じがして、それよりもライブの方がエネルギーがあって彼の良さがもっと感じられると思いました。まだ23歳。これから大いに期待が持てるギタリストだと思います。 【Discografía/ディスコグラフィー】 Sandra Carrasco: La luz del entendimiento (2020) Travesía (2015) Océano (2014) Sandra Carrasco (2011) David de Arahal: Mar Verde (2021) 【筆者プロフィール】 東 敬子 (ひがし けいこ)/フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.com(https://spanishwhiskers.com/?page_id=326)を主宰。 >>>>>
- フラメンコギターコンサート 暁 AKATSUKI vol.3
~心のままに渡ったパイオニアたち~ (domingo, 31 de marzo 2024) 劇場公演や発表会など様々なフラメンコの現場で撮影活動を行う、写真家でありギタリストの川島浩之さんが企画するフラメンコギターコンサートが、東京・新宿ガルロチで開催されます。 まだフラメンコの普及がままならない時代に、現地へ飛び込んでいったパイオニアのギタリストに焦点をあて、年輪を重ねた彼らの奏でる音色に浸り、また渡西から知り得た大切なことなどを語るインタビュー映像も鑑賞できるコンサートです。 第1部は プレコンサートとしてセミプロや愛好家の皆さんの演奏と、注目の若手プロギタリストYŨNAさんによるステージ。第2部はパイオニアたちによるAKATSUKIコンサートとして、エンリケ坂井、鈴木尚両氏が出演します。 味わいのあるギター演奏と興味深いインタビューが楽しめる、貴重なコンサートです。 フラメンコギターコンサート 暁 AKATSUKI vol.3 ~心のままに渡ったパイオニアたち~ [日時] 2024年5月17日(金) 18時開場/19時開演 [会場] 新宿ガルロチ(東京・伊勢丹会館6F) [出演] エンリケ坂井/鈴木尚/YŪNA 他 [チケット] 全席自由、1ドリンク付き 前売4,000円/当日5,000円(税込) [申込/問] guitarakatsuki@gmail.com 090-8344-8843(川島) >>>>>
- 特集:第28回フェスティバル・デ・ヘレス
(sábado, 30 de marzo 2024) 去る3月9日に閉幕した第28回フェスティバル・デ・ヘレス。コロナ禍もほぼ収束し、かつての賑わいが4年ぶりに戻ってきた今年の模様を、長年にわたり取材を続けてきた志風恭子さんがリポートします。 文/志風恭子 Texto por Kyoko Shikaze 【INDEX】 ・開幕はサラ・バラス ・コンテンポラリーとフラメンコ ・ヘレスの踊り手たち ・研究を舞踊に ・フラメンコの今 ・スペイン舞踊、ボレーラ… ・そしてマヌエラ ・試行錯誤の時代 ・短期クラス/クルシージョ ・日本人の活躍/オフ・フェスティバルなど 今年もヘレスのフェスティバルが2月23日から3月9日までの16日間に渡って開催されました。フラメンコとスペイン舞踊に特化した世界で唯一のこのフェスティバルも今年で28回目。1997年春に始まったこのフェスティバルは、今やフラメンコ界にとってなくてはならぬ一大イベントとなりました。 もともと、コルドバのギターフェスティバルをお手本に、ヘレスの外から人を集める、ということを目的の一つとしていましたが、第一線で活躍する舞踊家たちの舞台だけでなく、彼らや高名な舞踊教授たちの短期クラスを開講し、その受講料には劇場入場料も含まれる、というシステムも好評で、毎年、世界中から多くのフラメンコを愛する人たちが集まってくるようになるまでにそれほど時間はかかりませんでした。 当初はフラメンコといえばカンテ、と思っている地元ヘレスの人たちはそれほど好意的ではありませんでしたが、現在ではフェスティバルに合わせて地元のライブハウスやタブラオ、タバンコと呼ばれる居酒屋などでも様々なイベントが開催され、スタジオでも外部から講師を呼んでクルシージョが開講されるなど、街を上げてのお祭りのようになってきています。 開幕はサラ・バラス 2月23日、今年の開幕を飾ったのはサラ・バラス『ブエラ(飛べ)』。今年没後10周年となったパコ・デ・ルシアへのオマージュで2月1日にマドリードで初演したばかりの新作です。 スペインで一般にも広くその名を知られるスターならではの舞台で、5人の女性ダンサーと男性ダンサー1人での群舞は衣装替えも多く、アバニコやバストンを使うなど変化もつけて、照明でギターの6本の弦を描くなど、エンターテイメントとして工夫しています。 全編に散りばめられたパコの名曲。サラのクリアなサパテオも得意のスカートを持っての回転やカレティージャ(高速サパテオで細かく前進していく技)も健在。彼女の作品を「商業的」という人もいます。実際、マドリードやバルセロナでロングラン公演を成功させているスター。ただ、フラメンコ/スペイン舞踊の“今”にはこれとはもっとちがう流れがあることを、この後の15日間で実感することになりました。 コンテンポラリーとフラメンコ 翌24日の昼間に、アタラジャ博物館で行われた公演『トレス・ピエサス』も“今のフラメンコ”を実感できるものでした。 出演はバルセロナ出身のホセ・マルドナードとメキシコ生まれのカレン・ルゴという二人のダンサーとギタリスト、チクエロの3人だけ。歌はありません。フラメンコの中心は歌、とはよく言われることですが、歌がなくとも、この公演はムイ・フラメンコで、コンパスの気持ちよさに、ちょっとしたひねりに、伝統的なフラメンコのポーズに、と思わずオレ。色を抑えたシンプルな舞台。椅子と絨毯を小道具にした彼らの踊りは精密で難度の高いパズルのようで、稽古を積み重ねてこそのものなのだと思うのだけど、それを簡単なもののようにさりげなくやっているところがまたすごいのです。そしてチクエロのギターの美しさ、それが踊り手二人の卓越した技術と層をなすようにして完成されている、という感じ。 この作品ではコンテっぽいこともしているホセですが、後日、メルセデス・ルイスの作品では伝統的なバイラオールとして見事にメルセデスをサポートしていたことを観るにつけ、フラメンコの伝統を学んで身につけているからこそ、伝統の形を崩していくこともでき、それが美しい作品にとなるのだなと実感したことでした。 