スペイン舞踊の祭典
-華麗なるスペイン舞踊の世界と情熱のフラメンコ-
(jueves, 25 de enero 2024)
2023年8月15日(火)
名古屋市公会堂 大ホール(愛知県)
写真/川島浩之
Fotos por Hiroyuki Kawashima
文/金子功子
Texto por Noriko Kaneko
石井智子スペイン舞踊団による劇場公演ツアーが、昨年7月15日から10月8日まで3か月近くに渡り国内8都市で上演された。このツアーは文化庁による文化活動支援事業「アートキャラバン2」の助成を受けて行われたもので、そのうち名古屋・大阪・奈良・京都の4公演は、石井が長年共演してきたカディスの舞踊手エル・フンコをゲストとして4年ぶりに招聘するという。このうれしい機会に、関東圏から一番アクセスしやすい名古屋公演に伺った。
会場となった名古屋市公会堂は、昭和5年(1930)に昭和天皇のご成婚記念事業で建てられたもので、令和2年(2020)には国の有形文化財(建造物)にも登録され、重厚感の漂う由緒ある建物だ。
公演当日は、大型台風が日本列島を縦断するというまさかの悪天候。でも幸い東京発の新幹線も名古屋までは運行してくれ、その先もかろうじて市営地下鉄は動いていたおかげで、無事に会場に辿り着けた。
開演に先立ち、石井が来場客へ御礼とともに、今回の公演について解説をしてくれた。スペイン舞踊のスタイルを大きく4種類に分け、各地方に伝承される民族舞踊、エスクエラ・ボレラ、クラシコ・エスパニョール、そしてフラメンコと、それぞれについてやさしく紹介。初めてスペイン舞踊を観る人にとってはありがたい心配りだ。
第1部の幕開けは、スペイン北東部アラゴン地方発祥の民族舞踊、ホタの群舞から。中島がセンターに立ち、伝統的な民族衣装で華麗な群舞を繰り広げる。つま先立ちのステップで軽やかに踊り、パリージョを鳴らしながら跳んだり足を上げたり、華のある群舞が楽しめた。
2曲目は16世紀のペルシャ宮廷を舞台としたスペインのオペレッタ「ベナモール」を、石井と南風野によるパレハ(デュオ)で披露。オリエンタルな響きの音楽と、パリージョを奏でながらドラマティックに踊る姿が魅力的。南風野は黒と青のドレス、石井は紫と黒のドレスで大人っぽい雰囲気を演出し、黒のショールを巧みに扱い妖艶さを醸し出した。
次はエスクエラ・ボレラのスタイルで踊るセビジャーナス。オレンジと黒の衣装が鮮やかで、男装は中世貴族のような出で立ち。井上をセンターにパリージョを奏でながらの優雅な群舞。歌が入らないセビジャーナスというのも新鮮で、ギターとバイオリン、チェロと3種類の弦楽器による伴奏もまた音に厚みが生まれ豊かな音色が楽しめた。
スペインを代表する作曲家マヌエル・デ・ファリャの曲「ラ・ビダ・ブレベ」では、石井が赤のドレス姿で登場。弦楽器奏者たちによる伴奏と呼吸を合わせ、粒のそろった美しい音色のパリージョを奏でた。
今回はチェロ奏者が2名ということで、チェロのデュオによるタンゴも聴くことができた。深い音色とゆったりと漂うようなメロディーは、穏やかな気持ちにさせてくれた。
アストゥリアスはスペイン舞踊の定番曲の1つ。今回は2台のチェロのみでの伴奏で、パフスリーブにシンプルなシルエットのドレスが上品な印象で、女性らしさが光る群舞を魅せてくれた。
ファルーカでは石井がダイナミックなソロを披露。男装の麗人のように凛々しく、終盤のタンゴではさらに気持ちを高め力強く踊り切った。
前半最後の曲は、「カプリチョ・エスパニョール」として知られる舞曲。女性たちはアラブの舞姫のような衣装で、男装の踊り手は襟付きシャツにパンツ姿。センターに立つ南風野はノースリーブの黒と白のドレス姿でエキゾチックな魅力が光った。
