新・フラメンコのあした vol.13
- norique
- 2024年3月4日
- 読了時間: 4分
(lunes, 4 de marzo 2024)
20年以上にわたりスペインで活動するジャーナリスト東敬子が、今気になるスペインフラメンコのあれこれを毎月お届けします。今月はバイラオール、ホセ・マジャの新作公演についてのリポートです。
ホセ・マジャ『コロール・シン・ノンブレ』
パボン劇場、マドリード、スペイン.
2024年2月18日
José Maya, “Color sin nombre”
Teatro Pavón, Madrid.
18 de febrero 2024
文: 東 敬子
画像:宣伝素材/東 敬子
Texto: Keiko Higashi
Fotos: Promoción / Keiko Higashi

たとえ疲れていても、嫌なことがあっても、その全てを忘れさせてくれる。平凡な日常に、未知の世界へ繰り出す喜びを与えてくれる。そんな夢のフラメンコにお目にかかる事も少なくなった昨今ですが、バイラオール、ホセ・マジャの新作『コロール・シン・ノンブレ (名前のない色)』は、久々に、その全てを満足させてくれる極上の作品でした。
豊かな感性と、それを表現できるアーティストとしての才能。40代に突入しても未だ衰えない身体能力。そしてフラメンコを知り尽くした動きから繰り出される驚きと感動。まさに今が旬のホセ・マジャには、脱帽の一言でした。
ラトビア共和国に生まれ(ロシア系ユダヤ人)、後にニューヨークに移住し成功を収めた抽象表現主義の画家マーク・ロスコ(1903 - 1970)。彼の絵画にインスパイアされて製作されたという今回の作品は、彼の絵画をステージ上のスクリーンに映し出し、そのイメージとともに踊るというシンプルな構成ですが、絵画はデジタル処理がされており、海に沈む人や、海上の月の光や落雷などに動きが加わって、生きたロスコの世界に入り込んで踊っているような臨場感を与えます。
フラメンコ作品の舞台で、バックのスクリーンに映像を映し出すこと自体は珍しい演出ではなく、20年ほど前からしばしば見受けられたものですが、映像に意味を持たせすぎて、映像を見るのか、踊り手を見るのか、どちらにも集中できない作りが大半で、私はずっと、こんな風ならフラメンコのステージに映像はいらないと思っていました。
しかし今回は、踊り手の動きを追う観客の目を邪魔する事なく背景としての役割を果たし、尚且つ踊りと融合し、踊りが表現する世界をさらに広げることに成功している。こんな風に演出できる人が、なぜ今までいなかったのかと言うぐらい、目から鱗の体験でした。
1983年マドリードのヒターノ一家に生まれたホセ・マジャは9歳でデビューして以来、瞬く間に頭角を表し、13歳から本格的にプロとしてホセリージョ・ロメーロの芸名で、エル・グイトやマノレーテらの舞踊団で活躍していました。今は本名で活動していますが、“ロメーロ”の名は、一族出身の名バイラオーラ、フェルナンダ・ロメーロや、伝説のカンタオール、ラファエル・ロメーロ“エル・ガジーナ”から引き継いだものでした。また、父は作家、叔父や従兄弟には著名な画家、俳優、劇作家がいるなど、彼の家はまさに芸術一家。
そんな彼が芸術の都パリに移住したのは今から17年前。彼の地に舞踊学校を構え、現在はフランスとスペインを行き来して活動しています。毎週必ずルーブル美術館を訪れると言う彼は、絵画マニア・コレクターでもあり、「好きでたまらない」と言うロスコの絵画を自身の踊りの世界に融合させることは、自然の成り行きだったことでしょう。
フラメンコには言葉、つまりは歌があります。しかし人々は果たしてその歌詞が語ることだけを感じているのでしょうか。いや、それ以上の意味をその声に、目に、動きに感じているはず。
ロスコの絵には、描かれた色の奥にその感情が潜んでいる。ホセはそれを受け取り、自分の感情に消化して、ファルーカに、ソレアに、アレグリアスに、ブレリアに、宿します。それは具体的なストーリーなどではなく、抽象的な、名前のない感情であり、しかし同時に誰もが感じ取れる、誰もが理解できるそれなのです。だからこそそこには感動があります。それこそがフラメンコのあり方に他なりません。そして観客はそれぞれ、自分が信じる名前を、その色につけていくのです。
バティオが奏でるチェロの哀愁を帯びた音色にリカルド・モレーノの味のあるギターが絡みます。デリア・メンブリべとホセ・デル・カジのヒターノの味に満ちた歌声も心地よい。ホセのキレのある動きはいつもながらですが、今回は本当に冴えた見応えのある踊りで、一瞬たりとも目が離せない。そして彼は最後に自身のカンテも披露。カンタオールと呼んでもなんら遜色のない素晴らしい歌声。しかも踊りながら歌い上げるそれは圧巻の一言。ベテランのエル・ファロや他2人の歌い手も加わり、4人で交互に歌い上げるクライマックスは、讃美歌を思わせるような厳粛な響きさえ感じる感動的なものでした。

初演は2022年で、今回は合計7公演行われ、今後もぜひ続けて行ってほしい作品。皆さんもぜひ、機会があったら足をお運びください。本物のフラメンコの今を感じられる機会となるでしょう。
【筆者プロフィール】
東 敬子 (ひがし けいこ)/フラメンコ及びスペインカルチャーのジャーナリストとして、1999年よりマドリード(スペイン)に在住し執筆活動を続ける。スペインに特化したサイト thespanishwhiskers.com(https://spanishwhiskers.com/?page_id=326)を主宰。
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