一見、コンテンポラリーっぽいけど、フラメンコ、というのは3月5日に同じくアタラジャで行われたフランシスコ・イダルゴ『蝿とダイアモンド』。 この作品の場合は上演開始前から踊り手が客席に現れ、上衣を脱いだりして行くというオープニングはコンテというか実験演劇みたいな感じ。舞台に上がって(開演して)からも、最初は椅子を背負って歩いたりしているし、途中打楽器奏者がフランシスコの体を叩いてそれで踊ったりもするけど、タラントもタンゴ・デ・マラガもアバンドラオも全部きちんとフラメンコで、コンテ的要素や文法はフラメンコを生かすために使われ、あくまで主役はフラメンコ、というところに好感が持てました。 この作品でも、ギター(エレキベースも弾いてたけど)のアントニア・ヒメネスの存在も大きかったと思います。いい作品にはいい音楽は欠かせません。 3月3日ビジャマルタ劇場で上演されたダビ・コリアの『ロス・バイレス・ロバードス』は、昨年のワーク・イン・プログレスを経ての登場。 舞踊の流行病に想を得た作品で、超絶テクニックで踊り続けるダンサーたち。ただ、ファルーカを踊ったりはするし、サパテアードもするけれど、フラメンコおよびスペイン的要素の存在感が希薄で、普通のコンテンポラリー作品を観たような印象になってしまうのは彼らにとって損なような気がします。自分たちの一番の強みであるフラメンコを効果的に使ってこそ、他の部分も生きてくるのではないだろうか、などと思わされました。前作、『ファンダンゴ』との大きな違いはそこにありそうです。ダビ・ラゴスの見事な歌いっぷりも、BGMのように使われている気がして勿体無い。 サックスのフアン・ヒメネスは元々現代音楽の専門家で、現代音楽を踊ったラ・モネータ『ビンクロス』、ダビ・コリア、ウルスラ・ロペスと3公演に出演。フェスティバル直前までイスラエル・ガルバン新作パリ公演に出演していたそうで、どうすればこんなに違う作品を記憶できるのか知りたい気がします。 ヘレスの踊り手たち ビジャマルタ劇場では、今年3人のヘレスの踊り手が登場しました。2月27日にはホアキン・グリロが、フラメンコ研究家ファウスティノ・ヌニェスと共に作り上げた作品『クチャロン、ウン・パソ・アトラス』を初演しました。 タイトルは、大さじ持ったら一歩下がる、という意味で昔、大鍋で作られた料理を皆で直接鍋から食べる時に、匙を持ったら一歩下がって他の人が鍋に寄れるように、という意味の言葉。日本で言うと同じ釜の飯を食った仲間、というのと通じるかもしれません。農業、鉱山、鍛冶屋ときびしい力仕事を、トリージャとホタ、タラント、マルティネーテで彩り、スケッチしてみせていくといった趣向の佳作。 クラシックのような音色のギターと芝居心のあるホセ・バレンシアの存在感のある声とのバランスも良く、グリロ恒例ブレリアも冗長となることなく堪能させてくれました。ガデス舞踊団のギタリストだったこともあるファウスティノの知識と経験が、グリロの意図や実力と結びつき良い作品が生まれたのですね。 3月8日、メルセデス・ルイスは、これまで作品の企画演出を手がけていたパコ・ロペス(フェスティバルの生みの親で今はオペラ演出で活躍中)抜きで制作した作品『ロマンセーロ・デル・バイレ・フラメンコ』を初演しました。 セビジャーナス、ファンダンゴ、シギリージャ、カンティーニャとフラメンコ曲を伝統的な形でストレートに集めたアンソロジー的作品ですが、ホセ・マルドナードを相手役にしたのが大正解。マルドナードは彼らしいモダンさを封印してクラシックに徹し、メルセデスを引き立てていました。シンプルにフラメンコ舞踊を楽しむ作品となっていたと思います。 3月4日にはベアトリス・モラーレスが、夫アグへータ・チーコと共に初めてビジャマルタに登場。 パトリシア・ゲレーロ作品の演出家やマリア・モレーノ作品の衣装を手がけた有名なデザイナーの協力を得るなどして制作した『デ・ラ・ナトゥラレサ・デル・アモール(愛の自然から)』で健闘しましたが、いかんせん、ベアトリスは現在の舞踊の潮流とは遠いところにあり、またあれもこれもと盛り込みすぎて焦点がぼやけてしまった印象でした。最後の、二人でのサルサ風の曲のデュエットなど、会場が午後のアタラジャだったらまた印象が変わったかもしれません。 ビジャマルタ劇場ということで、観る側も作品のクオリティに時に過剰な期待をしているということもあるように思います。 研究を舞踊に フラメンコの歴史などを探求していき、それを作品に昇華する、と言うのも最近の傾向の一つではないでしょうか。先にあげたホアキン・グリロの作品も、その流れにあると言えるかもしれません。 3月6日、前アンダルシア舞踊団監督ウルスラ・ロペスが自らの舞踊団を立ち上げ制作した『コメディア・シン・ティトゥロ(題名のない喜劇)』は、アンダルシア舞踊団で上演した作品『蝶の呪い』の続編と言うべきもの。フラメンコ舞踊の歴史を同時代のフラメンコと関係のあるモダンダンスなども含めつつまとめたもので、ビセンテ・エスクデーロのシギリージャや、グラン・アントニオのマルティネーテ、エル・グイト、ファルーコのソレアといった、フラメンコ舞踊の歴史に深く刻まれた振り付けを再現しています。力作ではあるけれど、歴史をなぞるだけでなく、彼女ならではの視点のようなものがあっても良かったようにも思います。 この翌日7日の、エステベス/パーニョスの『コンフルエンシア(融合)』は、ロマンセやサラバンダ、ホタ、民謡、アフリカ由来の音楽など、フラメンコの源流やプリミティブなフラメンコを、フラメンコ、スペイン舞踊、コンテンポラリーなど自由に組み合わせ、踊っていく。そうすることで、フラメンコそのものの魅力も、未来の姿も垣間見えるような気がします。 5人のダンサーと3人のミュージシャンがとにかく素晴らしく、圧倒される作品です。ラファエル・エステベスは舞踊家ですが、研究家の顔も持ち、彼の探究心無くしてはこの作品はありえなかったことでしょう。大きな身体の彼の踊るフラメンコの味わいの素晴らしさ! 上記2作品とは毛色が違うのですが、探求が作品に、と言う意味で繋がりがあると言えるかもしれない作品が、メルセデス・デ・コルドバの『インフィニート(無限)』。 