休憩をはさんでの第2部は、全曲フラメンコの曲によるステージ。
ギター演奏が始まると、スクリーンに春祭りの風景画が映し出される。客席の通路からフンコや踊り手たちが登場してステージへと上がっていき、舞台は大勢の人が賑わうセビリアのフェリアに早変わり。歌い手たちが次々に歌い、楽しそうなセビジャーナスが繰り広げられる。
そしてフンコがソロでソレアポルブレリアを披露。スラリとした長身で粋に踊る姿は、まさに貴公子。端正で穏やかな佇まいの中から切れ味が冴える足技を繰り出し、観客を魅了した。
続く石井のソロはタラント。パコの歌に踊りで答える姿は、二人芝居を演じているかのよう。炭鉱で働く愛する人の帰りを待つ女性を情感たっぷりに表現した。
「グラナダの洞窟」と題した曲では、フラメンコのルーツを表現するようなシーンを演出。かつてグラナダのサクロモンテの丘の洞窟で暮らすジプシーたちが伝えてきた民謡と、この土地独特のファンダンゴとタンゴで、音楽に合わせてパリージョやタンバリンを鳴らして輪になって踊ったりと、フラメンコ本来の楽しさが伝わってくるようだ。
石井とフンコのパレハでのシギリージャは、見応えのある一曲。序盤のフンコの足技の連打が一気に空気を掴み、二人の息の合った踊りには長年の信頼関係に基づく魂のつながりが感じられた。
白と赤のコントラストで衣装をまとめたアレグリアス・デ・カディスは、バタデコーラとマントンで華やかな群舞を披露。
そして最後の曲は、カディスのカーニバルで親しまれているタンギージョ。軽快でユーモア溢れる、明るく楽しい曲だ。カディス出身のフンコの陽気な掛け声とともに、パーカッションのリズムが会場の空気を盛り上げる。踊り手たちもカラフルな水玉の衣装に着替えて登場、明るく華やかな群舞でフィナーレを飾った。
日本には確かにたくさんのフラメンコ教室が各地にあり、愛好家も大勢いるけれど、フラメンコ以外のスタイルのスペイン舞踊を観たことが無いという人は、まだまだ多いのではないだろうか。今回のツアーは北海道から九州まで幅広く行われたので、自分たちの生活圏に近い劇場で今回の公演を楽しむことができた人もたくさんいたことだろう。
スペイン舞踊には本当に様々なスタイルがあり、それぞれに違う味わいがある。そうした舞踊芸術としての豊かさに、ぜひもっと多くの人に触れてほしいと思う。
【プログラム】*名古屋公演
《第1部》
1. ホタ
2. ベナモール
3. エスクエラ・ボレラ・セビジャーナス
4. ラ・ビダ・ブレベ
5. チェロ演奏
6. アストゥリアス
7. ファルーカ
8. カプリチョ・エスパニョール
《第2部》
1. セビリアのフェリア(セビリアの春祭り)
2. タラント
3. グラナダの洞窟
4. シギリージャ
5. アレグリアス デ カディス
6. タンギージョ
【出演】*名古屋公演
石井智子
[ゲスト]エル・フンコ 南風野香 井上圭子 中島朋子
石井智子スペイン舞踊団:
松本美緒 小木曽衣里子 清水真由美 福田慶子 杉浦桃子 樋口万希子 梅澤美緒子 岡田美恵子 森友美 藤浪典子 鈴木尚恵 藤丸莉沙 早川幸 江見佳緒里 内海ゆかり 鏑木優子 森岡寛子 栁沼芽以
今田央(ギター)
鈴木淳弘(ギター)
エル・プラテアオ(カンテ)
ニーニョ・カガオ(カンテ)
川島桂子(カンテ)
井上泉(カンテ)
三木重人(バイオリン)
海野幹雄(チェロ)
矢口里菜子(チェロ)
朱雀はるな(パーカッション)
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