top of page

スペイン発☆志風恭子のフラメンコ・ホットライン

(miércoles,5 de abril 2023)


文/志風恭子

Texto por Kyoko Shikaze


 恒例、ヘレスのフェスティバルも無事開催。詳細は特集でご覧いただけると幸いです。日本人参加者もだいぶ戻ってきたようです。全部のクルシージョが世界38ヵ国からの参加者で満員。最も多かったのはフランスからの参加だそうですが、コロナ前までは毎回首位だった日本からの参加も、米国に次いで3位になる程、戻ってきたそうです。国立バレエなど3公演が満席になり、劇場公演も小劇場も含め8割の入りで、期間中は市内のホテルも7割方埋まっていたそうです。もう、コロナ前にほぼ戻ってきたと言っていいでしょう。劇場でも街中でも、「3年ぶりにヘレスに帰ってこられた」と喜ぶ声を何度も聞きました。


【セビージャのフラメンコ】

 なお、フラメンコ公演があるのは何もヘレスばかりではありません。マドリードの王立劇場では3 月14日にホアキン・コルテスの公演が行われたそうですし、セビージャでも多くのフラメンコ公演が行われています。老舗ペーニャ、トーレス・マカレーナでは毎週複数の舞踊公演が行われていますし、セビージャのオペラ・ハウスであるマエストランサ劇場でも複数のフラメンコ関連公演が行われました。3月17日にはアルカンヘルがクラシックギタリスト、ホセ・マリア・ガジャルドらとの共演でサルスエラやオペラの名曲などを歌うリサイタルが開催されました。

©︎Teatro de la Maestranza /アルカンヘルとホセ・マリア・ガジャルド


 翌日からの二日間はマヌエル・デ・ファリャのオペラ『はかなき人生』公演があり、カンタオールのセバスティアン・クルスとギタリスト、マヌエル・エレーラまた、スペイン国立バレエ団やアントニオ・ガデス舞踊団で活躍したフアン・ペドロ・デルガードらも出演していました。

©︎Teatro de la Maestranza /『はかなき人生』モダンな外人目線な演出はマリオ・デル・モナコの息子のジャンカルロ・デル・モナコ

 なお、23日、24日にはアントニオ・ガデス舞踊団版『恋は魔術師』である『炎』の公演が行われました。


【カルメン・リナーレスに名誉博士号】

 3月15日、セビージャ大学より、ベテランのカンタオーラ、カルメン・リナーレスに名誉博士号が贈られました。大医学講堂で行われた式典では、トーガと呼ばれるガウンをまとったカルメンがスピーチの中で一節、歌う一コマも。

「これは偉大な音楽、アートであるフラメンコ全体を認めてくださったということだと思います。フラメンコの偉大さを、その価値を認めてくださったということで本当に嬉しく思います」とコメント。

 セビージャ大学はフラメンコとの関係で言えば、61年にフラメンコを取り上げたカディス大学に次いで、古くから関係がある大学で、1963年にフラメンコ週間を開催しニーニャ・デ・ロス・ペイネスを招き、72年には医学部ペペ・マルチェーナが講演したそうです。そういえば、カディス大学も2007年、パコ・デ・ルシアに名誉博士号を贈っていますね。昨年秋には、これもパコ・デ・ルシアについでフラメンコのアーティストとしては二人目のアストゥリアス皇女賞を舞踊家マリア・パヘスとともに受賞したカルメン。アルカンヘルやミゲル・ポベーダや彼女の伴奏ギタリストの一人でもあるサルバドール・グティエレスらも授賞式に駆けつけ、受賞を祝っていました。

©︎Universidad de Sevilla


【訃報】

 今月も悲しいお知らせです3月10日、ヘレスでこの街出身のギタリスト、ニーニョ・ヘロが亡くなりました。まだ68歳の若さでした。

 本名ペドロ・カラスコ・ロメーロは1954年、ヘレスのサンティアゴ街の生まれ。父マノリートは伝説のフラメンコ番組『フラメンコの祭儀と地理』にも出演したフェステーロで、母は歌い手ロメリートの姉妹というフラメンコの血筋。ラファエル・デル・アギラにギターを学び、プロに。地元ヘレスの歌い手たちだけでなく、セビージャのローレ・イ・マヌエルやファミリア、モントージャのアルバムにも参加するなど長年、第一線で活躍してきました。近年もカディスのベテラン、フアン・ビジャールの伴奏でフラメンコらしさ溢れる演奏を聴かせていました。

 4人の子供たちも、長男マヌエルが父と同じギタリストで、カプージョの伴奏を引き継いでいるほか、次男アントニオは歌とギター、長女マヌエラは歌、三男ルイスはパーカッション奏者でプロデューサーと、子供たち、またその子供たち、つまり孫も舞台に立っています。90年代の初めには子供たちとバンドを組んでビエナルに出演したりもしました。

 いつもニコニコしていて幸せを周囲にお裾分けするような感じの人でしたが、時に、どす黒く深い、人間の手によるものとは思えないような、ある意味悪魔的とも言える音をも聴かせてくれることがありました。真の意味で、大向こうを唸らせる、そんなアーティスト。昨年のフェスティバルの時には夜、劇場近くのバルにドミンゴ・ルビチと一緒に現れて歌い弾き踊り、と最高のフラメンコな瞬間を見せてくれました。

©︎KYOKO SHIKAZE/左は2007年。右は昨年のフェスティバル時の、夜中のフィエスタ。


【筆者プロフィール】

志風恭子/1987年よりスペイン在住。セビージャ大学フラメンコ学博士課程前期修了。パセオ通信員、通訳コーディネーターとして活躍。パコ・デ・ルシアをはじめ、多くのフラメンコ公演に携わる。


>>>>>

閲覧数:190回
bottom of page