3月1日アタラジャで上演されたこの作品は、詩人で彫刻家で画家、若くして自死したマルガリータ・ヒル・ロエセの作品と偶然巡り会ったメルセデスが、彼女のことを知ってもらいたいという一心で制作に取り掛かったというもの。ヘレスでの公演はワーク・イン・プログレスということで、制作過程の一片を見せる、という感じで、マルガリータの姪とその人生や作品についてのおしゃべりがあったり。マルガリータの両親に宛てた遺書の話を聞いて、メルセデスが涙した後で踊ったタラントの奥深さ、強さ、厳しさ、絶望。メルセデスの思いが真実のものだからこその、鳥肌の立つようなパフォーマンスだったと思います。 なお、本作品の初演は今年のビエナルでだそうです。 フラメンコの今 3月1日、ビジャマルタ劇場で上演されたアルフォンソ・ロサとパトリシア・ゲレーロの『アルテル・エゴ』は、今年のフェスティバルの観客賞を受賞した作品です。非常に洗練された形で、フラメンコのエッセンスを、超絶テクニックで、余すことなく伝えてくれました。 二人の踊り手、ミュージシャン(ギターがフランシスコ・ビヌエサ、歌にイスマエル・エル・ボラ、アンヘレス・トレダーノ)、全員が全編、舞台に出ずっぱり。ソレアからカーニャへ、タンゴ・デ・マラガからマリアーナへ、というようにフラメンコ曲がシームレスにつながっていきます。 それを踊る二人の超絶テクニック、アルフォンソの非のつけどころのない姿勢、回るごとに違うニュアンスがある回転の美しさ、間合いの良さ。全ての動きにセンティードがあって、ディテールが詰まっているのです。一昨年のフェスティバルで上演された『フラメンコ。エスパシオ・クリアティーボ(創造空間)』で振付を手がけたエステベス/パーニョスに学んだことが今回の作品にも生かされています。パトリシアの小気味のいい踊り、動きが止まるところのかっこよさ。ソロもいいが、二人の掛け合いも息があっていて素晴らしかったです。いま、この時の、二人ならではのフラメンコ。最後に見せた史上最も複雑で難しい(であろう)セビジャーナスに至るまで、二人の才能を、スタイリッシュに魅せてくれました。 彼らの踊りは現代的だけど、そこに伝統のフラメンコも透けて見えてくるのです。非常に複雑難解なことをいともたやすくやっているように見えるのがすごいし、粋。そして薄暗がりのようでいて表情も動きもきちんと綺麗に見える絶妙な照明(オルガ・ガルシア)。文句なく、今年の作品ナンバーワンです。 スペイン舞踊、ボレーラ… 誤解されがちなのですが、ヘレスのフェスティバルはフラメンコのフェスティバルではなく、フラメンコ舞踊とスペイン舞踊のフェスティバルなのです。フラメンコに押されて、現在では見る機会が少ない、エスクエラ・ボレーラや民族舞踊などの作品も登場します。 今年は、マヌエル・リニャン『ビバ』やアントニオ・ナハーロ舞踊団で活躍中の若手、ダニエル・ラモスがボレーラからシギリージャ、クラブ風ダンスまで踊る初のソロ作品、『コントラクエルポ』が2月28日アタラジャで上演されました。 ボレーラといえば、これまでも数々の作品でバレリアーノ・パーニョスが名人技を見せてきましたが、ダニエルも素晴らしい。カスタネットやマントンも使い、でも、リニャンやナハーロ、ルベン・オルモといった先輩方の影響は顕著だけれど、真似に終わっていないのは見事です。 同じく28日、ビジャマルタ劇場では、カルロス・ロドリゲスが豪華なゲストとともにピカソへのオマージュを踊る『エテルノ』で、絶品のボレーラやホタ、エスティリサーダを堪能できました。 スペイン国立ダンスカンパニー監督ホアキン・デ・ルスがスペイン国立バレエ団ソリスト、エステラ・アロンソとみせたファンダンゴが白眉!ボレーラはクラシックバレエとの共通点が多いのですが、ボレーラならではの斜めの構えなどもちゃんとしていて脱帽。繊細で、ただひたすら美しく、酔いしれました。 またホタの貴公子、ミゲル・アンヘル・ベルナも登場し、スペイン舞踊の多彩な魅力を改めて感じさせてくれました。これで音楽がもう少し良ければ……。作品は二部構成だったのですが、二部は昔の創作ダンス、みたいな感じで、私的にはボレーラ、ラ・ルピのフラメンコに、ホタとスペイン舞踊満載の一部だけで十分でした。 そしてマヌエラ 昔からのフラメンコファンは、きっとファルキートとマヌエラ・カラスコ、二人の公演を楽しみにしていたことでしょう。ファルキートは息子フアン・エル・モレーノとの『アルマ・ヌエバ』で3月2日に登場。息子との共演のせいか、いつもより、下向きがちな姿勢が気になりました。また踊りでも、踊りの途中で決めポーズの後拍手をねだるようなポーズもあったり。ビデオを入れたり、新しさを出そうとしているのだとは思いますが、成功しているかどうかは微妙なところではないでしょうか。キーボードなどどう考えても新しい響きではなく、90年代風に思えてしまうのです。 マヌエラ・カラスコは最終日、引退ツアー公演の第一弾として新作『シエンプレ、マヌエラ(いつもマヌエラ)』を初演。 エストレマドゥーラのハレオで始まり、ゲストのヘスース・メンデスが歌うカーニャ、母そっくりの娘マヌエラのアレグリアスとつづき、最後の極めつきはソレア。これがものすごかった。 ソレアといえばマヌエラ、マヌエラといえばソレア。だからもちろん期待もしていたのだけれど、その期待をはるかに超えてくる素晴らしさ。言葉にならない思いをフラメンコで語ってくるのです。真っ直ぐ心に飛び込んでくる。少なくとも40年以上の長きに渡り、マヌエラに歌い続けているエンリケ・エル・エストレメーニョとの絆、昨年亡くなった夫への敬慕、自分の中のどうにもならない思い、そういったものが、観ているこちらの心の奥底に眠っていた、言葉にならない感情と結びつき、滂沱の涙。フラメンコはやっぱり最高!と高揚した気分で家路へとついたのでありました。 試行錯誤の時代 と、今年も素晴らしい舞台がたくさんありましたが、全体として思ったのは、絶対的な正解のない時代、試行錯誤を繰り返すことでそれぞれの正解を見つけていくのだな、と言うことです。 1980年代まで、フラメンコの踊り手は良い踊りができればそれで十分でした。アントニオ・ガデスやマリオ・マジャのように、舞踊団を作り作品を発表する人は少数派でした。それが90年代から、セビージャで2年に1度開催される世界最大のフラメンコ祭ビエナルが出演者側からのオファーを中心にプログラムを組むようになり、踊り手側には、フラメンコを上手に踊るというだけではなく、企画をたてる、作品を作る能力も必要とされるようになったのです。