カンテフラメンコ奥の細道 on WEB no.60
- 5月11日
- 読了時間: 3分
(lunes, 11 de mayo 2026)
文/エンリケ坂井
Texto por Enrique Sakai

Malagueña de El Canario ②
エル・カナリオの生涯
エル・カナリオ、本名ファン・デ・ラ・クルスについてはフェルナンド・デ・トゥリアナの「アルテとアルティスタ」や研究家のホセ・ブラス・ベガなどが書き残しています。
それによれば、マラガ県アロラ町に生まれたカナリオは生まれた町で若くしてデビュー、マドリードやセビージャのカフェ・カンタンテで活躍しましたが最初の頃は彼の歌うマラゲーニャは余り愛好家に受けなかったらしい。
それは彼のスタイルが当時としては新しくて従来の愛好家に受けなかったかも知れないし、その後カナリオが工夫を重ね今に伝わる素晴らしいスタイルを創り上げたという事かも知れない(そういう説もあります)。
カナリオのマラゲーニャは次第に洗練、完成され、マドリードのカフェ「エル・インペリアル」やセビージャの「エル・ブレーロ」といった一流のカフェ・カンタンテに呼ばれて活躍、大人気となるのですが、順風満帆に見えるカナリオの身に今も伝説として語り継がれる大事件が起こるのです。それは次回に。
【Letra】
(a buscar la flor que amaba,)
(yo) Entré en el jardín de Venus
a buscar la flor que amaba;
me encontré a la lis morena
que era la que yo buscaba,
la que me alivia mis penas.
【訳】
愛した花を見つけようと
ビーナスの花園に入った、
見つけたのは小麦色のアヤメの花、
それこそ私の探していた花、
私の悩みを癒してくれる花だった。
※Venus ⇒ビーナス、美と恋を司る女神
※lis ⇒ あやめ

このスタイルの古い録音としてはマヌエル・センテーノが1922年オデオン盤にマラゲーニャ・デル・カナリオとして録音し残しています。録音されたのはこの歌と、チャコンの項で取り上げた Se me apareció la muerte(死神が現れた)の2曲。
今回の歌をカナリオのスタイルとする事には異論もあるのですが、それは今後の研究を待つ事にしてここではひとまずカナリオのスタイルとして分類しておきます。
今回の例として楽譜にしたのはニーニャ・デ・ロス・ペイネスで、原盤はレガール盤のRS551(1927年録音)で伴奏はニーニョ・リカルド。
非常に素晴らしい出来で歌としてのバランスも絶妙なので例として取り上げました。
他にはペーナ・イーホ、ニーニョ・デ・カブラ、マヌエル・トーレ、バジェーホといった大物カンタオール達が録音を残し後世に伝えました。

【筆者プロフィール】
エンリケ坂井(ギタリスト/カンタオール)
1948年生まれ。1972年スペインに渡り多くの著名カンタオールと共演。帰国後カンテとパルマの会を主宰。チョコラーテらを招聘。著書『フラメンコを歌おう!』、CD『フラメンコの深い炎』、『グラン・クロニカ・デル・カンテ』vol.1~37(以下続刊)。2025年1月Círculo Flamenco de Madridから招かれ、ヘスス・メンデスと共演。
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