作品/企画を持ち込まない限り、踊る機会は減少の一方です。もともとただ踊るだけでは飽き足らない、表現したいという欲求を持った踊り手には良いきっかけとなったことでしょう。また世界市場を考えた場合も、作品をオファーできるというのは利点です。しかし良い踊りを踊ることだけを追求してきた人にとっては大問題です。踊りの実力と、作品を創作する能力、制作する能力は別物なのです。誰もがガデスのように踊りも、振り付けも、演出や照明デザインも、と全てをできるわけではありません。にもかかわらず、作品という体裁を整えなければなりません。当初は他の踊り手と組んだり、生徒を入れて、自分はいつものレパートリーを踊るなどしていた人も大勢いました。そのうち、演出家を入れたり、他ジャンルのダンサーやミュージシャンをゲストに呼ぶなどする人も増えてきました。 そして今、フラメンコにベースをおきながらもフラメンコに縛られず自由な発想で創作していくイスラエル・ガルバンの登場と成功もあってか、誰もが自由に自らの発想/考えを形にしていくように見受けられます。コンテンポラリーダンスや演劇的な手法やテクニックもおそれずに使いこなし、自分のフラメンコを、自分の世界を描こうとしているのだと思います。ダンサー自身などが、舞踊学校時代に学んだフラメンコ以外の舞踊に熟練している場合も多いというのもあるでしょう。演出家なども無しで一人で全部ディレクションしていくことも多いようです。ただ、他ジャンルに絡めとられてしまうケースや、色々な要素を入れすぎて何が主役かわからなくなってしまうことなどもあるように思います。演出家やゲストを使うにも、何をしたいかという根本のところを自分でしっかり捕まえていないとダメなのだと思います。 また、一人でスタジオにこもっているだけではなく、仲間たちや他の踊り手の舞台を見ていくことも必須なのではないでしょうか。ヘレスのフェスティバルでは、オフィシャルのクラスの講師陣だけでなく他のスタジオでクラスをしに来たアーティストたちも劇場にやってきます。セビージャから公演だけを見に来るアーティストもいます。たくさんの舞台を見ることで学べることは無数にあると思います。 ちなみに、ヘレスのフェスティバルの魅力の一つにアーティストとアフィシオナード(ファン)の距離の近さがあると思います。劇場公演終演後、近くのバルには公演を見ていたアーティストがおり、しばらくすると舞台に出ていたアーティストもやってきます。いい公演だと、そのアーティストが拍手で迎えられることがあったり、夜が更けてブレリア一節始まることもないことではありません。 短期クラス/クルシージョ 今年は36のレギュラークラスと1日だけの集中クラスが5クラス開講され、全てが満員となりました。レギュラークラスは土曜から日曜までの7日間、入門初級クラスで1時間50分、中級向上クラスで2時間20分のクラスが毎日行われる集中クラスです。レベル分けはされてはいるというものの自己申告なので、生徒のレベルにばらつきがあって生徒も先生も大変、という話も耳にしますが、普段レギュラークラスを開講していないアーティストも多いので、憧れのアーティストの近くで学べるまたとない機会でもあり、多くの人が何かをもらって帰途についたことと思います。 日本人の活躍/オフ・フェスティバルなど 今年で13回目となったライブハウス、ラ・グアリダ・デル・アンヘルでのオフ・フェスティバルには、カプージョ・デ・ヘレス、フアナ・ラ・デル・ピパ、ディエゴ・デル・モラオらご当地ヘレスの人気アーティストや、ラファエル・カンパージョ、エル・フンコなど第一線で活躍する踊り手から地元舞踊教室の生徒まで、幅広いプログラムが組まれていました。 ここでの日本人の出演はもう恒例といっていいでしょう。今年も2月25日、野上裕美がセルヒオ・ゴンサレスと共演したのを皮切りに、27日には石川慶子、川本典子がフアン・ポルビージョと共演。29日には佐藤浩希と中里眞央がアントニオ・マレーナ親子との共演で出演。中里はカンテ・ソロでタンゴとシギリージャを歌い、佐藤もソレアとシギリージャを踊りました。3月5日はエンリケ・エル・エストレメーニョ、ニョニョ親子のプロデュースで『日本からヘレスへ』公演。松下幸恵、安井理沙、林結花、宇根由佳、荒濱早絵、山下美希、景山綾子と7人が出演。それぞれの個性が感じられる一夜でした。最終日9日には萩原淳子が5日の公演でパルメーロを務めたフアン・マテオスが出演しました。他にも、萩原はタバンコ・エル・パサへ、野上は長嶺晴香とともにタバンコ・クルス・ビエハのコンクールにも出場しています。 日本人がフラメンコを踊る、ということが、少なくともヘレスのフェスティバル界隈ではもうごく普通のこととして受け入れられていると感じます。これもヘレスのフェスティバルの成果の一つかもしれません。 また、小林亮はアルバム発表記念コンサートをペーニャ、ラ・ブレリアで公演。小林の公演は満員御礼。アンドレス・ペーニャらヘレスのアーティストも出演し大いに盛り上がりました。ヘレスの地で、ヘレスのアルティスタに囲まれて弾く小林も、東京公演時よりもヘレス度がアップしているようで、最後に踊ったブレリアのパタイータに至るまで完璧な公演。フェスティバルの本公演にもいくつかゲスト出演していたヘスースも、リラックスした熱唱だったし、アンドレスのクラシックな、古き良きフラメンコの香り高い踊りも最高でありました。 この他にもここラ・ブレリアをはじめ、ヘレス市内のペーニャやタブラオなどでも有料のイベントが行われたり、オフィシャル以外のイベントやクルシージョも増えています。これから行こうと思う人はそれらも含めて要チェックです。 【筆者プロフィール】 志風恭子(Kyoko Shikaze)/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。 >>>>>
- リレー連載:私の新人公演 -2023年の挑戦- 6
第6回 LLAMAS DE FRAGUAS 【バイレ群舞部門/奨励賞】 (jueves, 21 de marzo 2024) フラメンコを志し、さらに高みを目指すために目標として掲げられる大舞台、新人公演。 昨年の入賞者に、本番までの道のりや自身の経験や思い、これから挑戦する人に伝えたいことなどを語ってもらいました。 第6回目は、バイレ群舞部門で奨励賞を受賞したLLAMAS DE FRAGUAS(ジャマス・デ・フラグアス)のメンバー、鰐部恭江さんのエッセイをご紹介します。 舞台写真/一般社団法人日本フラメンコ協会 提供 編集/金子功子 Edición por Noriko Kaneko 私たちは今枝友加先生クラスの仲間です。仕事も違えば住まいも愛知、岐阜、奈良、京都と離れています。みんなで揃って稽古してもらう時間は限られていましたので、本番まではそれぞれに次のような事をしていました。 ・振りは動画で共有し各自稽古する。 ・先生主体の長時間特訓では振付以外にも、基礎に立ち返る、ゆっくり確認する事を重視。筋トレもとても有益でした。 ・ホールでの練習 ・暗闇に慣れる練習(電気をつけない) ・リモートミーティングでの話し合い ・日本フラメンコ協会で過去の受賞作品のビデオ鑑賞 先生から繰り返し注意された事は、群舞ならではの一糸乱れぬまとまりでした。あらゆる角度、腕の位置、指の形、視線、タイミング、意志や方向性。それらが一つの大きな渦となること。ソロや個性とはまた違った大きなテーマの一つでした。 体調管理の難しさも痛感しました。知らず知らずのうちに蓄積された疲労でケガをしたり、数週間前に感染症に罹患してしまったり等々、気を付けても防ぎ切れませんでした。仲間に心配かけまいと誰も口にはしませんでしたが平均年齢51歳の私たちは、皆、身体も心もギリギリの状態だったのだろうと思います。 メンバーが全員に買ってくれたお守りと共に誰一人欠ける事なく、東京入りできた喜びはこの先も忘れることはありません。 東京入りしてから本番までで、よかった事がいくつかありました。 ・皆で同じホテルに泊まり、ホテルでゆっくりメイクをして会場入りできた。 ・前日にガルロチで素晴らしい舞台をみてフラメンコを再確認。 ・当日は美味しいお弁当をデリバリー。 ・バックのアルティスタもテーマカラーを衣装に取り入れてくれて一体感が増した。 とにかく少しでもリラックスでき、元気で楽しい気分になれるように心掛けました。 本番はそれぞれに思うことはあったにせよ、今までの一番が出せたはずです。私たちの合言葉「本番は身の程知らずになれ!」が発揮できたのではないでしょうか。 奨励賞は本当に嬉しかったものの、あの日、あの舞台に立った他の群舞も本当に素晴らしかった。地方組も多く、台風による交通機関の乱れなど様々な苦労はどこのチームにもあったと思います。賞はたまたま私たちが頂けただけ。きれい事のようですが、出演した人にしかわからない、特別なものが新人公演にはあると思います。 それよりも全員で舞台に立てた事、全力で支えてくれたアルティスタと共に有観客で踊れた事、立派な照明を当ててもらい先生や応援してくれた方々や多くのお客様に見て頂けたこと、そこに至るまでの道のりすべてが何よりの宝です。 また嬉しいことに2月、京都で群舞を踊らせ頂きます。今は稽古の真っ最中で(※編集部注:執筆時は1月末)、新人公演では気付けなかった発見が沢山あります。あの時に知りたかった(笑)! でもあの時はあれが精一杯。フラメンコは果てしなく遠い存在です。それでも先生の言葉にある「いつだって途中経過で良い」のでしょう。 これからも今枝先生の作品「Abandoraos」を大切にしていきます。 ありがとうございました。 【プロフィール】 LLAMAS DE FRAGUAS(ジャマス・デ・フラグアス)/今枝友加名古屋クラス所属の7名で構成。 石井あゆみ(愛知)、清田惠子(愛知)、平和美(奈良)、服部亜希子(京都)、新美左智子(愛知)、渡辺なおみ(岐阜)、鰐部恭江(愛知) 【新人公演とは】 一般社団法人日本フラメンコ協会(ANIF)が主催する、日本フラメンコ界の発展向上のため、次代を担うフラメンコ・アーティストの発掘および育成の場として、1991年から毎年夏に開催されている舞台公演。 プロフェッショナルへの登龍門として社会的に認知される一方、「新人公演は優劣順位をつけるためのものではなく、新人へのエールを送るために存在する」という当初からの理念に基づき、すべての出演者が主役であるとの考えから順位付けは行われません。 バイレソロ、ギター、カンテ、群舞の各部門に分かれ、若干名の出場者に奨励賞、またはその他の賞が与えられます。 (*一部、ANIF公式サイトより引用) >>>>>
- リレー連載:私の新人公演 -2023年の挑戦- 7
第7回 片野佳加 【バイレソロ部門/準奨励賞】 (jueves, 28 de marzo 2024) フラメンコを志し、さらに高みを目指すために目標として掲げられる大舞台、新人公演。 昨年の入賞者に、挑戦へのきっかけや本番までの道のり、自身の経験や思い、これから挑戦する人に伝えたいことなどを語ってもらいました。 第7回目は、バイレソロ部門で準奨励賞を受賞した片野佳加さんです。 舞台写真/一般社団法人日本フラメンコ協会 提供 編集/金子功子 Edición por Noriko Kaneko 私が新人公演に出ようと思ったきっかけは、コロナ禍の影響で2020年の新人公演が中止になった事です。 何年か前からいつかは出てみたいと思っていた新人公演。でもまだ先でいいかな…、と漠然と思っていました。ですが中止になった事で、当たり前の事が当たり前でなくなる事があるんだと思い、思い切ってチャレンジしようと思ったのが最初のきっかけです。 2021年の無観客の年が初めての新人公演でした。次の年は申し込んだけど出られず、次年度の優先枠をもらえた事で2023年は2度目のチャレンジが出来ました。 新人公演の指導は稲田先生にお願いし、振り付けしてもらう所からのスタートでした。期間に余裕が無かったので、振り付けをすごい勢いで付けてもらいました。ですが、難しい振り付けを覚えて自分のものにしていくのにかなり手こずり、気持ちも体力的にも余裕が無くなり焦る日々が続きました。 これは要領よく練習していかないと練習し過ぎによる怪我につながりかねないと思い、例えば体を動かしての練習と動かさない練習とに分けたり、練習内容を考えて取り組んでいました。先生からは、練習は録画してチェックしないといけないよと言われて、一番苦手な自分の動画を見るという事も頑張りました。先生の的確で、具体的な指導方法には迷いが無く、あれこれ悩んでしまう自分には合っていました。 そしてカンテのチェマとギターの斎藤さんに加わってもらってからは、皆で作り上げていく過程がとても楽しくて、一気に曲のイメージも広がりました。 音楽と共に自分のイメージをもっと表現したいと思い始め、その為にどこをどう動かすのがいいのか、など細かい動きにこだわりながら作り込みました。 本番前日はほとんど眠れませんでした。本番は出番が早かったので、ゲネの後は体を休めて過ごしました。 本番はもちろんあそこをもっとこうすればよかった!とか今でもいろいろ思いますが、本番が終わった日は今現在の自分の実力なりに、ベストを尽くせたかなと思いました。 共に舞台に立ち、支えて下さったアーティストの皆様の存在感が有り難く、とても心強かったです。有難う御座いました! 発表のメールを見た時は、奨励賞の所に名前が無く、ダメだったか。と思いましたが、その下に文がまだ続いていて、準奨励賞の所に自分の名前を見つけた時は、不意打ちだったので動揺して汗が吹き出ました! ですが、その後たくさんの人からお祝いのメッセージが届き、その気持ちが本当に嬉しくて、自分でも嬉しい気持ちになれました。あの時お祝いしてくれた皆さま有難うございます。 新人公演に向けて体力的にもメンタル的にも追い込んでいる中、クラスメイトや昔からの友人が応援してるよ!と言って、悩んだり煮詰まったりしている私の相談に乗ってくれたり、ライブを観に来てくれたりした事は大きな支えになりました。 また、私のやりたい事を快く応援してくれて、いつでも帰って来ていいよと言ってくれる、私のオアシスであり太陽のような堀江朋子先生の存在や、どんな様子?頑張ってね!と声をかけてくれた歴代の先生方も心強い味方でした。 そして何より、家族に応援してもらえた事が本当に有り難くて、それらが私の一番の動力源になりました。 これから新人公演に出られる方へのメッセージになるかわかりませんが、私が心掛けてる事は、人と比べず自分を信じるという事です。 フラメンコを続けていくのは大変な事も多くて、気持ちの中でどこに向かっているかわからず、よく迷子になっています。 それでも好きという気持ち、上達したいという気持ちを大事にしながら、新人公演に限らず、これからも自分だけのフラメンコを探していきたいと思っています。 【プロフィール】 片野佳加(Yoshika Katano)/高校生から大学を通して地元大阪の市川惠子帝塚山スタジオで学び、舞踊団に所属して経験を積む。その後フラメンコから離れ東京で就職、結婚、出産。フラメンコを再び始める。東京にて松本もとよ氏、堀江朋子氏、稲田進氏らに師事。 【新人公演とは】 一般社団法人日本フラメンコ協会(ANIF)が主催する、日本フラメンコ界の発展向上のため、次代を担うフラメンコ・アーティストの発掘および育成の場として、1991年から毎年夏に開催されている舞台公演。 プロフェッショナルへの登龍門として社会的に認知される一方、「新人公演は優劣順位をつけるためのものではなく、新人へのエールを送るために存在する」という当初からの理念に基づき、すべての出演者が主役であるとの考えから順位付けは行われません。 バイレソロ、ギター、カンテ、群舞の各部門に分かれ、若干名の出場者に奨励賞、またはその他の賞が与えられます。 (*一部、ANIF公式サイトより引用) >>>>>
- わが心のスペイン vol.4
(lunes, 25 de marzo 2024) 南房総と南スペインで田舎暮らしを楽しむ、石井崇が描くスペインの情景。 『エンリケ航海王子の夢』 太陽海岸(コスタ・デル・ソル)からポルトガルに入ると、アルガルベ地方になる。 そこに大航海時代の先覚者、ポルトガル王国のエンリケ王子が北の方から移民を使わし、作られたのがラゴス。 今から四世紀半前にはタコ漁で有名でしたが、王子の母方がイギリス王室だったため、今ではイギリス人の疎開地になっています。 またこの地方を代表するビーチリゾート地としても、多くのバカンス客が訪れます。 【プロフィール】 石井崇(Takashi Ishii)/画家。1942年東京・京橋生まれ。東京芸術大学卒業後、1975年単身スペインに渡り、村祭りを回るテキヤ業などでしのぐ。セビリア郊外アルカラ・デ・グアダイラに居住。1989年よりグラナダ・アルプハーラ(Alpujarra)地方にあるフェレイローラ村(Ferreirola)にアトリエを構え、今はフェレイローラ村と南房総館山をふたつの故郷とし、田舎暮らしを楽しんでいる。著作は「おれたちがジプシーだったとき」、「詩画集プラテーロとわたし」、「スペイン四季暦」、「南スペイン、白い村の陽だまりから」、画集「イシイタカシの世界」など。2004年「館山親善ふるさと大使」に任命、全国大学フラメンコ大会を企画。 ホームページ「イシイタカシの世界」 http://www.oliva2004.net/index.html >>>>>
- 第8回森山みえフラメンコ舞踊団公演
「シンデレラ・コンプレックス」 (domingo, 24 de marzo 2024) 毎回様々な題材をテーマに、女性たちの人生に焦点を当てた劇場作品を上演する森山みえフラメンコ舞踊団。 第8作目となる今回は、イギリスの長編小説「ジェーン・エア」の主人公を中心に、白雪姫、カルメン、ジュリエット、かぐや姫、白鳥の湖など、多くの人に親しまれている物語のヒロインたちが登場します。 王子様に幸せにしてもらうのを待つヒロインたちを舞踊団員が演じ踊り、裏切りや嫉妬、執着といった人間模様をフラメンコでドラマティックに表現。 共演には、妖しい魅力で男たちを虜にする黒鳥オディール役の奥濵春彦さんをはじめ、個性豊かなダンサーたちが揃います。 フラメンコ舞踊で表現するヒロインたちのドラマを、ぜひ劇場でお楽しみください。 第8回森山みえフラメンコ舞踊団公演 『シンデレラ・コンプレックス』 ~一度だけ本当の恋をした 最後の恋にはならなかったけど~ [日時] 2024年5月12日(日) 開場17:00/開演17:30 終演:19:45(予定) [会場] 東京・東部フレンドホール (都営新宿線「瑞江駅」から徒歩2分) [出演] ギター:エミリオ・マジャ カンテ:有田圭輔、三枝雄輔 パーカッション:橋本容昌 バイレ:奥濱春彦、山本海、ドミンゴ、森山みえ 森山みえフラメンコ舞踊団(冨田英子、富松真佑子、丹羽みずき、吉平梓、田村史子、村山涼子、小山優) 脚本・演出:森山みえ [料金] 全席指定 5,000円 [問] info@miemoriyama.jp >>>>>
- ArtistaЯ ~表現者☆~ ep.3
ep.3 伊藤笑苗 Ena Ito (lunes, 18 de marzo 2024) 写真家・大森有起が、今を輝くフラメンコ・アーティストたちの真の姿を写す 小柄な彼女に備う高い身体能力。 2014年から渡西を繰り返し、長期留学を経て昨年末帰国した。 成長著しい彼女の感性と視点。 20代の今、何を感じ得たのか聞いてみた。 「スペイン留学で感じたこと」 強いて一つ挙げるとすれば、 「フラメンコは世界中で愛されているんだな」ということ。 今は「国と国」の意識が薄れ、 「個人と個人」の関係を簡単に築けるようになってきている気がします。 そんな中、フラメンコの輪も世界中に広がっていくように感じました。 世界が日々変貌を遂げる中、フラメンコもどんどん変わっていくのでしょう。 もちろん、これは今に始まったことではなくて、 これまでも、これからもそうあり続けるのだろうけど。 というか、それが良い。 いつだって何が「フラメンコ」なのか、 対立は絶えないけども、各々が良いと思った風に少しずつフラメンコを変えていく。 だからいつまでたっても色褪せないし、世界中の人に受け入れられるのかな。 中でも日本には、ミュージシャンやタブラオ、そしてファンの方々など、 総合的に見て、フラメンコを楽しめる環境が整っていて凄いと思いました。 日本をフラメンコ大国へと育て上げてくれた先輩方に感謝です。 我々も頑張らなくては。 >>>>>
- リレー連載:私の新人公演 -2023年の挑戦- 5
第5回 藤岡里織 【バイレソロ部門/奨励賞】 (jueves, 14 de marzo 2024) フラメンコを志し、さらに高みを目指すために目標として掲げられる大舞台、新人公演。 昨年の入賞者に、挑戦へのきっかけや本番までの道のり、自身の経験や思い、これから挑戦する人に伝えたいことなどを語ってもらいました。 第5回目は、バイレソロ部門で奨励賞を受賞した藤岡里織さんです。 舞台写真/一般社団法人日本フラメンコ協会 提供 編集/金子功子 Edición por Noriko Kaneko 新人公演にエントリーした動機は、フラメンコに向き合いたいという気持ちと尊敬するアーティストの方々と劇場公演をしたいという気持ちからでした。 私にとって新人公演は、フラメンコを始めて数年の頃に群舞で出演したものの、その後フラメンコお休みの時期もあり少し遠い存在となっていました。 それが変わったのが数年前。新人公演を通してフラメンコに向き合っている方が身近にいたことがきっかけで、素晴らしい機会だと改めて気づきました。加えて、それが尊敬するアーティストさんとの劇場公演となればなお貴重な場だと感じ、2022年に初めてエントリーしました。その年は抽選で出演叶わず、翌年の昨年は事情でエントリーを躊躇していましたが、今やらなければ二度と機会はないのでは、と思い直し、エントリーを決めました。 本番までの日々は、出来ない事はもちろん、理解できない事、まだ見えてさえいない事が果てしなくある状況を改めて突きつけられる日々でした。 音楽を表現する、一音一音、一つ一つの体や顔の動き、何を届けたいか、などを見つめ自分に落とし込んでいく、これを7分もの演目で進んでいくのは果てしない道のりに感じました。これ自体はこれまでもこれからも同じなのだと思いますが、新人公演という機会だからこそ、細部まで拘ってアドバイスいただける師匠やアーティストの方々の言葉をできる限り受け止め、自分なりに落とし込んでいきたい、そんな気持ちでした。 7分は私にとっては本当に長く、本番までこの道のりを続ける体力と精神力、更に、本番を演じ切るための体力と集中力、その為の自分自身のコントロールの大切さを痛感しました。 本番3日前、自分の出来なさ具合と体力の限界を感じ、思わず師匠に「出来たことは少なかった」と呟いてしまった事を今でも覚えています。まだ本番が始まってもいないのに。 そこから本番までは、開き直ったとでもいうのでしょうか、少ないなりにも出来る事を丁寧にやっていく、支え一緒に進んでくれた方々を信じ、自分をできるだけ客観的にみて何をしたいかどこまでできるかをイメージするように努め、少し落ち着いて過ごせました。 本番当日は、もう今日しかないと思うと「楽しもう、やれる事は全部やろう」という思いが強かったように思います。師匠やアーティストの皆さんが、熱くも穏やかで温かくサポートしてくれている事を感じられ、満ち足りた時間でした。 支度-ゲネ-本番の波は事前にイメージしていました。これは、何度も付き添った娘の習い事の公演やコンクールから学んだ事も多く、いつも私は裏方のいわば娘のマネージメント役ですが、今回は自分自身をマネージするのねと思うと、これまで自分自身の時間とのバランスに葛藤を感じていましたが、全てが繋がってここに居ることが腑に落ちました。 本番の7分間は、舞台上の全員の温かさを最も感じ、練習よりもゲネよりもムシコスの皆さんが間近に感じられ同じ空間にいることを実感した幸せな時間でした。これを感じるための道のりだったなら険しくてもいいや、と思えたことを覚えています。 受賞は、大変光栄で嬉しく思うと同時に、当初は驚きと戸惑いもあり、発表当日はあまり眠れなかった事を覚えています。ここまで導いてくださった師匠やアーティストの皆様や支えてくれた方々や家族への感謝と共に、これまで受賞された素晴らしい方々が浮かび、身の引き締まる思いです。 今後も、まだまだ見えていないことばかりのフラメンコを、一歩ずつしっかり学んでいきたいと思っています。 最後に、こうして振り返ってみて、新人公演を通してフラメンコに向き合った過程で得られた多くの学びと温かいサポート、そして、本番の舞台の時間は何事にも代え難い宝物だった、と改めて感じます。 【プロフィール】 藤岡里織(Saori Fujioka)/香川県出身。吉野真末氏に師事しフラメンコをはじめる。その後、河内さおり氏、萩原淳子氏、稲田進氏に師事し、東京のタブラオを中心に活動中。2023年 第32回新人公演にて奨励賞、ANIF会員賞を受賞。 【新人公演とは】 一般社団法人日本フラメンコ協会(ANIF)が主催する、日本フラメンコ界の発展向上のため、次代を担うフラメンコ・アーティストの発掘および育成の場として、1991年から毎年夏に開催されている舞台公演。 プロフェッショナルへの登龍門として社会的に認知される一方、「新人公演は優劣順位をつけるためのものではなく、新人へのエールを送るために存在する」という当初からの理念に基づき、すべての出演者が主役であるとの考えから順位付けは行われません。 バイレソロ、ギター、カンテ、群舞の各部門に分かれ、若干名の出場者に奨励賞、またはその他の賞が与えられます。 (*一部、ANIF公式サイトより引用) >>>>>
- リレー連載:私の新人公演 -2023年の挑戦- 1
第1回 畑中美里 【バイレソロ部門/奨励賞】 (jueves, 15 de febrero 2024) フラメンコを志し、さらに高みを目指すために目標として掲げられる大舞台、新人公演。 昨年の入賞者に、挑戦へのきっかけや本番までの道のり、自身の経験や思い、これから挑戦する人に伝えたいことなどを語ってもらいました。 第1回目は、バイレソロ部門で奨励賞を受賞した畑中美里さんです。 舞台写真/一般社団法人日本フラメンコ協会 提供 編集/金子功子 Edición por Noriko Kaneko 新人公演に初めて出場したのは、2018年ですからわりと最近です。 幼少より踊り中心の生活をしていて、発表会や公演、小学校高学年になってからはコンクールにも出場し入賞した経験もありましたので、19歳で始めたフラメンコにはコンクールや舞台などの魅力を感じませんでした。 人生の転機に一旦フラメンコから離れ、フラメンコゼロの生活を約6〜7年送りました。その間はレッスンはもちろん、CDも聴かずの生活でしたが、子育てが少し落ち着いた頃から週に一度のレッスンに通い始めました。その1年後、発表会に出てから踊る機会を多方面でいただくようになり今に至ります。 そんな生活の中、同世代のフラメンカたちが新人公演に向かって奨励賞に向かって切磋琢磨している姿をみて、自分も人前で踊る立場として挑戦しないのは良くないと思い始め40を過ぎて出場致しました。 最初は力試しとしての参加でした。好きなように踊り、票はどなたからかいただきましたが大した評価はなかったように思えます。その次も勢いで出たのを覚えています。その後コロナ禍もあり1年休んだその間に、ギターの菅沼聖隆くんと出会ってしまって、あぁ、やっぱり踊りたいなぁ、と作品を作りたいなぁと心の底から思い始めました。今では売れっ子ギタリストで素晴らしいのは周知の事実ですが、とにかく踊りたくなる、そういうギターでした。 ですから3回目の出場は、過去2回より全然思い入れはあったし注目もしていただきましたが、結果には届きませんでした。 若干のふてくされが抜けないまま、ライブなどで作品を作ったり1年間そんなことをして過ごしたのちの今回の出場でした。 2024年の優先権を得るためのエントリーのはずが結局出場することとなり、正直焦りました。良きアドバイザーでパルマとして参加してくださった稲田進さんに相談しつつ、また菅沼くんに楽曲を作っていただき、正味1日で構成のベースを仕上げ、合わせは3回と最短で本番に臨みました。 年齢のせいかカラダが日々キツくなっているのを感じましたので、もう最後にしたい!という強い思いで臨みました。結果にこだわらない生き方をしてきたので、そういうタイプの人間からするときつい期間でした。とにかく毎日徹底して練習しよう、と決めました。どんな理由でも毎日やる。でも1ヶ月だけ。 1番キツい時間で、1番充実した時間でした。子どもの時毎日お稽古三昧だったあの頃。恵まれていて素晴らしい時間だったのだと、改めて踊りを始めさせてくれた亡き母に感謝しました。 本番は、コンディションを整え、できる限り集中して臨みました。舞台袖に引っ込んだ瞬間、へたり込んだのを覚えています。 共に参加してくれたカンテのチェマ、ギターの菅沼くん、パルマの稲田さんから口々に褒めていただきほっとしました。 受賞したことを知った時には、嬉しさのあまり泣きました。本当に頑張るとこんなにうれしいんだな、と思いました。家族には出場することで変に気を遣わせても申し訳ないと思って黙っていましたので、いろんな意味でびっくりしてくれました。 振り返ると様々な巡り合わせで運良く受賞できたと思う反面、自分の場合はやはり、日々の積み重ねではないかと思っています。 日々、ヌメロと向き合うこと、基礎的なカラダ作り、ポジション、表現方法、音の取り方…などなど勉強することは山ほどあり過ぎて全く追いつきませんが、例えば、Tarantoを聞いてあぁ、Fandangoからきてるね、という感覚を身につけるまでに3年かかりました。つまりそういうことが本当はフラメンコで大事なのではないかなぁと最近、思います。それはフラメンコを大事に大事にしてきたスペイン人に対するリスペクトでもあるし、フラメンコを丸々愛することなんじゃないかと。 今年はクラスも充実させたいし、企画の公演も現在進行中です。踊り手としてさらに飛躍したい。新人公演がまさに登竜門となったと改めて感じています。 【プロフィール】 畑中美里(Misato Hatanaka)/6歳よりモダンバレエを始め、全国舞踊コンクール(入賞)、公演などに出演。19歳からフラメンコに転向。碇山奈奈、箆津弘順、えんどうえこに師事。タブラオ、公演などに出演。企画ライブを運営。29歳で活動を休止後復帰。La winy、Jaime el estampio, Elena La More, Sergio Aranda などに師事。現在、都内タブラオ、企画ライブに出演する傍らライブやイベントを企画、運営する。 【新人公演とは】 一般社団法人日本フラメンコ協会(ANIF)が主催する、日本フラメンコ界の発展向上のため、次代を担うフラメンコ・アーティストの発掘および育成の場として、1991年から毎年夏に開催されている舞台公演。 プロフェッショナルへの登龍門として社会的に認知される一方、「新人公演は優劣順位をつけるためのものではなく、新人へのエールを送るために存在する」という当初からの理念に基づき、すべての出演者が主役であるとの考えから順位付けは行われません。 バイレソロ、ギター、カンテ、群舞の各部門に分かれ、若干名の出場者に奨励賞、またはその他の賞が与えられます。 (*一部、ANIF公式サイトより引用) >>>>>











